第25話 旅立ち
オルガたちが去ってから二日後。早朝から俺とクモモは農作物の収穫をしていた。
「う~ん、もう入らないな」
俺は今朝収穫したトウモロコシをぎちぎちに詰め込んだ箱を持ったまま、倉庫の入口の前で立ち尽くしていた。
倉庫の中は農作物の入った箱がそこら中にうずたかく積み上げられている。もはや俺の持っている箱を置く余地がない。
別の倉庫に行ったはずのクモモが、箱を持ったままこちらにスサササーっと駆け寄ってきた。
クモモは足元に箱を置いて、
『こっちの倉庫も満杯よ』
とジェスチャーで示した。
自宅の周りに三つある農作物保管用倉庫はすべて一杯になってしまったようだ。
これは困った。これでは農作物の収穫ができない。
倉庫を新しく建てるという手もある。だがこれ以上農作物の在庫を増やしても、俺とクモモで食べきれないんじゃ収穫する意味がない。
どうやら決断の時のようだ。農作物の行き先を俺とクモモの胃袋以外に見つける必要がある。
俺が思い出していたのは一昨日のオルガの話だ。
オルガが言うには、ここの農作物は質が高くて異世界人にバカ売れ間違いなし、とのことだっだ。
オルガの治める都市『シルバーフレイム』は多くの人が訪れる大都市のようだ。そこに俺たちの作った農作物を持っていけば住民の皆に喜んでもらえるかもしれない。ついでにお金もガッポガポ。
それにこの世界の人々の生活を見てみたいしな。せっかく異世界に来たというのに異世界文化を見に行かないというのは損だろう。
よし。シルバーフレイムに行くぞ!
―――
さっそく自宅のログハウスに戻って遠征の支度だ。
まず、自宅に置いてあるレンジや冷蔵庫などの電化製品やノコギリやクワなどの農具を回収する。そして御朱印ズゲートに放り込んで現実世界のアパートに置いておこう。
こうすることで、御朱印ズゲートを広げればどこにいても現実世界のアパートに置いた道具を取り出すことができる。
現実世界から持ち込んだ道具は異世界の祝福でとんでもない効果を発揮する。いつでも使える状態にしておけば旅の役に立つだろう。
また、旅の食事用兼異世界の住人に渡すサンプル食品として農作物をいくらか持っていこう。
「クモモ。倉庫から適当に農作物を見繕ってきてくれないか」
クモモは『おっけー』とジェスチャーで示すとサササッと外に出ていった。
クモモが農作物を取ってくればこれで準備完了だ。さて、俺は出発の最終準備だ。
俺はログハウスの外に出た。そして地面の何もないところで御朱印帳をぱらぱらと広げた。
御朱印帳を円形に広げ終えるとその中央の領域から、ブォォンッという音と共に光が立ち上がった。現実世界のアパートと異世界とをつなぐ『御朱印ズゲート』の完成だ。
俺は御朱印ズゲートの中に両手を突っ込んでガサゴソと目当ての品を探す。
「おっ。あったあった」
御朱印ズゲートの中から両手を引き上げると、赤塗りの自転車が姿を現した。
この深紅に輝く高そうな自転車はネットオークションサイトの『ヤフカリ』で落札したマウンテンバイク、『ダイナマイト・フューリー』だ。
この『ダイナマイト・フューリー』は有名ブランドのマウンテンバイクで、定価が50万円もする高価なものだ。
だが俺はこのマウンテンバイクを運よく2万円で購入できた。
日本破綻の影響で国民生活は厳しさを増すばかりだ。生活に困窮してこういった趣味ものを安く手放す人が多くなっている。だから相場よりかなり安い値段で競り落とすことができたのだ。
マウンテンバイクは荒れ地や山道での走行性能に長けた自転車だ。この場所は足元のでこぼこした山奥の森の中だが、この自転車なら難なく突破してくれるだろう。
俺が自転車を眺めている間にクモモの準備が終わったようだ。クモモは丸く膨らんだ唐草模様の風呂敷を背中に担いでやってきた。
「クモモ、準備はいいか?」
クモモは、
『おっけー』
と前足で丸を作った。
よし。これで出発の準備は整った。
しばらくこの場所とはお別れだな。
俺はマウンテンバイクにまたがる。そしてクモモは俺の背中につかまった。
「行くぞ。クモモ」
クモモは、
『レッツゴー』
と前足を掲げた。
俺が足のペダルを踏みしめると、自転車はスィーと動き始めた。
―――
俺とクモモはマウンテンバイクでひたすら山の中を駆け抜ける。
このマウンテンバイクは高いだけあって、素晴らしいオフロード性能だ。大樹の根が張り出したデコボコ道も、落ち葉の積もるふかふかの地面も、物ともしない。
しかもかなりの速度が出ている。時速80kmくらいは出てそうだ。異世界の祝福の効果だろう。
森の中を駆け抜けること数十分。明るい林を抜けると以前魚釣りをしていた川に出た。
オルガが言っていたことには、この川をひたすら下っていけばシルバーフレイムに着くそうだ。
町までの詳しい距離はわからないが、確か馬で三日の距離とか言っていたな。おそらく数百キロくらいの道のりは覚悟しなければならないだろう。
だがこの異世界の祝福を受けたマウンテンバイクの速度ならそう時間はかからないはずだ。
俺とクモモは明るい陽射しの照り付ける河原を気持ちよく走っていた。
「うぉぉぉおっ!」
いきなり走っていた地面が無くなった。いや、目の前が崖になっているのに気づかずに、崖の上から思いっきりダイビングしてしまったのだ。
「うおおおっ! 落ちるぅぅぅっ!」
崖の下の河原が近づく。俺は体を引き裂くような衝撃がくるのを覚悟した。
グヨォ~ン
自転車のタイヤがまるでばねのようにぐにゃりとひしゃげて、そのままワンバウンド。すたりと無事に着地してしまった。
俺は後ろを振り返って今落ちた崖を確認した。崖の高さは20mくらいありそうだ。マンション7階分の高さだな。
こんな高さから落ちても無事とは、さすが定価50万円のマウンテンバイクだ。ママチャリのサスペンションとは次元が違う。
それから俺たちは気を取り直してゆっくりと川沿いを下った。
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