第38話 嶄然たる城 勇猛なる領主

俺はシルバーフレイムの町中を自転車に乗って疾走していた。


「クモモ。次はどっちだ?」


『あっち』


背中のクモモがジェスチャーで示した方角に自転車のハンドルを切って進む。


クモモがその前脚に持っているのは、メリルからもらった町の地図。行先はシルバーフレイム領主の住まう城、『スカイウォークキャッスル』だ。


「あれがオルガの住んでいる城か」


顔を上げて遠くを眺めると、小高い岩山の上にお城が建っているのが見えた。ここからだとまだ距離があるが、かなり大きそうな城だということはわかる。


その時、後ろのクモモがトントンと俺の肩を叩いた。チラっと後ろを見ると『観光したい!』とジェスチャーしていた。


確かに町の通りは華やかだ。自転車をこぐ俺もつい目移りしてしまう。


だがもうすぐ夕方だ。暗くなってしまえば道に迷うことは必至。ここは観光欲をぐっと我慢してお城へ急ごう。


「今日はそんな時間はなさそうだ。お城に急ぐぞ」


クモモは『それなら、明日ね』と返した。


俺はわき目も降らず城へと続く大通りを走り抜けた。



―――



ようやくお城の門前に到着。もう空は色づき始めていた。


岩山の麓からここに来るまでの間は、かなりの急な坂道だった。だが、異世界の祝福を受けたこのマウンテンバイク『ダイナマイト・フューリー』なら訳はない。すいすいと登ってここまで来ることができた。


巨大な門の両脇は例のごとく堅物そうな門番が固めていた。その視線はこちらに注がれている。


怪しまれるのは仕方がない。ピンク色のクモを担いだ男が自転車というこの世界にない乗り物に乗ってやってきたんだからな。


このまま門に歩いて近づけば、確実に呼び止められるだろう。話が分かる相手ならいいんだけど。


俺とクモモは自転車から降りた。そして門に向かって堂々と歩いていく。


「そこで止まれ!」


ほらきた。門番の一人が俺たちを呼び止めた。


「ここが領主様の居城だということは知っているだろう。いったい何用だ」


「その領主のオルガという方に会いに来たんですけども。いらっしゃいますか?」


「面会希望か。ならそれを証明するものは持っているのか? 出してみろ」


もちろんそんなものは持ってない。


「『カレタが来た』とだけ伝えてもらえれば、おそらく分かるはずです」


「証明するものは無い、というわけか。今の時間、オルガ様は会議中だ。訳の分からない面会人のことでオルガ様の邪魔をするわけにはいかん。もっと早くに来るべきだったな。今日のところは帰るんだ」


「ぐぬぬ……」


急に押し掛けたのは俺の方なのでこれ以上強くは言えない。せめて言付けだけでもしてもらいたいものだが、どうやらそれもしてくれない様子だ。


仕方ない。町に戻って、教会に泊めてもらおうかな。いや、お金を持ってるから適当な宿を借りてもいいな。ルナさんに迷惑をかけるのも悪いし。


などと考えていたところ、後ろのほうにいたもう一人の門番が俺の前の門番に向かって「おい」と声をかけた。


すると門番は何かに気づいたように急に姿勢を正した。俺たちの後ろの方を見ているようだ。


後ろを振り向くと、俺たちが今上ってきた坂道を馬に乗った一団が進んでくるのが見えた。おや? あの特徴的なパイナップル頭は……。


「あなたはライドウさんじゃないですか!」


金属製の鎧を身にまとった中年男性は俺の顔を見るや否や、はっとした表情になった。俺のことを覚えていてくれたようだ。


「おぬしは……山奥にいた男か」


軍馬に跨っていたパイナップル頭の厳ついおっさんは、以前山奥の自宅で出会ったでオルガの側近、ライドウだった。


ライドウは俺と門番を見比べた。それですぐに状況を察したようだ。


「おい。そやつは客人だ。通せ」


「は……はっ! 只今!」


ライドウに命じられた門番は急いで門を開いた。ライドウも結構偉い立場の人らしい。


ライドウは馬上からこちらを見降ろし、


「おぬしもさっさと入れ。こちらも暇なわけではないのだからな」


「はーい。ありがとうございまーす」


俺とクモモは意気揚々と門の奥へと進んでいった。



―――



俺が通されたのは客間のような場所だった。俺とクモモはソファに座ってオルガを待った。


周りには気品を感じる調度品が並べられている。部屋の奥の方には立派な暖炉が備え付けられていた。今は特に寒くないので火は入っていないみたいだ。


ライドウに「ここで待っておれ」と言われてから十数分。部屋のドアが開いた。


「おお、カレタか! 久しいな。山奥の小屋で出会って以来だな」


部屋に入ってきたのは、銀髪に浅黒い肌を持つ精悍な顔立ちの男。シルバーフレイム領主のオルガだ。


「お会いできて良かったですよ。門番の人に取り次ぎも止められてしまって、どうしようかと思ってましたから」


「すまないな。普段ならそこまで厳しくないのだが、ちょうどさっきまでこの男と盗賊の盗伐作戦会議をしていたのでな」


オルガの後ろには、黒いローブに身を包んだ鋭い目つきの男性が立っていた。年は俺より少し若いぐらいだろうか。


その男は訝し気な表情でこちらを見つめていた。


「オルガ様。この男は?」


「ゴブリン討伐に遠征に出かけた際に出会った者だ。数千匹ものゴブリンを単独で殲滅してしまった、凄い男だよ」


「ふん……私にはそのような凄い男には見えませんが。魔力も感じなければ、研ぎ澄まされた気迫も持ち合わせてないように見える」


この間まで現実世界の普通のサラリーマンだった俺に無茶言うな。そんなもの持ってるわけないだろ。


「お前もライドウと同じく失礼なことをいう奴だな。戦士の風格こそないが、カレタは優れた魔道具使いだ」


「なるほど。魔道具ですか……」


黒いローブの男はとりあえず納得したようだ。


「すまないな、カレタ。この城の奴らは自分の目で物事を確認しないと信じない傾向が強くてな」


「気にしないでください。自分でも怪しまれる風貌なのはわかってますから」


「そういえば、この男の紹介がまだだったな。この城の魔術顧問のセオドアだ。見ての通り陰気な男だが、知識は確かだ」


魔術師か。確かに黒の長髪に黒いローブといかにもな格好をしているな。


そういえばさっきオルガは盗賊の盗伐作戦会議とか言っていたな。そこに魔術師が参加しているということは……。この町に入るとき膝に炎の矢を受けてしまった衛兵の話を聞いたが、それと関係があるのだろうか。


ちょっと聞いてみるとするか。


「ここの町の人から魔法を使う盗賊団の話を聞いたんですが、もしかしてその会議をやってたんですか」


「ああ、その通りだ。小癪にも魔法を使う盗賊団が現れたのだよ」


やっぱり。けっこう問題になっているみたいだな。


「魔法を使うには才能と高度な訓練が必要だ。もしくは高価なスクロールや魔道具がいる。どちらも盗賊風情が簡単には手に入れられないものだ。それがなぜか最近になって魔法を使う盗賊が増えているのだよ」


「呪術の一種ですよ。だれかが盗賊どもに一時的に初級魔法を使えるようにする印を施しています」


と、後ろからセオドアが口をはさんだ。


「その印を施した奴を見つけられればいいのだがな。盗賊どもに口を割らせようとしても忘却の呪いがかけられていて、盗賊本人も施術者が分からないのだ。それで手こずっているいるのだよ」


「ふーん。大変ですね」


魔法を使って悪さされちゃかなわないよな。やっぱりファンタジー世界は物騒だ。


おもむろにセオドアが廊下に下がった。


「私は呪術解析の作業がありますので、ここで失礼致します」


「ああ、頼むぞ」


そう言って魔術師のセオドアはその場から去っていった。


「ところで、横のピンク色のクモ……クモモだったか、その様子を見るに作物を売りに来たようだな」


クモモが担いでいる唐草模様の風呂敷からはトウモロコシの姿が見えていた。


「はい。この町で商売をするなら、トップであるあなたにまず挨拶をと思いまして」


「そうか。私を頼ってきてくれたのはうれしいが、商売に関して私が力になれることはないよ。この町での商いは基本的にシルバーフレイムの商人ギルドが仕切っているからな」


シルバーフレイム商人ギルドはメリルが所属している商人ギルドだ。そこまで力のあるギルドとは知らなかった。


「商人ギルドの長であるイーノックは信頼できる男だ。まずは彼を頼るといい。役に立つかはどうかわからんが、私が紹介状を書いてやろう」


おお! それはありがたい。領主の書く紹介状なんて、この町では最高ランクの紹介状ではなかろうか。


「紹介状は明日までには用意しておく。今日はこの城で休むがいい」


マジですか! タダ宿していいんすか!


「格別のご配慮、ありがとうございます!」


助かった。これで見知らぬ町で宿を探す手間が省けたぞ。ここまで気のいい領主のオルガには感謝しかないな。



―――



客間から移動した先の部屋も大きくて気品のある部屋だった。部屋の真ん中あたりには天蓋のあるキングサイズのベッドが置かれていた。おそらく他の国の要人を泊めるような部屋だろう。


中世ヨーロッパ風の豪華な部屋にテンションが上がった俺とクモモは部屋中をじっくりと観察。それに飽きると城内を適当に見て回った。


夕飯時には数人のメイドが部屋に料理を運んで来てくれた。部屋の中央に大きなテーブルが設置され、その上に料理の乗った皿が大量に並べられた。フランス風料理のフルコースだ。


オードブルはサーモンのカルパッチョ。スープはオーソドックスにコンソメの香り立つ野菜スープだ。珍しくはない料理だが、お城で食べている影響で何となくラグジュアリーな気分になってくる。


メインはもちろん肉料理。七面鳥の丸焼きだ。程よくローストされてパリッとした皮が美味しい。やわらかい肉をかみしめると肉汁があふれ出てきてジューシィだ。


デザートは梨のシャーベットだった。さっぱりしていて美味しいな。しかし、この中世ヨーロッパ風の異世界でシャーベットなんて、どうやって作るんだろう。冷蔵庫らしきものはなさそうだったから、もしかしたら氷魔法で作っているのかもしれないな。


「ふーっ。食った食った」


フルコースを平らげてお腹がいっぱいだ。向かいに座っているクモモも満足げだ。『ダイナナ』で食べた料理もおいしかったし、今日は料理運がいい。


お腹がいっぱいになったら、少し眠くなってきたぞ。だがせっかく豪華な部屋に泊まっているのに、すぐ眠ってしまうのはもったいないな。


俺は部屋の中の本棚に目をやった。『よくわかる魔導力学』『クラーケンの足はなぜ八本か?』『帝国経済が崩壊する13の理由』『進撃のサイクロプス』……異世界の本だが、背表紙に書いてある文字は日本語だった。この異世界では日本語が使われているので俺でもそのまま読むことができるだろう。


俺は『ミズガルズ旅行ガイド』という本を手に取った。この大陸各地を紹介する本のようだ。


本の中身をぱらぱらと見てみる。固有名詞はわからないものが多いが、それ以外は読み進めるのに支障はない。


さらに本を読み進める。ここ以外にも大きな国はたくさんあるようだ。異世界での生活が落ち着いたら、大陸全土を回る旅行がしてみたいな。


突然クラシック風の音楽が聞こえてきた。ふと横を見ると、クモモが大きなラッパの付いた四角い箱の前に座っていた。異世界の蓄音機のようだ。


『なかなかいい曲がそろってるわね。大人のレディーにはこの曲がふさわしいかしら』


クモモが取り替えているのはレコードではなく、宝石のような石だ。異世界の蓄音機はああやって使うらしい。


俺とクモモは寝るまでの間、ゆっくりとした時間を過ごした。



―――



暗い寝室内のベッドの上で、突然ぱっちりと目が覚めた。俺の隣ではクモモが寝息を立てている。


『ぐっすり、ぐっすり……ぐっすり、ぐっすり……』


クモモはぐっすりと眠っているようだ。


スマホの時計を見ると、床についてからまだ一時間も経っていない。俺はクモモを起こさないようにゆっくりとベッドから起き上がった。


そして懐から取り出した二冊の御朱印帳をそっと床に広げた。連なった短冊の輪の中から青白い光が浮かび上がる。


光の中に飛び込むと、そこにはいつもと変わらない自分のアパートの部屋があった。


そしてベッド横の棚の写真立てにはいつもと変わらない両親の笑顔が写っていた。


俺は線香にライターで火をつけ、折ったものを写真立ての前の香炉の中に寝かせた。手を合わせて目を閉じる。


「父さん、母さん。俺は何とかやってるよ」


昔、俺が仕事を辞めたいと愚痴をこぼしたとき、母さんに言われたことがあったな。


『彼太(かれた)がそれで満足できる人生を歩めると思うのなら、そうしなさい。彼太(かれた)が自分の人生に満足できること。それがお母さんの幸せなんだから』


仕事を辞め、異世界での生活を始めた今でも、人生に満足するということがどういうことなのかは分からない。


だがこの調子で自分の生活を自分の力で切り開いていけば、その意味が分かるような気がする。


まぁ、両親からの贈り物の『御朱印ズゲート』の力は借りるけどね。


さぁ、早く寝ないと。明日は忙しくなりそうだ。


俺はもう一度御朱印ズゲートをくぐって、異世界へと戻った。

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