第19話 見知らぬ、洞窟

俺は自宅のクローゼットから白いツナギを取り出した。危険な作業をするときのために作業服専門店の『タスクマン』で買っておいたものだ。まさかこんな時に着ることになるとはな。


俺はゆったりとした中世ヨーロッパ風の町人服を脱ぎ捨て、そのツナギを着こんだ。


手にはゴムの被膜で覆われた安全手袋をはめる。頭にはライトの付いた白色の安全ヘルメットをかぶる。これで完全防護完了だ。


そして俺は外に出て、自宅の壁に立てかけてあった棒状の道具を手に取った。


これはシカやイノシシなどの大型獣の駆除に使う電気槍、『電槍パルチザン』だ。


今は狩猟のオフシーズンなのでホームセンターで安く手に入れることができた。


こいつを獲物に突き刺して電流を流せば、あの最強のクマ、グリズリーですら一撃で葬ることが可能だ。体格から言ってゴブリンも楽勝で始末することができるだろう。


この槍もご多分にもれず、異世界の祝福で強化されている。試しに向こうに見える大木に槍の先を向け、手元のボタンを押すと……。


ズゴーンッ!


凄まじい雷鳴が轟いたかと思うと、先ほどまで立派に屹立していた大木が真っ二つに割れて折れ曲がっていた。


凄まじい威力だ。この威力ならゴブリンの集団も相手にできる。


クモモの背中には懐中電灯を巻き付けた。ゴブリンは通常、洞窟を住処にしているらしい。暗い洞窟の中を進むのには明かりは必須だ。クモモには戦いの補助をしてもらおう。


よし、準備は完了。ゴブリン駆除作戦の開始だ!



―――


俺とクモモは森の中を走っていた。


手に持ったスマホの画面には昨日襲ってきたゴブリンのいる方角が表示されている。


セントリーエアガンには泥棒追跡用の殺傷能力のない発信機付きBB弾が混ぜてある。そのBB弾で撃たれた相手は体に発信機が埋め込まれるので、後で『セコソック』のスマホアプリから居場所を特定することが出来る。


発信機の場所は自宅からそう遠くない森の中だ。早く始末しないと、今夜また酷いことになるぞ。


ゴブリンは夜行性だ。夜になると活動的になって狂暴化してしまうので、昼のうちにカタをつける必要がある。


俺とクモモは息を切らせつつも、森の中を急いで走った。


「クモモ、もうすぐだ。ここからは歩いて進もう」


発信機の場所が近づいてきた。ゴブリンに気付かれないよう、静かに歩く。


しばらく進むと、森の中の開けた場所に岩の洞窟があるのが見えた。


その洞窟前には、暇そうに辺りをきょろきょろと見回しているゴブリンが2体いた。どうやら見張りのようだ。


俺とクモモは近くの木の後ろに身を隠した。


あの2体のゴブリンを静かに始末する必要があるな。そうしないと洞窟の中にいる仲間を呼ばれてしまう。


「クモモ。俺が右のほうを始末するからクモモは左の方を頼む」


クモモは『わかった』という風に頷いた。


しばらくの間、見張りの動きを観察し、お互いが一番離れた位置に来るのを待った。


「よし、今だ!」


俺は腰に差したナイフを抜き取って、ゴブリンに向かって投擲した。


ヒュンッ


「グェッ!」


俺の投げたナイフは右側にいたゴブリンの喉元に見事命中。ほとんど声を発することなく地面に崩れ落ちた。


右側のゴブリンが地面に倒れた音を聞いたのか、もう一方のゴブリンがその方向を振り向いた。だが既にゴブリンの首には白い糸が巻かれていた。


「グギ……ギッ……ガッ……」


ゴブリンの首がクモモの糸でギリギリとしまっていく。


糸は木の枝の上を通してクモモががっちりとつかんでいた。クモモが糸を引くと、滑車の要領でゴブリンの体が宙に浮き上がる。


クモモはピンと張った糸をポロンと弾いた。するとゴブリンの全身から力が抜け、ダランと垂れ下がった。


そして糸を切りはなすとゴブリンがドサッと地面に落ちた。さすがはクモモ。鮮やかな腕前だ。


これで見張りはいなくなった。俺とクモモは大勢のゴブリンが待ち構えているであろう洞窟に潜入した。



―――



洞窟の中は当然のように暗かった。


だが俺のヘルメットのライトと、クモモの体に結び付けた懐中電灯の明かりで進むのに支障はない。


洞窟の入り口は狭かったが、中の通路は意外と広かった。大人数人が横並びで歩くことができるほどの広さだ。


スマホの画面で発信機の場所を確認する。すぐ前方の大きくなっている部屋に発信機のついたゴブリンがいるようだ。


俺とクモモはその部屋の入口に近づいて、その脇に体を隠す。


部屋の中にはゴブリンが5体いた。この数でバラバラな動きをされると厄介だな。


俺は手に持った『電槍パルチザン』をぐっと握りしめた。


「クモモ。この部屋全体に粘着糸をばらまけるか?」


クモモは『できるわ』というふうに前足で丸を作った。


まず相手の動きをクモモの粘着糸で封じてから、電気槍で始末するという作戦だ。最初から『電槍パルチザン』の放電攻撃を仕掛けても勝てるだろうが、念には念を入れよう。


「ゴブリンたちが一か所に固まったところで攻撃を仕掛けるぞ」


クモモは『OK』という感じで、また前足で丸を作った。


クモモはゴブリンの動きを隠れ見ながらタイミングを計った。


最初はゴブリンたちは部屋の中で不規則に動いていた。だがそのうち、ゴブリンたちが話をしながら部屋の中央に集まってきた。……よし、今だ!


クモモは事前に作っておいた粘着糸の網をゴブリンの集団に投げつけた。


「ウゲッ」


「グガッ」


ゴブリンたちが奇妙な声を上げる。突然の出来事に驚いているようだ。


粘着糸の網はゴブリンたちにしっかりと絡みついている。あれでは当分動けそうにない。次は俺の番だ。


俺は『電槍パルチザン』をゴブリンの集団の方に向けた。そして手元のスイッチをオン!


バリバリバリィッ!


槍の先端から激しい稲妻がほとばしり、ゴブリンの固まりを撃ち抜いた。


「グギャァゴォッ!」


ゴブリン達は悲鳴ともうめき声ともつかぬ不快な音をあげた。そして体中から白い煙をプスプスと出し、その場に倒れこんだ。


凄い威力だな。頼りになる槍だ。


これで部屋の中のゴブリンは一掃したぞ。次の部屋につながる通路がないか、この部屋を調べてみよう。


……あれ? ここで行き止まりだ。


部屋の中にはゴブリンがどこからか盗んできたであろう調度品がわずかにある以外は何もなかった。


まさかゴブリンの数が5体だけということはないだろう。昨日の夜逃げたゴブリンの数だけでも、数十体はいたはずだ。


「グゲッ……ゴゴッ……」


その時、部屋の隅から奇妙な声が聞こえた。その声がした方向を見てみると、皮膚が焼け焦げたゴブリンが這いずっていた。


さっきの電撃でしとめきれなかったやつがいたのか。しぶとい奴だ。


そのゴブリンの向かう先を見ると、そこにはトロッコの切り替えに使うようなレバーが鎮座していた。


「お、おい! 何をするつもりだ!」


俺が止める暇なく、ゴブリンはそのレバーをガタっと倒した。


すると突然、俺たちの足元の床が崩れ落ちた。


「うぉぉぉっ!」


俺とクモモは漆黒の闇の中、どこまでも落ちていった。

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