第13話 山歩きのススメ

朝。目覚まし時計がけたたましく鳴り響く。


ボトッ。


「うおぉっ!」


びっくりしてベッドから飛び起きた。俺の顔の上に何か落ちてきたぞ。このピンク色の大きな物体の正体は……クモモか。


クモモは俺の寝室の天井に巣を張って眠っていた。目覚まし時計の音にびっくりして落ちてきたようだ。


布団の上に乗っていたクモモはすぐ床に避けて、気恥ずかしそうに頭をかいた。


「おはよう、クモモ」


クモモは『おはよう』といった感じでペコリと頭を下げた。


「さーて、外の気持ちのいい空気を吸いに出るか」


俺はベッドから起き上がって外に出た。そして大きく息を吸いこんだ。うーん、今日も気持ちのいい朝だ。


目の前の畑には大きく育った作物が所狭しとひしめいている。昨日蒔いた種はすべて育っているようだ。朝食の前に少し取っておくか。


両手に軍手をはめて……さあ収穫だ。トウモロコシの実をボキッ。トマトをもぎもぎ。ナスの実をハサミでちょっきんと。


農作業をしているといい感じにお腹が空いてきた。そろそろ朝食の支度をしないとな。収穫した野菜は倉庫にしまって、家に戻ろう。


玄関前に来るといい匂いがした。いったい何の匂いだ?


玄関のドアを開けると白いエプロンを付けたクモモが出てきた。右前脚にしゃもじ、左前脚にお玉を持っていた。どうやら朝食を作っていたようだ。


クモモは身振りで『もう出来ているから入って』と促した。


言うとおりにダイニングルームに入ると、食卓の上には和風の見事な朝食が並んでいた。


メインは焼き鮭だ。冷蔵庫に入っていた鮭の切り身を使ったらしい。皮に軽く焦げ目がついてパリッといい感じに焼けている。


副菜は小松菜のお浸しだ。茹で上がって色鮮やかな小松菜に白ゴマの粒粒が映えている。


煮物もあるようだ。ニンジンとカボチャとさやいんげんを使ったもので、出汁がよくしみ込んでいて美味しそうだ。


汁物はジャガイモと玉ねぎの味噌汁だ。ジャガイモがほくほくとしていて食色をそそる。


そして白いご飯。ツヤツヤした米の一粒一粒が立っている。ここまできれいに仕上げるには絶妙な火加減が要求されただろう。凄まじい料理の才能だ。


「凄いなクモモは。料理もできるのか」


クモモは『もちろん』という風に腰に手を当ててふんぞり返った。


この後は二人一緒に美味しく朝食を頂きました。



―――



朝食を食べた後はしばらく休憩。腹が落ち着いてきたところで今日の予定を立てよう。


クモモという有能な仲間が増えたことで、やりたいことができた。それは森の探索だ。


異世界では当然ながらスマホのGPSが使えない。もし森の奥深くまで行って迷ってしまったら、遭難するのは確実だ。凶暴なクマに出会えば一巻の終わりだ。森の探索は危険なので俺は自宅の周囲から離れたことがなかった。


だがその点、クモモはこの森に棲んでいたようだからこの辺りの地理に詳しいはずだ。クモモに森を案内してもらえば安全だ。


近くでリンゴをかじっていたクモモに話しかける。


「クモモ。森を案内してくれないか」


クモモは『分かったわ』と頷いた。さらに続けて手振りで『でも、どこに行きたいの?』と伝えてきた。


どこに行きたいかか。そうだな……。


今は畑仕事に使う水を全て現実世界の水道からホースでとってきている。これでは水道代が馬鹿にならない。用水を異世界で調達できれば助かるな。


「この近くに川はないかな?」


クモモは『うん』と頷くと、外に出ていった。俺も後についていく。


クモモは家の裏側に移動し、『あっち』と森の奥を前足で指し示した。この方向に川があるらしい。


「よし。準備をしたら森の調査に出かけるぞ」



―――



登山用に買ったリュックに非常食の果物を詰め込んで、さあ出発。


クモモが先頭となって森の中を歩いていく。


出発してからしばらくの間は木の間隔がまばらで歩きやすかった。だが、奥に進めば進むほど木の間隔が詰まってきて、枝の飛び出た藪が行く手を遮る。


「原生林の山歩きは大変だな。前に登った山はこんなに大変じゃなかったんだけど」


体力には少し自信があったが、この異世界の森は観光地化された山とは桁違いの難易度だ。


現実世界でトレッキングシューズを買っておくべきだったな。トレッキングシューズを履いていれば、おそらく異世界の祝福で森の中を簡単に歩き回れるようになっていたはずだ。


今履いているのは、いつ買ったかも忘れた使い古しのスニーカーだ。現実世界から持ち込んでいるのでこの靴にも祝福は付加されているはずなのだが……。あまりにもボロいので効果が薄いのか、山の地形に合っていないのか。あまり恩恵が感じられない。


クモモはさすがに森の中を歩くのは慣れているようだ。ひょいひょいと藪や大きな木の根っこを器用に避けて進んでいく。


俺はクモモに負けじと何とか後をついていったが、とうとう難所にぶち当たった。


一面の緑色が目の前を遮っていた。小動物が通る隙間すら全くないほどの藪の壁だ。無理して通ろうとしても、プロレスラーですら枝に跳ね返されて進めないだろう。


クモモはたじろぐ俺を一瞥すると、藪の壁の前に歩み寄った。


この藪を通ろうとしているようだ。いったいどうやって通るんだ?


クモモは藪の上に見える大樹の枝を見据えると、そこをめがけて糸を射出した。発射した糸は太い木の枝に見事命中。そして糸を縮ませて大ジャンプ。クモモはいともたやすく藪を飛び越えた。


俺はその様子を口をあんぐりと開けて見入っていた。


「これを俺にやれっていうのかよ……」


体重の軽いクモモなら大丈夫だろうが、あんなに高くジャンプして無事に着地ができるのだろうか。そもそも俺のお尻から糸は出ない。


だが、こんな時のために秘密兵器を用意してある。ナタだ。


俺は腰に付けた革製のホルスターからナタを取り出した。


このナタはホームセンターで見かけてテンションが上がったのでとりあえず購入したが、今一つ使い道を見つけられていなかったものだ。


ナタは色々と利用方法がある大型の刃物だ。主に枝打ちや動物の解体に使うらしい。藪を切り払うのにも使えるようだ。


俺は巨大な藪の前に立ち、ナタを構える。


「うりゃぁっ!」


ナタを力いっぱい振り下ろすと複数の斬撃が周囲に巻き起こった。そして目の前の藪を一掃してしまった。


用途に合った適切な道具を使えば異世界の祝福は凄まじい威力を発揮するようだ。


藪を除去した先にはクモモが待っていた。さっきぶりの再会だ。


合流した俺たちは再び歩みを進めた。


その後は木が密集しておらず歩きやすかった。速度を速めてどんどん先へと進む。


そのうち遠くから川のせせらぎの音が聞こえてきた。目的地は近いようだ。


最後の林を抜けると、開けた場所に出た。そしてついに川を見つけた。


クモモは『ここだよ』と川の方向を指し示した。


結構大きな川だ。川幅は100mくらいありそうだ。


俺はさっそく小石の敷き詰められた河原に降り立った。そして川に近づいて水の中を覗き込む。


川の水は驚くほどに透き通っていて底までよく見えた。今まで見たことがないほどの綺麗な水だ。


川の水を手ですくって飲んでみた。冷たくて美味しい。


クモモものどが渇いていたのか、俺の隣でごくごくと飲んでいる。


水を飲んだら少し落ち着いて冷静になった。川を見つけたのはいいが、家からこんなに離れていたら水を引いてこれないな。


元々、家の畑の用水を作るつもりで川を探しに出かけたのだが、ここから水路を伸ばしてくるのは異世界の祝福を受けた道具をもってしても現実的ではない。


せっかくここまで来たのに、骨折り損か……。


ポチャン!


ん!? 何か音がしたぞ。


ポチャン!


魚だ。川にいる魚が跳ねている音だ。


クモモと顔を見合わせた。


せっかくここまで来たんだ。ただでは帰らないぞ。

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