第17話  ゴブリン、襲来

天国の父さん、母さん、事件です。


昨日はヒノキの大浴場にゆっくりと浸かって疲れを落としたおかげで、ものすごく気持ちよく寝ることができた。


だがそのせいで夜中に起きた目の前の畑の異変に気付かなかった。


朝起きて外に出た俺を待ち受けていたのは、めちゃくちゃに荒らされていた畑の姿だった。


トウモロコシの茎は無残に折れ、地面に落ちたトマトはぐちゃぐちゃに踏みつぶされていた。


昨日までは畑一杯の作物が実っていた。それがすべてダメになってしまっていた。今日収穫しようと思っていたのに。


「いったい誰がこんなことを……」


何か手掛かりがないか探してみよう。クモモと一緒に畑の中に入った。


地面には食い荒らされたらしき作物が散乱していた。俺はそのうちの一つ、汚らしく食い散らかされた大玉のスイカを拾った。


そのスイカには特徴的な歯形がついていた。まるで猛獣のようにギザギザと尖った凶悪な歯型だ。


「クモモ、この歯形を見たことがあるか?」


クモモは『分かんない』といった感じで頭を振った。


クモモも知らない猛獣か。情報がないんじゃこいつの対処は厄介だぞ。さて、どうすべきか……。


『彼を知り己を知れば百戦あやうからず』、というようなことをどこかの兵法家が言っていた。


まず己がやるべきことは敵を知ることだ。そして、敵を知るためには……監視カメラだ。



―――



次の日の朝。俺は現実世界のアパートで来客を待っていた。


アパートの階段を上がる足音が聞こえる。どうやら来たようだ。玄関のドアが開く音がした。


「ごめんくださいー。セコソック警備保障の吉田よしだ 亮子りょうこですー。猛津もうつ 彼太かれたさんはいらっしゃいませんかー」


「はいー、今行きますー」


と返事をしてから玄関に行くと、そこには眼鏡をかけた細身の女性が立っていた。そのカーキ色の制服には見慣れた会社のロゴがある。超有名警備会社『セコソック』の人だ。


彼女は監視カメラの入った箱を抱えていた。俺が購入したものだ。


監視カメラはネットで簡単に購入できるのだが、こういうのは当たり外れが大きい。設置のノウハウも必要だ。その道のプロに頼んだ方がいいだろうということで、わざわざ警備会社から購入したというわけだ。


「猛津さん。本当に設置は私どもがやらなくてもいいんですね? 代金は安くなりませんよ」


吉田さんは監視カメラの大きな箱を玄関にドサッと置いた。


「ええ。ちょっと事情がありまして、自分で設置しなくてはいけないんです」


異世界に他人を呼ぶわけにはいかない。少し難しそうだが設置は自分でしなくては。


「そうですか……あと、これは粗品の蚊取り線香です。最近日本でもエボラが流行ってきてますからね。どうぞお使いください。では私はこれで失礼いたします」


監視カメラの買取料金はかなりの額なのに、なんてショボい粗品だ。これも日本破綻の影響か。


とにかくこれで『セコソック』御用達の監視カメラを調達することができた。こいつを庭に設置して敵の正体を見極めるんだ。


俺は御朱印ズゲートの中に監視カメラの箱を投げ入れた。



―――



その日の夜。異世界で監視カメラの設置を終えた俺は、クモモと一緒にログハウスの中で待機していた。


監視カメラの設置個所は自宅、畑、庭が一通り見渡すことができる場所と、森を少し入ったところだ。これで侵入者がどこから来ても検知できる。


手に持ったスマホには監視カメラの画像が表示されていた。敵の正体――見極めてやる。


しばらくの間は何も起こらなかった。だが油断すれば何が起こるかわからない。俺とクモモはこの前釣ったアユとイワナで作った燻製を食べながら警戒を続けた。


ポロン、ポロン、ポロン。ポロン、ポロン、ポロン。


突然スマホのアラームが鳴り響いた。監視カメラの動体検知センサーの警報だ。何かがセンサーに引っかかったようだ。


画面をスワイプして、反応のあった監視カメラの映像に切り替える。


「こいつは……」


闇の中に多数の物体がもぞもぞとうごめいていた。よく見えない。だが、月の光に照らし出されてその姿がはっきりと分かった。


緑の皮膚を持つ醜悪な怪物。ゴブリンだ。


その背丈は小さな子供くらいで、薄汚れた牙の間からよだれをダラダラと垂らしながら畑の作物をむさぼっていた。


ゴブリンはファンタジー世界を扱った創作物ではよく見る有名なモンスターだ。基本雑魚扱いだが、作品によっては質が悪く危険な場合がある。いずれにせよ、邪悪で粗暴なモンスターだ。この異世界は思ったより安全ではないらしい。


まさかこんなファンタジー世界にしか出てこないようなモンスターが存在するとは。この世界では今まで普通の動植物しか見ていなかったので完全に警戒を怠っていた。


「クモモ、あいつらはこの辺りに住んでいるのか?」


隣にいたクモモは『ううん。この辺りにはいなかったわ』とジェスチャーで説明した。


ということは、最近この辺りに移動してきたのだろうか。そうだとしたらついてないな。俺の引っ越し時期と被るなんて。


スマホの映像の中では醜悪なゴブリンたちが作物をグチャグチャと乱雑に食い散らかしていた。畝も脚でめちゃくちゃに踏み荒らされている。


このままでは俺の平穏な異世界ライフが台無しだ。早急に対処しなくては。

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