第16話  気持ちのいいお風呂

草刈りで庭がすっきりしたおかげで、庭が広くなったように感じる。建物を増やしたくなってきたな。


何を建てようかしばらく思案する。


……この拠点には足りないものがあるな。それはお風呂だ。


今までお風呂はアパートのものを使っていた。こんなに開放感あふれる生活をしているのに、お風呂だけはボロアパートの狭い風呂を使用するというアンバランス感。これでは興を削ぐ。


「よし、お風呂を作るぞ! それもヒノキ風呂だ!」


お風呂といえばヒノキ風呂が有名だ。温かみのある木材の感触といい匂いのする浴室内は、疲れた体を極限までリラックスさせるという。


問題点は材料のヒノキが高いことだ。


ここは見渡す限りの森の中だ。探せばどこかにヒノキっぽい木が生えているだろう。クモモに聞いてみよう。


「クモモ。こんな木が生えている場所を知らないか?」


クモモにヒノキの写真を表示させたスマホの画面を見せる。


クモモはあちらを向くと、『ついてきて』という感じで前足で促した。ヒノキの生えている場所を知っているようだ。


クモモについて森の中を歩いていく。しばらくすると、空を突き上げるようにスラっとした形の木が生えている場所にでた。ここに生えてる木は確かにヒノキっぽいな。


見た目はヒノキだが、中身はどうかな。ナタでその木の樹皮を削り取ってみた。中の白い組織からはヒノキのいい香りがした。


見た目がヒノキ。中身もヒノキ。ならばこの木はヒノキということで問題ないだろう。こいつを風呂の材料に使おう。


さっそくノコギリを取り出した。ヒノキは堅いので伐採するのが難しいらしいが、この異世界の祝福を受けたノコギリがあれば問題ない。どんなに硬い木でも豆腐のようにさっくりと切ることができる。


まず幹にノコギリでくさび型の切り込みを入れる。そして上の方をちょんと押すと、メキメキッと音がしてズドーンッとヒノキが倒れた。


切り倒したヒノキの大木はクモモに家まで運んでもらおう。


クモモは軍手の指部分を切り落としたものを前足の先にはめている。この軍手にも異世界の祝福が宿っており、はめると重いものを軽々と持ち上げることが可能になる。


クモモは切り倒したヒノキの大木をひょいと持ち上げると、すたすたと自宅の方に向かって走り去った。


この調子でどんどんヒノキをどんどん伐採していくぞ。


でも、ヒノキ風呂を作るのに木材はどの程度いるんだろう……。せっかく作るなら大浴場がいいよな。建屋もヒノキで作った方がいいだろう。


よし、この辺りのヒノキを全部伐採するとしよう。


俺はノコギリを使ってヒノキの大木を片っ端から切り倒した。


伐採したヒノキを家に持ち帰ったら製材だ。建築に使えるように丸太を平たい板や角柱状に加工していく。


木材はノコギリで簡単に切ることができるので、製材はすぐに終わった。


次はとうとう大浴場の建設だ。自宅や倉庫のように丸太を使ったログハウスではなく、日本古来の公衆浴場のような木造建築にしよう。


まずは地面に柱を立てよう。すでに柱を載せる平たい石をクモモに集めてもらっている。さらにクモモに頼んで、その石を地面に等間隔に並べてもらう。


その間に建物の基礎となる骨組みの作成だ。角材を組み合わせて四角形のフレームを作成する。


通常、角材を組み合わせるためには、角材の先端に穴や出っ張りを加工して互いにはめ込む必要がある。


だがそんな面倒で細かい作業はしたくない。そこで使用するのがこの木工用ボンドだ。


木工用ボンドといえば小学生が夏休みの工作に使うイメージだ。建築になんて使えるはずがない。


だが、ここは異世界だ。現実世界から持ち込んだこの何の変哲もない木工用ボンドにも祝福が与えられる。こいつをちょこっと塗って貼り付けるだけで、ビルを基礎に固定するのに使うアンカーボルト以上の強度を得ることができる。


角柱の端に白いボンドを点々とつける。そしてもう片方の角柱の側面に押し付けると角柱がピタッと固定された。


こうして組みあがった四角形のフレームを地面に並べた石の上に載せた。これで建物の骨組みは完成だ。


柱が立ったので、次は壁を作ろう。垂直に立っている柱にヒノキの板材をボンドでペタペタと貼り付ける。壁を貼り付けるにつれて、ただの角柱の骨組みがだんだんと建物っぽさを増していく。


木工用ボンドを利用した簡単工法のおかげで浴場となる建物はすぐに完成した。


残りは浴槽づくりだ。


大浴場を作るつもりなので、外で作った小さな浴槽を後から中に運び込むことは出来ない。


建物内に材料を持ち込んで中で浴槽を組み立てよう。


ヒノキの角材を隙間がないようピッチリと重ねてボンドで貼り付ける。こうして作った浴槽の壁をどんどん延長していく。あっという間に、10m四方の大浴場の完成だ。


「ふぅ、さすがに疲れたな。後はお湯を張るだけだ」


お風呂の水はアパートからホースで引いてくる。水が大量に必要になるので水道代が心配だが、これは仕方がない。


浴槽が大きすぎるので水道の蛇口を全開にしても水を張るのに何時間もかかった。


ようやく水がたまった頃にはもう日が傾いていた。


だがお風呂に入るのにはちょうどいい時間だ。さっそくお風呂を沸かそう。


俺が取り出したのは棒状の湯沸かし用ヒーターだ。このヒーターを水の中に入れるとヒーターの熱で水をお湯に変えてくれるという優れものだ。


ヒーターをぽちゃんと浴槽に放り込んで電源オン。するとすぐに浴槽に張った水から湯気が立ち昇った。


おお! ヒーターをつけたとたんすぐにお湯が沸いたぞ。さすがは異世界の祝福だ。


浴場内に温かい湯気が立ち込め、ヒノキのいい香りが鼻をくすぐる。もう我慢できない。


「よし! クモモ、お風呂に入るぞ!」


俺は衣服を勢いよく脱ぎ捨てた。


「あれ? クモモ?」


クモモが俺から離れてまごついていた。なんだか様子がおかしいな。


クモモは前足で目を隠して恥ずかしがっている感じだ。


どうも俺の股間のプラプラしたものが気になるようだ。これはもしや……。


俺は脱ぎ捨てたズボンの中からスマホを取り出した。そしてネットでクモの性別について調べてみた。


クモの性別は触角の形で判断できるらしい。ネット上のクモの写真とクモモの触角とを見比べてみると……専門家じゃないので自信は無いが、メスっぽいな。


「もしかして……クモモはメス?」


クモモに尋ねてみると『うんうん』と頷いた。


そうだったのか。ピンク色なので最初に出会ったときから直感的にメスだと思っていたのだが、ポリティカルコレクトネス的に色で性別判断をするのはよくないと思って口にはしていなかった。


でも、クモと人間なんだし気にすることじゃないよな。


「細かいことは気にしない。さぁ、一緒に入るぞ!」


俺はまごつくクモモを持ち上げて湯船に放り込んだ。続けて自分も勢いよく飛び込んだ。


バシャーン!


大きな水しぶきが上がった。


お風呂に飛び込むのってやってみたかったんだよな。銭湯でやるとマナー違反だし、アパートのボロ風呂だと底が抜けそうで出来なかった。だが自分で作ったお風呂なら誰にも文句は言われない。


クモモの方を見ると湯船にぷかぷかと浮かんでいて気持ちがよさそうだ。


俺とクモモは芳しいヒノキの香りの中で連日の疲れをゆっくりと癒した。

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