第35話


 マクシムが育ったのはとても小さな村だった。

 農地と住民の家以外は何もないような村だったが、唯一宿屋だけは存在した。

 その宿屋がマクシムの家だった。一緒に住んでいる家族は自分を含めて四人。マクシムと姉と母と祖母。

 何もない村ではあるが、村の先にはとても大きな町があったため宿屋には客が多くやってくる。

 そのため母と祖母はいつも忙しくしていた。だから必然的に幼かった頃のマクシムの面倒は姉のエリナの仕事だった。

 マクシムとエリナはいつも一緒だった。この村にいるのはほとんどが老人で同年代の子供はいなかったので本当にずっと一緒だった。

 たまに父親のフランクがお土産を持って帰ってきたときも人見知りのマクシムはエリナの後ろに隠れていた。

 そしてマクシムは十六歳のときにエリナと共にイージスに加入する。それから六年ずっとマクシムはイージスのメンバーとして旅を続けてきた。

 そんなわけで今までマクシムには同年代の男友達は一人もいなかった。アルベルトはそれなりに年齢も近かったが、性格が全く違うためか仲間ではあっても、友達という感じではなかった。ついでに付け加えるとマクシムはイージスでは一番カーストの下にあって他のメンバーからは弄られ続けてきた。

 だがそんな日々もジアのメンバー加入で終りを告げた。

 マクシムにとってジアは少し年下ではあるが初めての男友達。そして何よりもジアはマクシムの弄られキャラという不名誉なポジションをあっという間に奪っていった。

 だからマクシムはジアが大好きだ。もちろんジアが困っていたら兄貴分として助けてやりたいとも思う。

 しかし……今回ばかりは無理だった。何より相手が悪い。

 マクシムはとりあえず姉のエリナには頭が上がらない。それに付随して年上の女性も若干苦手としている。

 だから今、レミとエリナ、ルルとレーネに囲まれてとっても困っているジアを救ってあげることはできない。

 マクシムにできることは、ただジアの無事を祈ることだけだった。

 どうしてこんなことになってしまったのかというと、事の発端は数時間前に遡る。

 元々今日はジアとルルとレミのお買い物の日だった。本当だったら決闘で勝った方とジアは買い物に行くことになっていたのだが、決着がつかなかったため三人で行くことになったらしい。

 それが出発直前になってエリナも同行すると言い出すと、レーネまでついて行くと言い出したのだ。そして何故かエリナの命によりマクシムまで一緒に駆り出されることになった。

 出発直後のマクシムの志は高かった。

 レミは勿論、ルルもどうやらジアに好意をよせているらしい。そしてエリナはレミの味方。レーネはルルの味方。

 だからマクシムはジアの味方になってやろうと心に決めていた。

 そんな六人が村に入ってすぐ揉め出して今に至る。

 揉めている理由は向かう場所。

 レミチームの提案はお菓子も少し売っている青果店。ルルチームの提案はアクセサリーなども扱っている衣料品店。

 ここで言い合っているのはレミとルルではなく、エリナとレーネ。それで一番困っているのがジア。ルルは二人の言い合いを眺めていて、レミはジアの方を向いてぼーっとしている。

 そんな中、マクシムは良い案を思いついた。

 今日は水曜日。この村では水曜日は広場で市が開かれることを思い出したのだ。

「そういえばさ、今日は水曜だから、教会の前の広場で市がやっているらしいんだ。そこに行ってみない?」

「あっ、僕もそれがいいと思うな!」

 すぐにジアが賛成を口にした。

「じゃあ、私も。いいと思う」

 レミが小さな声でつぶやく。

「私もそれで構わないですよ」

 ルルも賛成する。

「じゃあ、そこにしよう」

「そうね」

 エリナとレーネも続いた。

 市に着くととりあえず食事をすることになった。

 適当な出店からいくつか買って、みんなでつつくことにする。

 そしてまた、レミとルルのどちらがジアに食べさせるかで揉め出した。

「ジア、食べて」

 レミが一口サイズの粉ふきいもをジアの口元に運ぶ。

「ジアには私が食べさせるので、レミさんは必要ないです」

 そう言ってルルはたこ焼きをジアの口元に運んだ。

「何で? 私、ジアに食べさせてあげたい」

「私の所為で、ジアは怪我をして自分で食べることができないんですから、私が責任を持って食べさせます」

「だから、ルルはそんなこと気にしなくてもいいよ」

「ジア……あなたは何もわかっていないわ。確かにあなたは気にしてはいないかもしれない。だからそんなことする必要ないって言うんでしょうけど……でもね、ルルは気にしているの。すごくあなたに罪の意識を感じているのよ。だからあなたが素直に食べてくれれば、それでルルの罪悪感を少しだけど軽くできるの。そういうわけだから、もし嫌でなければだけど、ルルから食べさせて貰ってもらえないかしら」

 レーネが笑顔を浮かべて優しく言った。

「そういうことだったら」

 ジアは頷く。

「ちょっと待ったー!」

 それに待ったをかけるエリナ。

 そんな感じのやりとりを眺めていたマクシムへと声がかけられた。

「お前さんたちがイージスかい?」

 話しかけてきたのは商人ふうの初老の男。

「はい。そうですけど」

「知っているかい? 数日前にレナトが魔族に襲われて壊滅したらしいんだよ」

「えっ?」

「しかも、その襲ってきた魔族たちは全て勇者によって討ち取られたらしい。まぁ、勇者が駆けつけるのが遅かったのか町自体は壊滅してしまったらしいが、市民のほとんどは無事だったらしいぞ」

「それは本当ですか?」

「ああ。わしはここに来る前、レナトから避難してきた者たちに直接聞いたんだからな」

「…………」

 マクシムはジアたちの方を眺める。いまだに言い争いをしていた。

 言い合いをしている五人の男女。その中には勇者と魔王がいる。

 レナトで何が起きたのか――マクシムにはわからない。

 それでも少なくとも勇者は今、ここにいた……


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