第39話 出発 一路商業地区へ

部屋の窓から、まぶしい朝の陽ざしが差し込む。その光はベッドの上の俺の顔を照らした。


「ふぁぁ~あ。よく寝た」


柔らかなベッドの上で上半身を起こす。スマホで時刻を確認すると朝の七時半だった。


『ぐっすり、ぐっすり。ぐっすり、ぐっすり』


俺の隣ではいまだにクモモがぐっすりと眠っている。


気持ちよく寝ているのは結構だが、今日はいよいよ自分で作成した農作物を商人ギルドに売り込みに行く日だ。行動は早く起こしたほうがいいだろう。


俺はクモモの顔をかるくぺちぺちと叩いた。するとクモモがぱっと飛び起きる。


「おはよう、クモモ」 


『おはよう、カレタ。大人のレディは早起きなのよ』 と、クモモはジェスチャーで返す。


そんなに早く起きたわけでもないがな。だが、昨日は移動で疲れていたから仕方ないだろう。


さて、二人とも起きたところで早速出発の準備だ。


俺はパジャマを脱いで、部屋のクローゼットに掛けてある普段着を手に取った。脱いだパジャマは荷物になるので、御朱印ズゲートの中に放り込んでおく。


クモモは部屋の隅に置いてある農作物で膨れ上がった唐草模様の風呂敷を担いだ。


よし。準備完了。


「いざ、出発だ!」


『おー』


二人並んで部屋を出ようとしたところ、廊下にいたメイドさんとばったり出くわした。


「あら。もう出発なさるのですか? 朝食の準備が出来ているのですが」


メイドさんの前にあるヨーロピアデザインのクラシックなワゴンの上には朝食が載っていた。


おお、これは有難い。もちろん断る理由はない。俺とクモモは即座に部屋に戻る。


メイドさんは手早くテーブルの支度を済ませ、その上に朝食を並べた。


カリカリに焼き上げたトーストとスクランブルエッグ。それにブロッコリーの炒め物にベイクドビーンズ。飲み物は柑橘系のフレッシュジュースのようだ。


昨日のフルコースのような夕飯と違ってシンプルだが、どれも美味しそうだ。


だが、ジュースか……。ジュースもいいんだけど、俺は朝は牛乳派だ。タダ宿している身で図々しいが、牛乳がないか聞いてみよう。


「一応お聞きするんですけど、牛乳ってありませんか?」


メイドさんは俺が牛乳をとてつもなく欲しがっているというのを察したようだ。申し訳なさそうな表情を見せる。


「今、牛乳は供給不足でかなり値上がりしてるんです。買えないわけではありませんが、住民のためにお城で牛乳を出すのは控えてるんですよ」


牛乳が値上がりしてるのか。リバーサイドの村にはたくさん牛がいたし、牛乳も出てきたので不足している感じはしなかったのだが。


あまり出荷していないのか、需要が多すぎるのか。いずれにせよ、基本食材の牛乳が値上がりしているというのは庶民に厳しいな。


なんてことを考えながらジュースをぐびぐびと飲み干した。


俺とクモモが朝食を食べ終わったころ、先ほどのメイドさんがまたやってきた。


「領主様からお預かりしました商人ギルドの紹介状です。どうぞお受け取りを」


メイドさんから赤い封蝋がなされた封筒を渡された。手触りが良く、高級感のある紙質だ。無くさないよう大事にしまっておかなくては。


「領主様からの伝言もあります。今のところ、この部屋の使用予定がありませんので、当分の間は使ってもよいとのことです」


それはありがたい。だが俺も一国一城の主だ。そこまでお世話になるつもりはない。


「申し出はありがたいのですが、もう出ていきますよ。泊めてくださってありがとうございました」


『大人のレディはクールに去るわ』 と、クモモはジェスチャーで伝える。


「そうですか。それでは良い旅路を」


メイドさんはにっこりとほほ笑んだ。



―――



快晴の空の下、自転車に乗った俺とクモモは城の立つ岩山を軽やかに走り下りていた。


出発前に前にオルガに別れの挨拶をしておきたかったのだが、仕事に出かけていていなかった。これだけの大きな町の領主ともなると色々と忙しいようだ。


「クモモ。次はどっちに行けばいい?」


『あっち』


とクモモは行先をジェスチャーで指し示す。


目的地はシルバーフレイム商業地区だ。この地区に俺たちが目指す商人ギルドがある……はずだ。


『はず』というのは、実は俺はシルバーフレイム商人ギルドの場所が分からない。


メリルからもらった町の地図には大きな商店の名前なんかは書いてあるのだが、『商人ギルド』と書いてある場所はどこにもなかった。しくじったな。メリルに詳しい場所を聞いておけばよかった。


「スカイウォークキャッスル」のメイドさんに聞いても詳しい場所は分からなかったが、「商業地区で商人の方に聞いてみれば分かるかもしれません」と助言をもらったので、とりあえず商業地区を目指すことにしたというわけだ。


俺は遠くに見えるにぎやかな街の中心街に向けて自転車をひたすらこぎ続けるのだった。



―――



「ここが商業地区だな」


自転車を止めて周りを見渡す。辺りには3,4階の中世ヨーロッパ風のレンガ造りの建物が林立していた。


人通りも物凄い。歩道は人で埋め尽くされていた。馬車が通れなくて困っている行商人の姿があちこちで見られる。


「とりあえず自転車は隠しておくか」


自転車に乗ったままだと邪魔だし、目立ってトラブルになりそうだ。建物の影に移動し、自転車を御朱印ズゲートの中にしまった。


そこから商業地区のさらに中心に向かって歩いていく。農作物の風呂敷を担いだクモモは俺の背中に引っ付いたままだ。俺は背中が重いのを我慢しながら歩き続ける。


しばらくして商業地区の中心の交差点に到着。交差点の角には5,6階の建物が集まっていた。完全に俺の住んでたとこより都会だな。


しかし困った。どの建物も立派すぎてどれが商人ギルドの建物なのか全く分からないぞ。


俺がうんうんと悩んでいると、クモモが俺の背中をトントンと叩いた。


『あそこが一番立派そうよ』


クモモが脚差した先には、金ぴかでゴテゴテの装飾をそこかしこにあしらった趣味の悪い建物があった。9階建てで、周りと比べても抜きんでた高さだ。


他の建物は立派でも素朴な雰囲気を醸し出していて上品な感じなのに対し、この建物だけデザインが異質だ。


商人ギルドは町の商売を一手にまとめていると聞く。確かにギルドの本部があるとしたらあの特殊な建物かもしれないな。


よし。ここで悩んでいてもしょうがないし、まずは行ってみよう。

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