第15話 草刈り

目覚まし時計がジリジリと鳴り響いた。ベッドで寝ていた俺の顔の上に何かがボトッと落ちてくる。


「うぉぉっ!」


俺はびっくりして飛び起きた。


床の方を見るとパステルピンクのでかいクモが仰向けに転がっていた。またクモモが落ちてきたようだ。


クモモは足をバタバタ動かして起き上がるのに苦労しているようだ。俺はベッドから起き上がって、クモモをつかんでひっくり返す。


「おはよう」


声をかけるとクモモは挨拶のようにぺこりと頭を下げた。


ふぁ~あ、よく寝た。


よくは寝たのだが、昨日は遠いところまで歩いて行ったのでその疲れが少し残っている。ちょっとだけだが体がだるい。


クモモもあくびをした。クモモも少し疲れが残っているようだ。


今日は遠出するのはやめにしよう。さぁ、朝食の準備だ。


朝食の材料は昨日釣ってきた魚だ。冷蔵庫の中に大量に保管してある。早く食べて減らさないと冷蔵庫の中に他の物を入れられない。


冷蔵庫の中から黒くて大きな魚を取り出した。これはコイだ。コイの代表的な食べ方といえば……コイの洗いだな。


コイの洗いには新鮮なコイが必要だ。昨日このコイを釣ってから、冷蔵庫に入れてまる一晩。本来ならばこの鮮度でコイの洗いを作るというのは不適切だ。


だがこの冷蔵庫は現実世界から持ってきたもので異世界の祝福が施されている。この中に入れた食材はいつまでも新鮮なままだ。


冷蔵庫から取り出したコイは今にもピチピチと跳ね出さんばかりの鮮度を保っていた。


コイを足元にいるクモモに手渡した。これはクモモにさばいてもらおう。


俺はさらに冷蔵庫からウナギを取り出した。当然ウナギのかば焼きにする予定だ。


現実世界ではウナギはすでに絶滅しているので食べた記憶がほとんどないが、美味しかったことだけははっきりと覚えている。もし日本に持ち帰ることが出来たら儲かったのに。いや、そんなことをしたら逆に何かの保護法で逮捕されるかもしれない。


冷蔵庫から取り出した食材を台所に持ち込んで、さっそく調理開始だ。


自分の隣ではクモモがコイを包丁でさばいていた。迷いなく魚の身に包丁を入れていく様はまるでプロの料理人だ。俺も負けないようにしないと。


俺はまな板の上にウナギを乗せた。ウナギの体はヌメヌメとぬめっている。力の入れ加減を間違えると、どこかにすっ飛んで行ってしまうので気を付ける必要がある。


まずはウナギの頭をサクッと切り落とす。そして切り口に垂直に包丁の刃を当て、そのまま一気に滑らせるようにして尾まで切り進める。


身を開いて骨や内臓を取ってしまえば、これで下ごしらえ完了だ。


後は火を通していこう。まずは電子レンジで数分温める。取り出して、かば焼きのたれを塗ったら今度はオーブンでじっくりと焼く。皮に焦げ目がつけば完成だ。


クモモの方のコイの洗いももう出来上がるようだ。


お湯に小さく切ったコイの身を浸していい感じに引き締まったらさっと取り出す。そして流水でよく冷やせば完成だ。


食卓には綺麗に盛りつけられたコイの洗いと熱々のご飯の上に乗っけたウナギの蒲焼が並んだ。いただきまーす。


このコイの洗い、身がぷりぷりとしていて美味しいな。これだけ新鮮なコイの洗いは高級料亭でも食べられないだろう。


ウナギの蒲焼にも手を付ける。甘辛いタレの味は子供のころのウナギを食べた思い出をよみがえらせる。ウナギの味はしっかりとしていて濃いタレの味に負けていない。身も柔らかくほくほくとしていて最高だ。


クモモもウナギの蒲焼を気に入ったようだ。前足に糸で縛り付けた箸を器用に動かして、ご飯とウナギを口の中にせっせとかきこんでいた。



―――



朝食を食べ終わったら農作業だ。


今日の予定は庭の草刈り。森の方から草が伸びてきて家の庭を侵食し始めている。背の高い雑草が視界を遮っていて、あまり見栄えがよろしくない。今日中にすっきりと刈ってしまいたい。


道具はホームセンターで買ってきた草刈り鎌だ。これで草を刈り取ろう。二本用意してあるので一本はクモモに渡す。


クモモは自作したであろう農作業用の頭巾をかぶっていて準備万端の様子だ。


「よーし。午前中に終わらせるぞー」


『おー』というようにクモモは鎌を高く掲げた。


さっそくクモモと一緒に庭の草をさくさくと刈っていく。この草刈り鎌は現実世界から持ち込んだものなので異世界の祝福がある。軽く一振りするだけで目の前の雑草が根こそぎ除去できてしまう。


クモモの方を見ると超スピードで鎌をふるってシャッシャッと草を刈っている。クモモは足が八本あるんだからもっと鎌を買ってきて持たせればよかったな、と今更ながら思い至る。だがそんなことをしなくても、この調子ならすぐに終わりそうだ


俺たちはそこから10分たらずで家の周りの草を刈り終えた。


よし。これで一通り家と畑の周りの雑草は刈り終わったな。早く終わらせすぎたから森の方の草も刈っておこうか。


周囲の森の中は雑草が生え放題で見通しが悪い。夜になると完全に真っ暗になってしまって怖いので、ここもすっきりと刈っておこう。


森の中でしばらく草刈りをしていると、ちょっとした問題に遭遇した。


それは草刈り鎌の斬撃が木の根にぶち当たってしまって、効率よく草刈り出来ないという問題だ。


草刈り鎌は一振りすると斬撃が発生して雑草を一掃できるが、斬撃が雑草以外の物に当たるとそこで消滅してしまう。


雑草以外のものを切らないようにというこの祝福の配慮はありがたいのだが、いかんせんそこらの地面には大樹の太い根がぼこぼこと張り出している。そこに斬撃が当たってしまって上手く草を刈ることができないのだ。


この調子で森の広い面積を草刈りするのは骨が折れるな。


だがこんな時に役に立つものを用意してある。農薬で有名な会社『丸上』の除草剤、『根こそぎくんマックスハード』だ。


この白いボトルに入った除草剤は、雑草にはよく効くがその他の有用な植物や花などにはほぼ害がないという非常に便利なものだ。こいつを散布して森の雑草を一網打尽にしてしまおう。


だがその使用には注意点がある。除草剤の原液を直接撒くのはご法度だ。効果が強力すぎて雑草以外の植物にも影響が出てしまうからだ。除草剤のボトルに書いてある説明書きによると100倍に薄めればいいようだ。


除草剤散布用の噴霧器のタンクに『根こそぎくんマックスハード』をキャップ一杯入れ、残りはホースから水道水を注ぎ込んだ。タンクをよく振ってムラが出ないようによく混ぜる。


そしてマスクと保護メガネをちゃんとつけてっと……これで準備完了だ。


「ふんふんふーん」


噴霧器から除草剤をサーっとシャワーのように散布する。こいつは楽だ。気分良く散布していく。


しばらくすると、ギシィ……という不吉な音が背後から聞こえた。


「ん? なんだ?」


後ろを振り向くと、……そこは砂漠だった。


濃緑の葉をつけて雄々しかった大樹は見るも無残な灰色の枯れ木になってしまっている。森の茶色い腐葉土はエジプトの砂漠で見るような黄色い砂になっていた。


除草剤を撒いたところが砂漠化してしまったのだ。


どうやら異世界の祝福効果で除草剤も強化されているようだ。100倍に薄めただけじゃ強すぎたみたいで、すべての植物を枯らしてしまった。


こいつは危険だ。除草剤をもっと薄めなくては。


さっそく家の前に円形のビニールプールを用意した。これを使って除草剤を極限まで薄めよう。


プールの中を水道水でなみなみと満たした。ここに噴霧器のタンクの中の薬液を一滴垂らす。そしてプール全体を棒でよくかきまぜた。


これだけ薄めれば大丈夫だろう。だけど実際に撒く前に試してみないとな。


右手にクモモが摘んできた綺麗な花を持ち、左手には生命力の強そうな雑草を持った。そして両者を同時にプールに突っ込んで除草剤に浸した。


十秒数えて引き上げた後の状態を確認だ。


花のほうは特に変化がないようだ。だが雑草のほうは、しおしおと茶色に枯れてしまった。よしよし。除草剤の強さはちょうど良い感じだ。


薄めた除草剤を噴霧器のタンクに入れて散布再開。


作業を1時間も続けると、森の中の雑草を全て枯れ果てさせることに成功した。森は散髪直後のようにさっぱりとした印象になった。これは気持ちがいいな。

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