第14話 釣り

俺とクモモは川から少し離れて森の方へ戻った。釣り竿に適した木を探すためだ。


釣り竿には竹が適しているのだが、いくら探しても見つからない。ここに来るまでも竹らしき植物は見かけなかったし、この辺りには竹は生えていないのだろうか。


適当に探していてもらちが明かない。クモモに聞いてみよう。


「こんな風によくしなる木をしらないか?」


釣り竿をビュンビュンと振る動作でクモモに木の特徴を伝える。


クモモは首をかしげて悩んでいたが、すぐに思い当たったようだ。


さささーっと走り出すと一本の木の前で止まった。白っぽい樹皮を持つ細長い木だ。あまり大きい木ではなく、俺の身長の倍程度の高さだ。


クモモが前足で木の枝を弾くと、ビヨヨ~ン、とよくしなった。


「これなら竿に使えそうだな」


俺はある程度長い枝を見繕ってナタで二本切り取った。俺とクモモの分だ。竿の作成に必要な材料が見つかったのでとりあえず河原に戻る。


釣りには針と浮きも必要だ。竿用に取ってきた枝を少し切り取って果物ナイフで削り、針と浮きを二セット作成した。


釣り糸はクモモのお尻から拝借しよう。


「クモモ。お尻から丈夫な糸を出してくれないか」


クモモは向こう側を向くとお尻から糸を出し始めた。俺は出てきた糸を手で巻き取っていく。


糸が出る部分をよく見てみると、クモの糸は肛門から出ているわけではないようだ。スマホで調べたところによると、その近くの糸いぼという突起の近くの穴から糸が出るらしい。


お尻の穴から糸を引き出していると、クモモが前足で顔を覆って恥ずかしそうにしていた。クモモにとってお尻の穴や糸を出す穴は急所だからだろう。野生生物も急所を守るために恥ずかしいという感情を持っていると聞いたことがある。


これで十分な量の糸が集まった。この糸をさっき森で切り取ってきた枝の先に結び付けて、糸の端に浮きと針をつければ完成だ。これで釣りができる。


竿は二本ある。片方をクモモに渡して、さあ釣りの開始だ。


腰掛けるのにちょうどいい大きさの石がある場所を探して座った。そこから川に向かって針を投げ入れた。


それから30分程じーっと待っていた。だが何も釣れなかった。


魚が水面をぽちゃんぽちゃんと跳ねているのが見えるので、川に魚がいないわけではない。だが全然針に食いつかない。


何かやり方がまずいのだろうか。こんな時は釣りの仕方を調べてみよう。


ログハウスに置いてある無線LANルーターの電波はここまで届いているので、問題なくネット検索ができる。スマホを取り出して釣りについて調べてみた。


釣り入門のサイトを巡っていると、不足しているものにすぐ気がついた。


「そういえばエサをつけてなかったな」


今投げ入れている針の先には何もついていない。これでは魚が寄ってこず、引っかかるはずがない。


エサか……。いちいち餌となる虫を探すのは面倒くさいな。フライを試してみるか。


フライとはハエのような小型昆虫を模した疑似餌のことである。魚が本当の虫と間違って食いついたところを釣り上げるスタイルだ。


さっそくクモモに綿毛のような糸を出してもらって、それを針の根元にくくりつけた。本物の虫に見えるようにふわふわと毛羽立たせる。


気を取り直して、釣りを再開。竿を大きく振って川の中に針を投げ入れた。


数分後、竿がくいっとしなった。魚がかかったようだ。


「うっしゃぁぁーっ!」


竿を思い切り引き上げた。空中に舞い上がった糸の先には見事な大きさの魚がかかっていた。


クモモと一緒に河原の石の上でぴちぴちと跳ね回る魚を見下ろす。見たことのある魚だな。


俺はスマホの魚判別アプリを立ち上げた。カメラで魚を撮影するとその魚の名前が分かるという便利なアプリだ。


調べた結果、この魚はアユだった。最近では食べることはなくなったが、子供のころはよく食べていた覚えがある。


これで異世界の川でも普通に食べられる魚がいるということが分かった。さあ、この調子でどんどん釣っていくぞ。


それから太陽が真上に来るまで、クモモと一緒に魚を釣りまくった。


この川はかなり豊かな川のようで、アユ以外にもいろいろな魚が釣れた。


ニジマス、コイ、ドジョウ、イワナ、ウナギ……特にウナギは現実世界ではすでに絶滅しているので貴重だ。二人合わせて100匹以上釣ることができた。


さて、お昼になったのでランチタイムだ。昼飯の食材はもちろん釣ったばかりの新鮮な魚だ。


まずはアユの下ごしらえからだ。割り箸をアユの口の奥深くに突っ込む。そのまま回して引き抜くとスッポリとはらわたがとれた。


枝を削って作った串にアユを刺し、両面に塩を振りかける。これで下ごしらえ完了だ。ドジョウも同じように串にさして準備をする。


クモモは焚火の準備をしていた。丸い石を円形に並べて、その中央に燃えやすい枝を集めている。


焚火の周りにアユとドジョウの刺さった串を立てて並べていく。そして100円ライターで中央に山盛りになった枝に火をつけた。


枝がパチパチと小気味の良い音を鳴らして燃え上がった。火力は十分そうだ。


10分ちょっと焼けばアユの塩焼きとドジョウの串焼きの完成だ。う~ん、香ばしい匂いが漂ってきたぞ。


アユの刺さった串を引き抜いてクモモに渡した。さらに自分の分も引き抜いた。


「いただきまーす」


カリッと焦げた皮が音を立てる。アユの身はぎっちりと詰まっていてジューシーだ。ほくほくとして美味しい。


「やはり新鮮な魚は美味しいな。クモモはどうだ?」


クモモは中央の足で大きな丸印を作った。美味しいようだ。


次にドジョウ串を食べてみた。ドジョウには少し苦みがあるのだが、この苦みが癖になる。一つ一つは鮎ほど大きくないので何本も食べてしまう。


クモモはあまりドジョウの苦みがお気に召さなかったようだ。ドジョウ串を一本食べた後は鮎の塩焼きばかりを食べていた。


焚火はまだ燃えているが周りで焼いていた魚はもう無くなってしまった。


ふーっ、食った食った。もうおなかが一杯だ。クモモもお腹が一杯のようだ。


釣った魚はまだ100匹弱残っている。早く冷凍保存をしないと腐ってしまうな。腹が少し落ち着いたら帰るとするか。


俺とクモモは涼しい河原で昼寝をしながら、心地の良い満腹感に浸っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る