第8話
その日もジアは鍛冶屋の工房で働いていた。
五年前の戦いで故郷を失ったジアは、孤児院のシスターの紹介で農村の鍛冶屋夫婦に引き取られることになった。それ以来手伝いをしながら暮らしている。
「うおりゃぁ」
掛け声と共に大きなハンマーで熱い鉄を打つ。
ジアが今打っているのは鍬。鉄を打たせてもらえるようになってからもう三年もたつが、いまだに簡単な農具と親方の手伝いくらいしかさせてはもらえない。
早く剣や盾といった武具を打ちたかった。初めは鉄製の武具。次は精霊銀を使った魔剣。その次は精霊石を使った魔剣。そしていつかはこの手で聖剣を……
そう夢見ていた。
力が欲しかった。力の象徴である聖剣が欲しかった。
そして守りたかった。ジアがそうされてきたように。
ジアは知っている。自分が愛されていること。愛されてきたこと。
そしてとても恵まれた境遇にあることを。
確かに親はいない。孤児院で育った。魔族によって故郷も奪われた。
それでも……そんな悲劇が霞んでしまうくらいにジアの生活には愛が溢れていた。
孤児院ではみんなが優しくしてくれた。親代わりのシスターたち。本当の兄のように接してくれたレオナルド。いつも一緒に遊んだリカルドやレミといったたくさんの友達。
今の家族だって優しくしてくれる。ジアを本当の息子のように可愛がってくれる、親方とその奥さんのロゼナール夫妻。その娘のアリスもジアを兄のように慕ってくれている。他にもこの町でたくさんの友達ができた。
みんながジアを愛してくれた。みんながジアを助けてくれた。
リカルドとレオナルドにいたっては命まで賭けてくれた。
だから……
報いたかった。
ジアも同じくらいみんなを愛していたから……レオナルドのように命を賭けてでもみんなを助けたいと思った。
そのために力が欲しかった。
魔族を倒す力が欲しいわけではない。魔族から大切な人を守ることのできる力が欲しかった。
だから聖剣を求めた。
そんなわけでジアは今日も鉄を打っている。
「おっ? もうこんな時間か。訓練、始まってるだろ。ジア、あがっていいぞ」
親方にそう言われて、ジアは視線を窓の外に向けた。
既に日は西の空に傾き、空は茜色に染まり始めている。
ジアが所属している村の自警団の訓練が始まっている時間だ。
「あっ! 本当だ。親方、片付けお願いしちゃっていいですか?」
「ああ、片付けはやっておくから、早く行ってこい。でも夕飯には遅れずに帰ってくるんだぞ。お前は帰ってこないと飯が食えないんだからな。アリスが帰ってくるまで待っているって、うるさいから」
「わかりました。遅れないようにします。じゃあ、行ってきまーす」
「ああ、頑張ってこい」
親方に送り出されて、ジアは駆け足で村の外れにある広場に向かう。
ジアはこの村、スフォルツァの自警団に所属している。
スフォルツァは魔族領に近いが小さな村なので騎士団はない。そのため村の警備には若者たちが有志で作った自警団があたっていた。
自警団のため聖剣はなく、魔族に対する対抗手段はない。よってこの自警団の存在意義は櫓からの見張りと、近くの森などで危険な獣が出たときの退治くらいだ。それに有志による集まりなので給料もでない。
それでも毎日のように夕方に見張りや、見回りに当たっている団員以外が全員集まって、剣の訓練に明け暮れているのはほとんど趣味のようなものだった。
ジアが広場につくと案の定、既に訓練は始まっていた。
「すいません。遅くなりました」
ジアは大きな声で謝りながら、みんなに合流する。
「遅いじゃねえか、ジア。ほら、早速勝負すっぞ」
声と共に、練習用の木剣が投げ渡される。
「望むところです」
剣を受け取って、ジアは構える。
相手の名は、アラン。二十五歳で仕事は漁師。背も高く、体格もいい。
それでも木剣での戦いでジアが負けたことは一度のなかった。
アランが剣を上段に構えて向かってくる。
ジアは考える。相手の攻撃に対して自分のとるべき行動を。勘に任せることも、型を体に覚えさせることもしない。常に最善を模索して、一瞬で判断し、行動へと移す。
それがジアの戦い方。レオナルドから教わった戦い方だった。
アランは走ってジアの下に向かっている。剣を持つ手は顔の右側にある。
アランの真っ直ぐな性格から考えられる太刀筋は二択。縦一文字もしくはアランから見て少し左斜めに振り下ろしてくるはずだった。
だからアランが剣を振り下ろすその瞬間にジアは大きく一歩左へと踏み出して、斬撃をかわしながら右脇腹を斬る。
「あー! また負けた」
ジアの一撃を受けて、アランは叫ぶ。
「アランの攻撃は真っ直ぐすぎるんだよ。もっとフェイントとか入れればいいのに」
「くそっ、年下の癖にナマイキな。じゃあ、次は鉄のでやるぞ」
渡されたのは刃の止めた訓練用の特に重い鉄製の剣。
ジアはその剣を構える。しかしジアにはその剣を思い通りに振るうことはできない。理由は簡単。その重さの武器を扱うにはジアの筋力は足りないのだ。
ジアは毎日の剣の稽古だけではなく、筋力トレーニングだって欠かしたことはなかった。それでもジアにはなかなか筋肉がつかない。どうやら生まれながらそういう体質らしい。
ジアは力を求めていた。
魔族からみんなを守る力。
それには武器が必要だ。最低でも魔剣。だが精霊銀で作られた魔剣は普通の剣よりずっと重い。ジアには扱えない。
だから……ジアにはどうしても聖剣が必要だった。
そんなことを考えていたジアはお尻をアランの鉄の剣で軽く叩かれる。
「これで今日も一勝一敗。イーブンだな」
「そうだね」
「考え事か?」
そう言いながらアランは地面の上に腰を下ろした。
ジアも持っていた剣を隣に置いて座る。
「うん。この剣、重いなって」
「もったいないよな。せっかくそんなに才能あんのに。あー、話は変わるんだけどさ、近くの町、確かエスピラあたりにイージスが来ているらしいぞ」
イージス。自らを「人類の盾」と称する戦闘集団。どこの町に所属することもなく、魔族に襲われている町を救いに現れる人類最強の部隊。正義の味方だ。
「強いんだろうなー」
空を見上げながら、ジアは言う。
「そりゃぁな。めちゃめちゃ強いんじゃないのか」
「きっと、守りたいものなんて簡単に守れるんだろうね」
「だろうな。だから、人のものまで守ってくれるんだろ。かっこいいよな」
「僕にも欲しいな。そんな力が」
「じゃあ、願ってみたらどうだ?」
「願う?」
「ああ。聖剣でも特に性能のいい、主を選ぶタイプのやつ。あれは波長の合う奴が力を請うと、それに応じて現れたりすることがあるらしいぞ」
「本当に?」
「ああ。ただの噂話だけどな」
「じゃあ、やってみる!」
ジアは立ち上がる。両手を顔の前で握り締め目を瞑って、請う。
力を……
力が欲しかった。
ずっと与えられてきたみんなからの愛に報いることのできる力。
守りたかった。大切な者を守りたかった。
守られているだけなんて嫌だった。
力が欲しかった。憧れのレオナルドのような力が……
そのとき――辺りから音が消えた。
今まで響いていた、仲間たちの剣のぶつかり合う音、話し声、風の音。その全てが消えた。
その違和感にジアは急いで目を開き、辺りを確認しようとする。
しかし動けない。目すら開くことができなかった。
「力が欲しいか?」
声が聞こえた。その声は耳にではなく、心に直接響いてきた。男とも、女とも取れる中性的で美しい声。
「…………」
考える必要などなかった。
だから請う。
体が動かない。願いは声に紡げない。
だから想う。心で強く強く想う。
「欲しい。力が欲しい」
心の中で叫ぶ。
「欲するのなら与えよう。しかし、この力は汝の望む守るための力ではない。汝の敵を屠る力。それでも力を望むか?」
敵を討つことで、大切な者を守ることができるのなら答えは簡単だ。
「かまわない。僕は力が欲しい」
「ならば与えよう。そして忘れるな。汝を選んだのではない。汝が選んだのだ」
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