第10話
魔王城にある魔王補佐用の個室。
その部屋の隅でベネディクト・ビダルは行ったり来たりを永遠と繰り返している。
ベネディクトは愛する二人の娘のことを考えていた。
二人のことが心配で仕方なく、数時間前から部屋の中で一人、文字通り右往左往している。
ベネディクトは娘たちを溺愛していた。それは元々のことであったが、五年前の戦いで妻が戦死して以来、より顕著になった。
そんなベネディクトの憂苦の発端。それは十日ほど前の魔王誕生から始まった。
魔王の誕生……魔王補佐であるベネディクトにとって、それは待ちに待った喜ぶべき出来事であるはずだった。
しかしその魔王が自分の娘ルルだと知ったとき、ベネディクトは絶望した。
飄々とした性格で器用に何でもこなしてみせる姉のレーネの方ならまだよかった。魔王に選ばれたのがレーネであったのなら父親として名誉なことだと喜ぶこともできたかもしれない。
しかし選ばれたのはルルだった。とても優しく、真面目で一途で傷つきやすい下の娘。本人は気にしているようだが、ルルが銀の魔族でなかったことをベネディクトは良かったと思っていた。
どう考えても、ルルは争いごとに向いてはいない。
それなのにルルは魔王となった。
それどころか人間と話し合うと書置きを残して、行方をくらませてしまった。
一般の魔族たちに魔王誕生を伝える前であったため、魔族としての混乱は少ない。それでもベネディクトは親として、気が気ではなかった。
すぐに二人の部下にルルの探索を命じた。
一人は姉のレーネ。頑固なルルが一度言い出したことを止めることができるのは姉のレーネだけなので、仕方なく。もう一人は魔族の中でもトップクラスの戦闘能力を誇るバティ。
それから一週間、全く音沙汰がない。
本当に心配だった。
魔王が誕生したということは勇者もまた誕生しているということ。もし出会ってしまったら……
それだけではない。
五年前の戦いでベネディクトの率いた軍を敗戦に追いやり、妻の命まで奪った人間の戦士たち。もし彼らと戦うことになったら魔王とはいえ一人で勝利することは難しいはずだ。
それに魔王がその無限の魔力を完全に引き出すことができるのは魔王城に限定されると伝えられている。それが真実であったのなら……
そもそもルルは料理ができない……
それにルルは寂しがり屋さんだ。神経質なところもあって、枕が変わると寝付きも悪い。
無限に湧き上がってくる心配の種。
それを解決するために今すぐにでも自ら探しに向かいたかった。
しかし魔王補佐である以上、そんなことは許されない。
だからベネディクトはレーネたちがルルを連れて戻ってくることを祈りながら、右往左往することしかできなかった。
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