第40話 タルカス商会 疑惑の総合商社
俺は9階建ての建物の足元で空を見上げた。
う~ん、高いなぁ。建物の高さが際立って感じられる。
中世ヨーロッパ風異世界にこんなに立派な建物があるとは思わなかったな。金色に光るゴテゴテのエンブレムがそこかしこに貼られているのには閉口するが。
クモモが建物の入口の上方を脚差した。
『あれがここの名前みたいね』
入口の上に大きく掲げられた看板には『タルカス商会』と書かれていた。
商業地区の中心に建っているだけあって、ここは何かの商社のようだ。もしかしたら商人ギルドはここにオフィスを構えているのかもしれないな。
「よーし。とりあえず中に入ってみるぞ!」
『れっつ、ごぉ~!』 とクモモが前足を掲げた。
―――
エントランスの天井には豪奢なシャンデリアが煌々と輝き、その光は白い大理石の床をさらに白銀に染めていた。
建物の外見に違わず、タルカス商会のエントランスは物凄く贅沢なつくりをしていた。かなり儲かっていそうな会社だ。うまく話を進めれば俺が作った農作物を高く買ってくれるかもしれない。
エントランスには農作物や工芸品などの品物を持った人々が多数たむろしていた。隅にあるテーブルでタルカス商会の社員らしき人と立ち話している人もいる。おそらく商談をしているのだろう。
みんな忙しそうだな。さて、いったい誰に話しかけようか。
「おっ! あの人は暇そうだな」
受付のカウンター横でひげ面のおっさんが偉そうに突っ立っていた。ぴっちりとした白いタキシードを着こんで蝶ネクタイをつけている。他の社員とは違った雰囲気だ。高い役職の人かもしれないな。あの人に話しかけてみよう。
「すみません。シルバーフレイム商人ギルドを探しているのですが、この建物内にありますかね?」
「ああ゛? シルバーフレイム商人ギルドだと!?」
あれ? いきなり感じ悪い。人を威圧するような語気で返された。俺の会社の部長を思い出す。
「い、いや~、その~……ないのなら結構です。作物を売りに来たんですけど、来るところを間違えたみたいですね……はは」
「ふん! また出来の悪い農作物を売りに来た世間知らずの田舎者か。ウチは大規模農家しか相手にしないんだよ! さっさと帰れ!」
取り付く島がないな。ここは早く退散したほうがよさそうだ。
「クモモ、帰るぞ」
『全く! 失礼なミドルね!』
俺よりクモモのほうがご立腹らしい。
さっそく俺とクモモは今入ってきたばかりの入り口の方へ向きを変え、そのまま歩き出した。
少し歩いたところで、いきなり後ろから俺たちを呼び止める声が聞こえた。
「お、おい! 待て!」
振り向くと先ほどのおっさんが形相を変えてこちらを睨んでいた。少し怖い。
「そのクモが背中に持ってるものを見せてみろ!」
ヒゲのおっさんが駆け寄ってきて、クモモの背負っている風呂敷の中に勝手に手を突っ込んだ。ガサゴソと何かを取り出しているようだ。
「これは……!」
おっさんが風呂敷から取り出したのはトマトだった。もしかしてこの人はトマト好きなのだろうか。
「貴様、このトマトをどこで手に入れた!」
「どこで手に入れたって言われても……俺たちが作ったに決まってるじゃないですか」
「何だと!? このあたりのトマト農家は私たちがすべて把握しているはずだ。このトマトはお前が趣味で少し作っただけで、これだけしか持ってないんだろう?」
「いえ。これらが全部ではなくて、家の倉庫に戻ればまだまだたくさんありますよ。そうですね……一般的な農作物用コンテナ100箱はあるかな」
「バカな! 100箱だと! あり得ない!」
おっさんは顔を紅潮させて興奮した様子を見せた。いったい何をそんなに一人でハッスルしているのだろうか。
そのままおっさんはしばらく固まっていたが、しばらくすると少し落ち着きを取り戻したようだ。
「あ、ああ、分かった。ここで待ってろ。帰るなよ」
そう言うとヒゲのおっさんは受付のカウンターの方へ行き、その上に置いてあるアンティーク調の電話機のようなものの受話器を取った。どこかと話をしているようだ。
そして話し終わるとこちらに向かってすたすたと一直線に歩いてきた。なぜか揉み手をしている。
「先ほどは失礼致しました。わたくしはここの会長の秘書を務めておりますムーディーと申します。タルカス会長があなた様にお話があるとのことです。ささ、奥の方へいらしてください」
態度があからさまに変わったな。不自然なにやけ顔も不信感しか感じない。
だが、ここの会長と会わせてもらえるようだぞ。会長というと会社で一番偉い役職だ。とりあえず話だけでも聞いていくか。
―――
ムーディーさんについていき、階段をひたすら登ってついた先は建物の最上階。さらに廊下の奥の方の部屋に案内された。
コンコンッ、とムーディーさんが部屋の扉をノックする。
「入れ」
中から野太い男の声が聞こえた。
「失礼いたします」とムーディーさんがドアを押し開けて中に入った。そのあとに俺とクモモが続く。
「失礼しまーす」
俺は軽く頭をさげて入室した。
部屋は想像通り金がかかっていそうな作りだった。奥の方の壁には鹿や熊の頭部のはく製が飾ってある。
はく製の下には金色の装飾が施された大きなデスクが鎮座しており、王様が座るかのような宝石をちりばめた椅子にはこの部屋の主が座っていた。
「タルカス会長。この者たちが先ほどお伝えした農家の者です」
「ホッホッホッ。ご苦労」
俺が頭を上げてこの部屋の主、タルカス会長の姿を見たとき、思わずぎょっとしてしまった。
椅子に深く腰掛けたその中年男性の容貌は腐った玉ねぎを押しつぶしたように醜悪で、太い葉巻を咥えていた。高そうなデザインシャツからでっぷりとしたお腹がはみ出ている。
これどう見ても悪人のルックスだよね。好感度最低クラスの見た目だ。
だが、人を見た目で判断してはいけないと俺は親に教わっている。こんなに大きな町でこんなに立派な会社の会長をしているんだから、こんな見た目でも凄い人に違いない。たぶん。
「ホッホッホッ。それでこちらのお方のお名前はなんだったかな?」
ムーディーさんには俺たちの名前を伝えていない。俺は率先して口を開いた。
「カレタです。それとこちらのピンク色のクモはクモモといいます」
クモモは軽く会釈をする。
「ホッホッホッ。いい名前ですな。いきなりですが、ビジネスの話に移らせて頂きましょう。カレタ殿の持ってきた農作物とやらを見せて頂けませんかな?」
「ええ、もちろん」
俺がクモモを促すと、クモモは背中の風呂敷包みを下ろしてタルカス会長のテーブルにどしっ! と置いた。
タルカス会長はその中からトマトを手に取りじろじろと眺めた。この会長もトマト好きなのだろうか。
「ホォ~ッ。色艶ともに申し分ない。まるでルビーと見紛うほどですな」
「ありがとうございます。育てるのには苦労しましたからね」
畑に種をまいて一晩放っておいただけだけどな。
「単調直入に言いましょう。ワシはこのトマトをどうしても手に入れたい!」
その時、会長の目がギラリと光った気がした。
「どうですかな。私どもに独占して納めるというのはいかがかな? もちろんその分代金は弾みますぞ」
「独占? ですか……」
その言葉を聞いた瞬間、俺の頭の中を悪いイメージがよぎった。現代日本では独占企業がのさばっていて、物価は高止まりだわ、不正はし放題だわで、良いイメージがない。
「お話はありがたいのですが、少し考えさせてもらえませんか? 一旦シルバーフレイム商人ギルドの方に行ってから決めようかなと思ってます」
「シルバーフレイム商人ギルドだと!?」
タルカス会長が一瞬、嫌悪の表情を見せる。
「カレタ殿。ビジネスの世界ではスピード、決断力がものを言う。ここで決めなければ後悔するのはあなたの方ですぞ。分かりました。相場の3倍の代金を支払いましょう」
相場の三倍だって? 怪しさがさらに増してきたぞ。
「すみませんが、今ここで決めるつもりはありません。また後で伺うかもしれませんから、その時はよろしくお願いします」
「ホォ~ゥ。それは……残念ですな」
タルカス会長は椅子をくるりと回して壁の方を向いた。
「おい、ムーディー! ゲストのお帰りだ。……丁重にお送りしなさい」
「ははっ!」
ムーディーが部屋の扉を開けて指をぱちっと鳴らした。すると廊下の奥から二人組の屈強な男が現れた。
「連れてけ」
「へい」
あれ? ムーディーさんが送ってくれるんじゃないのか。
俺とクモモは両脇をガラの悪い男に固められ、窮屈な感じで半ば強制的に退室させられた。
―――
俺とクモモは男たちに挟まれて階段をひたすら降りていく。
んんっ? 一階を通り過ぎて地下に行っちゃったぞ。もしかして裏口から出るつもりか? でも地下だしなぁ。
「あのー、出口はさっきのところですよね?」
俺の問いかけに男たちは答えない。なんだかあからさまに俺たちの扱いが悪くなったな。
それから何階分か下りた先は、寒々とした石壁の部屋だった。あれほど豪華だった会社の地下とは思えない。
「あの扉の先が出口だ」
二人組の男のうち一人が指示した先には頑丈そうな鉄製の扉があった。
怪しいとは思ったが、男たちの指示に従わないはっきりとした理由もない。俺とクモモは恐る恐る鉄製の扉を開け、中に入った。
ガシャン! と後ろの方で扉が閉まる音がした。
『カレタ! 危ない!』
とクモモがジェスチャーしたかと思うと、いきなり俺を突き飛ばした。
間髪入れずにその場にこん棒が振り下ろされる。
ゴツンッ!
こん棒はクモモの頭を直撃した。
いったい何が起きたんだ? 俺は周りを見渡した。
「へへっ。しくじっちまった。クモの方をやっちまったぜ」
「なぁに。両方とも始末するんだからどうでもいさ」
こちらをニタニタと笑いながら睨む男達。俺が閉じ込められた部屋の奥の方には何人ものガラの悪い男たちが潜んでいた。どうやら俺たちはハメられたらしい。
頭を殴られたクモモは目を回して気絶している。頭にはぷっくりとたんこぶが出来ていた。先ほど俺を突き飛ばしたのは俺を助けるためだったようだ。
動揺する気持ちがおさまると同時に、ふつふつと怒りが沸き起こる。
「よくも大切な相棒を傷つけてくれたな。覚悟はいいか」
俺はどこかの総合格闘技選手の記憶を掘り起こし、見よう見まねでファイティングポーズを取るのだった。
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