第32話
レナトの騎士団長クレーベル・カルレス。彼の死期は目の前に迫っていた。
体中に刻まれた傷一つ一つが致命傷だった。
それでも彼は聖剣を手にまだ生きていた。なさねばならぬことがあったから。
聖剣を支えにしてその場に立ち尽くす。もう歩くことすらできなくなっていた。
霞んだ視界の中に人影が現れる。
「団長!」
その声の主はリカルド。
「遅かったな。待っていたぞ」
「酷い傷です。手当てをしないと――」
「無駄だ。今はもう聖剣の力でなんとか生きながらえている状態だ。魔族と戦いにきたんだろ。来ると思って待っていた。さあ、この聖剣を持っていけ。そして時間を稼いでくれ。復讐のためじゃなく、お前の、私の大切な者たちのために……すまない、死んでくれ」
「はい、もちろんです」
「忘れるな、復讐のためじゃない。守るために戦え。魔族を倒すのではなく、時間を稼ぐのだ」
「……はい」
少し間を空けて、リカルドは力強く頷いた。
「頼んだぞ。持っていけ」
そう言って、クレーベルは聖剣をリカルドに託す。
その瞬間、体から力が失われた。もう自分が立っているのかどうかもわからない。
漆黒の世界に心だけが浮かんでいるような状態。
唯一思い通りなる心でクレーベルは思う。
レナトが魔族に襲われたのは今日が初めてのことだった。
だから騎士団は今日のこのときのために生まれた。クレーベルが騎士団に入ってから重ねた努力も今日のためだった。
市民を妻を息子を守れたのならその全てに価値はあった。
自分はここで死ぬが、リカルドが代わりに戦ってくれる。
良い部下に恵まれたと思う。
きっと市民は逃げ切れる。妻も息子もこれからも生きていくことができる。
だから……クレーベルは安心して逝くことができた。
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