三章「勇者と魔王と後、もう一人の勇者」
第28話
人間と魔族の領地を隔てる深い森。
そこに魔族の部隊が駐屯していた。六人の小隊が七つと、風の魔法を操る通信兵が二人。その四十四人の中には一人、銀の魔族が存在していた。
名はカルロス・エメリ。この部隊の指揮をとる青年の魔族。
『あぁ……私は戻ってきた』
そう言ってカルロスは天を仰ぐ。
見上げた空は狭い。森の木々の隙間からわずかに覗く空には、まだ星が瞬いていた。
それでも後一時間ほどで日の出と共に朝が訪れる。
カルロスは五年間ずっとこのときを待っていた。
この森を抜け、川を越えればそこには人間の住む町がある。本来であれば五年前に行われるはずだった戦い。しかし、カルロスの所属した部隊はこの場所に駐屯したまま戦うことなく撤退した。
そしてこの五年間、地獄のような日々を過ごしてきた。
そう……全ての始まりは五年前に遡る。
五年前――魔族側ではパオロの敗戦と呼ばれる魔族の軍が人間の町に攻撃を仕掛け、敗れた戦い。
その戦いを始めたのはパオロ・エスキュデという老魔族。当時の魔王補佐だった。彼は政治に長けた男で魔力も高かったが銀の魔族ではなかった。とても優秀で魔族史上初めて銀の魔族でなく魔王補佐になった人物。
そして彼は二百年に一度の魔王誕生を待たずして人間に攻撃を仕掛ける計画を立てた。
多くの魔族たちが反対した。銀の魔族でないパオロが功を焦っているだけだと言う者もいた。
魔族は魔王の誕生と共にその力を増すと言われている。だからそれは当然の反応だった。
それでもカルロスとカルロスの兄アーロンは戦いに賛成だった。
なぜなら魔王の誕生を待つということは人間側にも勇者の誕生を意味した。そしてその戦いに決着が付くのはほぼ確実に魔王城。理由は簡単だ。魔族は魔王城に近ければ近いほど魔力を増す。特に魔王にいたってはその膨大な魔力を完全な形で使うことができるのは魔王城内での戦いに限定される。
そうなると魔王が勇者に勝利したとしても魔族側の被害は甚大になる。兵士たちだけでなく民間人まで被害をこうむるのだ。
だからカルロスたち賛成派は戦いを望んだ。
大切な者を守るため、魔族にとって平和な世界を築くため、賛成派の者たちは魔王も勇者も現れる前に自分たちの手によって人間を滅ぼすことを望んだのだ。
賛成派と反対派では反対派の方が多数派だった。それでも魔族のトップである魔王補佐のパオロが戦いを望んだため、戦いは強行された。
五年前に行われた戦い。その概要は、魔族軍が部隊を三つに分け、それぞれの部隊が別々の町に同時に奇襲を仕掛けるというものだった。その標的には魔族領と人間領を隔てる森を越えてすぐの運河に沿ってある多くの町の中から特に大きなものが選ばれた。
それぞれの部隊の隊長と副隊長は銀の魔族が務めた。
第一部隊の隊長は魔王軍のトップ、反対派のベネディクト・ビダル。
第二部隊の隊長は魔王軍の将軍、賛成派のアーロン・エメリ。
第三部隊の隊長は魔王軍近衛隊長、反対派のバティ・バルネッタ。
カルロスは若かったため賛成派の銀の魔族であったが隊長ではなく副隊長を務めていた。カルロス以外は全てが反対派で構成された第三部隊の副隊長。それがカルロスの役職だった。
そして戦いは始まり――敗れた。
第一部隊は半壊し撤退を余儀なくされた。敵には魔族でも珍しい雷の属性を持った銀の髪を持つ人間、不思議な遠隔武器を扱う者、魔法の効かない戦士がいたとされている。
第二部隊はほぼ全滅した。帰還した兵の話によると、たった一人の風を操る聖剣を持った人間の手によって部隊は壊滅したとされている。
そして第三部隊は第一部隊、第二部隊の戦況報告を受けて戦うことなく撤退した。
その戦いの後、傷ついて帰ってきた賛成派の兵士たちは罵倒され迫害を受けた。戦死した賛成派の兵士たちもまた、死んで当たり前だと、無様で無意味な死だと嘲笑された。そして死力を尽くしたこの戦いは無駄だったと……そう言われた。
それに引き換えパオロ魔王補佐の命を受けて仕方なく参戦し、逸早く撤退した反対派の兵士たちが賢明な判断だったと賞賛された。
カルロスは信じられなかった。自分の憧れで尊敬していた兄の死が無意味なことだとされ蔑まれたのだ。彼が命を賭けた戦いが無駄だったと罵られたのだ。
アーロンが命を賭けてまで守ろうとした者たちによって……
辛かった。それからの五年間は本当に辛かった。
それでもカルロスは戦いに賛成したことに悔いはない。
悔いがあるとすればそれは……自分は賛成派にありながら、全く戦うことがなかったという事実。
その事実は何よりもカルロスを苦しめた。
そして遂に――カルロスは戻ってきた。
五年前、第三部隊の駐屯していたこの場所に。魔王の勅命に従って。
カルロスの部隊の目的。それは勇者の発見。
一つ一つ人間の町を破壊して、勇者を炙り出すことが任務。勇者発見後は魔王自らの率いる魔王軍本体が勇者を討つ。それが作戦だった。
魔王が魔王城から出ることに懐疑的な声もあったが、魔王自身が決めたのだから誰も逆らうことはできない。
それに前例もあった。魔王史上最強と伝えられる魔王の伝説。その魔王は魔王になったその日の内にたった一人で人間の領土に侵入し、わずか三日で勇者を討って戻ってきたという。
だからカルロスはこの作戦には賛成だった。
そして何よりもそれは五年前の戦いで賛成派が望んだ、民間人の傷つかない作戦だった。
だからこの作戦に成功すれば、兄の死は無意味なものではなく、礎となる。
あの敗戦に意味が与えられる。
『ああぁぁ…………』
空を映していた瞳から涙が溢れてきた。
本当にカルロスはずっと、ずっとこの時を待っていた。
空にゆっくりと滲むように光が射してくる。
カルロスは振り返った。
そこには仲間がいた。五年前の戦いに賛成派として参加して、苦悩に満ちた五年を過ごしてきた仲間たち。
彼らの瞳は今、希望に輝いている。
カルロスは叫んだ。
『遂にこの時がきた』
涙が溢れる。
『辛い五年間だった。その五年は全て今日、この時のためにあった。我々は我々が守りたかった者たちから否定された。怒りを感じた者もいただろう。だがその怒りをぶつけることは叶わなかったはずだ。何故ならそれは死んでいった戦友の守りたかった者でもあったからだ。だが今日、我々はこの怒りを力に変えて戦うことが許された。さぁ、戦おう。そして目的を果たし、この五年間に意味を与え、戦友の死に意味を贈ろう』
カルロスの言葉に仲間たちは歓声で応えた。
『私は五年前、皆と違い戦うことはなかった。だから今回は先陣を切らせてもらう。さぁ、出陣だ! 我に続け!』
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