第二章

第36話 到着!シルバーフレイム

「あまーい!」


赤いポニーテールの少女、メリルは顔をほころばせた。その手に持つ白い粉の拭いた琥珀色の一切れは、俺が作った干し芋だ。


リバーサイドの村を発ってから2時間。ここは大草原の真っただ中。


メリルはずっと馬を走らせ、その横を俺とクモモが自転車に乗ってここまで並走してきたのだが、朝食を十分に食べてこなかったせいでここに来てお腹が空いてきた。


そんなわけで現在、皆で芝生の上に座ってもぐもぐタイム中だ。こんなこともあろうかと、寝る前に一夜干しネットで干し芋を作っておいた。


「お芋を干すだけでこんなに甘くなるなんて……」


「商人のメリルでも知らないのか。サツマイモって言うんだけど、ここら辺では栽培されていないのかな?」


俺はクモモの横に置いてある唐草模様の風呂敷の中からサツマイモを一本取りだした。ちなみにクモモはさっきから地面に置かれた干し芋をむしゃむしゃと食べている。


「うーん。見たことないわね。ジャガイモの新種? 別の大陸の作物なの?」


「ま、まぁ……先祖代々伝わる秘密の作物だよ」


「ほんとに私の知らないものばかり持ってるわね。商人としてそれなりにいろんなものを見てきたつもりだったけど、自信なくしちゃうわ」


この辺でサツマイモは栽培されていないようだ。現実世界のヨーロッパでも広まらなかったみたいだし。


ブヒィンッ! ブヒィーン!


道草を食っていた白馬のスレイプニルが突然いなないた。そしてこちらを物欲しそうに眺めている。もしかしてこの馬も干し芋が欲しいのだろうか。


「あと一枚しか残ってないわね」


「ああ。こいつはスレイプニルにやるとするか」


俺は干し芋の最後の一切れをつまんで立ち上がる。そして馬の前に行き、よだれを垂らす口の近くでひらひらと泳がせた。


「これが最後の一切れだぞ。よーく味わって食べろよー」


パクッ


俺の手のひらごと食われた。スレイプニルはそのままむしゃむしゃと干し芋を美味しく食べた。手を引き抜くとよだれでダラダラだった。そんなに食べたかったのか。


スレイプニルはまだまだ食べ足りない様子だ。図体がでかいから干し芋一切れでは満足しないだろう。


「シルバーフレイムに厩舎があるからそこまで我慢ね。そろそろ行くわよ、スレイプニル」


メリルはスレイプニルの頬を優しくなでた。


俺はクモモの方を向き直り、


「じゃぁ、俺たちも行くとするか」


クモモは『おっけー』とジェスチャーで返した。



―――



そこからさらに一時間以上走った。


俺が自転車をこぐ横ではスレイプニルがメリルを乗せて駆け足で走っていた。


スレイプニルは村を出発してからずっと駆け足のまま速度を緩めずに走っている。確か普通の馬は数十分ほどしか駆け足で走れないはずなのだが、かれこれ3時間以上この速度を維持している。異世界の馬だからなのか、それともスレイプニルだけが特別なのだろうか。


と、そんなことを考えていると、ふいにメリルが手綱を引いて馬の速度を緩めた。


「町が見えたわね。あれがこの地方最大の都市、シルバーフレイムよ」


自転車を止めて丘の下をのぞき込むと、多数の建物が立ち並ぶ大都市が眼下に広がっていた。町の周囲は川に囲まれていて、大きな橋が四方にかかっていた。まるで湖に大きな島が浮かんでいるような感じの町だ。


「さぁ、もうひと頑張りよ」


メリルはスレイプニルを駆って勢いよく丘を下りていった。俺とクモモもその後を遅れずについていく。


町に近づくにつれて、四方八方から大小さまざまな道が町につながっているのが見えてきた。それぞれの道では行商人らしき人が多数行き交っていた。さすがは商業都市だ。


俺とメリルは町の正面に見える白くて美しい大きな橋をわたっていく。


橋の終わりには巨大な門が建っており、その両脇には軽装の兵士らしき人が立っていた。その兵士らしき人は道行く人に鋭い眼光を向けている。明らかに何かをチェックしている感じだ。


その様子に少し戸惑った俺にメリルが話しかけてきた。


「彼らは町の門番よ。変な動きをしないでね。怪しい人は禁制品を持っていないか調べられるの。私は顔見知りだからどうってことないけどね」


変な動きをしないでと言われても……。今の俺は自転車という異世界にない乗り物に乗っていて、背中にはピンク色のデカいクモを背負っている。異世界基準で見ても存在自体がかなり怪しいと思われる。


だが、ここまで来たらどうしようもない。なるべく門番と目を合わせずに通り抜けよう。クモモを背負っていると目立つので下ろしておこう。


俺は自転車に乗って門にゆっくりと近づいた。風呂敷を担いだクモモはその後ろに続く。


「待て!」


体がびくっと反応する。門番の一人が俺を呼び止めたのだ。


「ここらではあまり見ない風貌だな。どこから来たんだ?」


「え……えーっと、その……」


びくびくしながら通り過ぎようとしていたところに話しかけられたので言葉が詰まる。


そこにメリルが割って入ってきた。


「あー、この人は東の大陸から渡ってきたの。珍しい品物をいっぱい持ってるから、きっとこの町の役に立つわ」


「そうか、この大陸の者ではないのか。呼び止めて悪かったな。ここはこのあたりで一番活気のある町だ。ゆっくりしていくといい」


一瞬どうなることかと思ったが、メリルのナイスアシストに助けられた。メリルは商人だから門番のことはよく知っているんだろう。


元の場所に戻ろうとする門番を見て俺は違和感を感じた。右足を少し引きずっていたのだ。革の膝あてをしているが、防具ではなさそうだ。


メリルもそのことに気付いたようだ。


「あれ、その膝どうしたの?」


「これか……先日賊を捕まえる際に、膝にファイアアローを受けてしまってな」


「魔法を使う賊が出たの? 物騒ね」


ファイヤーアローとは魔法のことらしい。字面からして炎の魔法だろう。それにしても魔法を使うゴロツキがいるとは、メリルの言う通り物騒だな。リバーサイドの村は落ち着いていて全く危険な感じを受けなかったが、これほどの大都会ともなるとそうもいかないか。


「なぁに、大したことないさ。この町はオルガ様率いる最強の騎士団が守っている。本気になれば町を荒らす賊どもを一人で一掃できるだろうよ」


門番は明るい声で返した。領主のオルガはかなり信頼されているようだ。最強の騎士団を率いているということは腕もかなり立つのだろう。


俺たちはそこで門番の男と別れ、町へと続く門をくぐった。


シルバーフレイムの町中は想像以上に華やかだった。大通りには様々な商店が立ち並び、多数の人が足を止めて商品を眺めていた。道の中央を歩く人の数もリバーサイドの村とは桁が違う。現実世界のちょっとした観光地並の人の多さだ。


異世界の人々の様子をきょろきょろと眺めていると、後ろからメリルが声をかけてきた。


「ところで、カレタさんってこれからどうするつもりなの?」


「そうだな……とりあえず領主のオルガって人に会いに行こうかと思ってるんだ」


「ええっ! もしかして、カレタさんって領主様と知り合いなの?」


「ただの顔見知りだよ。俺たちがこのシルバーフレイムにやって来たのはオルガの紹介なんだ。だから挨拶だけでもしていこうかと」


「ふーん。領主様は気さくな方らしいけど、そんなに簡単に会えるかな。お城の中には誰でも入れるわけじゃないし」


メリルの言葉を聞いて、ちょっと心配になってきた。オルガと出会った時のフレンドリーな雰囲気のせいで、とりあえず町につけば簡単に会えるだろうと、あまり深く考えてなかった。だが、こんなに大きな町の領主となれば、セキュリティーの関係上俺のような素性の分からない者を簡単にお城に入れるとは思えない。


「うーん、どうしようか……」


俺は腕組みをしてひたすら悩んだ。その様子を見かねたのかメリルが俺の顔をのぞき込んできた。


「私はここの教会にこの杖を返しに行くつもりなんだけど、一緒に行く?」


メリルが手に持っているのはオレガノ城の地下で手に入れたユニコーンの杖だ。確か禁制品で、教会に返さないといけないとか言っていたな。


「領主様は教会のミサで来ることがあるらしいから、教会の人に相談すれば話を取り次いでくれるかもよ」


なるほど。そういうことか。


「それはありがたい。でもさっきから助けてもらってばかりで申し訳ないな。俺のほうがかなり年上なのに」


「別に気にする必要はないわ。カレタさんはこの土地が初めてだし、それに私の命の恩人だしね」


まさに旅は道連れ世は情け。人の親切が有難い。


「じゃ、いきましょ」


メリルは大通りから横に伸びるわき道へと進んでいく。俺とクモモはそのあとをついていった。



―――



細い道をしばらく歩くと、前方にいかにも教会らしき建物が見えてきた。


「あれがこの町の教会の一つ、『シルバーフレイム第七聖堂』。通称『ダイナナ』よ」


尖塔を持つレンガ造りの建物は現実世界の教会のイメージそのままだ。ただ、尖塔の先端についているシンボルマークは十字架ではない。三又の槍が上を向いたような形をしている。現実世界の教会ではないのだから当たり前だな。


教会の前まで来ると、その横にカフェのような店があるのに気が付いた。結構人が入っている。


俺たちは昼飯をまともに食べてないから、あそこで軽食を頼むのもよさそうだ。メリルにキングスケルトンの骨を売った時のお金がたっぷり残ってるから、代金は問題ないだろう。


「シスター・ルナ! 久しぶり!」


メリルが突然大きな声で誰かに向かって呼び掛けた。


その声の先にはエメラルド色のシスター服を着た女性がかがんでいた。教会の前の花壇で手入れをしているようだ。


「あぁ、メリルさん! お久しぶりですね」


シスター服の女性はこちらを向いて立ち上がる。その勢いで、ゆったりしたシスター服の上からでもわかるほどの双丘がたゆんと揺れた。


その女性は水晶のように輝く長い髪を持つ、満月のように笑顔が素敵なシスターだった。

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