第44話 魂の在処 生命の座

「しまった!」


深紅のマウンテンバイクを駆り、リバーサイドの村を通り過ぎたところで、俺は重大なことに気がついた。


『どうしたの? まるで、自宅の場所が分からなくて声を上げたみたい』


さすがはクモモ。察しがいい。


「その通りだ……。帰り道を忘れた」


『…………オー、マイ、ゴッシュ!』


クモモは驚きすぎて俺の背中から転げ落ちた。



―――



俺たちは直ちに自転車から降りて、野原のど真ん中で作戦会議を始めた。


まずは一番最初にリバーサイドの村に来た時のことを思い返してみよう。


俺たちは自宅から出発し、すぐに近場の川に出た。そして、その後はひたすら川を下っていった。


つまりリバーサイドの村を通る川をずっと上流に向かって辿っていけば、自宅の近くには行けるはずだ。


だがそこから先、どこで曲がって森の中を進んでいけば自宅につくのかが分からない。


まいったな。現実世界ではいつも地図アプリの『グルールマップ』に頼りきりで、帰り道を気にしてなかった。これがテクノロジーの功罪か。


確か自宅の倉庫にはあらゆる農作物を納めた箱が各数十箱はあったはずだ。メリルとの約束はたやすく守れるはずだった。


俺たちが商人ギルドを出発する際、メリルが心配そうな顔で近づいてきて、


「本当に大丈夫なの?」と聞いてきたので、


「もうすでに収穫してあるから、心配はいらないよ」


なんて大見えを切ってしまったのだが……


まさか家への帰り道が分からないなんて! このままじゃ約束を破ることに……。困った。


そのとき、俺の肩をクモモが前脚でトントンと叩いた。クモモはなぜか得意そうな顔をしている。


『農作物がなければ、作ればいいじゃない!』


「……おお! そうか!」


異世界の祝福で現実世界から持ち込んだ種を使えば一日で農作物が育つ。そこら辺の土地を耕して種を植えれば、十分に明後日の期限に間に合う。


これは妙案だと思ったのだが、ただ一つ心配なことがある。土地の所有権だ。


この辺りは村の近くだけあって、誰かに土地を所有されている可能性が高い。俺が勝手に開拓して後々村人とトラブルになるのはごめんだ。


となると、リバーサイドの村から遠く離れた山奥まで行って開拓するほうが堅実か?


いや。今から山の木を切って開拓するというのは時間的にキツそうだ。それに今後、農作物をシルバーフレイムまで運ぶことを考えると、なるべく村の近くに畑が欲しい。


う~ん。この辺りに誰の持ち物でもない土地がないだろうか。


俺とクモモは一緒になって悩んだ。そして答えは直に見つかった。


『「あそこだ!」』



―――



マウンテンバイク『ダイナマイト・フューリー』でひとっ走り。俺たちは古城の前に到着した。


この城は、村近くの山の頂上にある昔の領主のお城、オレガノ城だ。数日前、変なガイコツに捕らわれていたメリルを救出した場所でもある。


あの時は全体的に不気味なオーラが漂っていたのだが、今はそう感じない。地下室にいたアンデッドモンスターを全て焼却処分しておいたからな。


この城の所有者は大昔にいなくなってしまっている。村人も近づかないし、誰も利用していない土地だ。ここなら俺たちが勝手に畑を作っても文句を言われることはないだろう。


さて。もう辺りは暗くなってきている。明後日の期限に間に合わせるために、早く作業を始めなくては。


まずは草刈りから始めよう。この城は放棄されてから200年くらい経っているので、城の前庭も裏庭も草ぼうぼうだ。範囲が広いので除草剤を使おうかと思ったが、薬の濃度を間違えると大変なことになるので今回は見送った。


俺は御朱印ズゲートを広げて中から草刈り鎌を5つ取り出した。


「クモモは4つ使えるよな?」


『ウィ、ムッシュ! 私の華麗なるトリミングでカルテットを奏でてあげるわ』


クモモは4本の前脚それぞれに鎌を持った。


「よし! 二人で手分けして草刈り開始だ!」



―――


お城の草刈りは夜が更ける前に終わった。クモモが4本の前脚を自在に操り、芝刈り機のような動きで刈りまくったおかげだ。


「よし! 次は土地を耕すぞ!」


『イエッサー!』


俺は御朱印ズゲートからクワを取り出した。追加でトマトとナスとイチゴの種も取り出した。


俺がクワでサクサクと土を耕し、耕したそばからクモモが種をまいていく。時間が無いので効率的に動かなくては。


次の日の未明には種をまき終えた。さぁ、明日が約束の日だ。


後は作物が育つまで待つだけなのだが、まだやることはある。収穫した農作物を納める箱作りだ。


俺は城の周囲に植えられた木をのこぎりでギコギコと切り倒した。そして丸太を細長い板に切り分け、板を組み合わせて箱をどんどんと作っていった。


クモモと一緒に作った箱が100個を超えた頃、空が白み始めた。


そろそろ朝だ。徹夜で作業をしていたので眠たい。


いつもなら異世界の祝福を受けた種は次の朝までに育っていたのだが、今回は種を植えたのが遅かったのでまだ芽も出てない。明日までに間に合えばよいのだが。


「これで俺たちができることはすべてやった。よし! クモモ、寝るぞ!」


『ハブ ア グッド スリープ!』


俺たちは城の中の部屋の一つでぐっすりと眠りについた。



―――



”ぴぴぴっ! ぴぴぴっ!”


スマホのアラームで目が覚めた。俺はお城の埃っぽいベッドから飛び起きる。


今は真夜中の0時。今日が農作物の納入期日だ。


俺は畑の確認のため、パジャマ姿のままでお城の外に飛び出した。


辺りは真っ暗でよく見えない。俺は御朱印ズゲートからブルーベリーサプリを取り出して、一粒食べた。


視界がぱっと明るく広がり、畑の様子が目に飛び込んでくる。


「おお! これは凄い!」


畑全体にトマトとナスの青々とした葉が生い茂っていた。人の背丈近くまで成長していて、ちょっとした藪のようだ。赤と紫のツルリとした実がそこら中になっている。


地面近くにはイチゴのツルが所狭しと這いまわっていた。ツルの先にはルビーのように輝く大粒のイチゴがなっている。甘くて美味しそうだ。


俺はクモモを呼び出し、二人で農作物をひたすら収穫し続けた。


そして朝日が昇るころ、俺たちの前に農作物の詰まった箱が100箱積み上げられた。

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