第24話 お・も・て・な・し
洞窟でゴブリンの全滅を確認した俺たちは、休憩のためにひとまず自宅へと戻った。
「外は少し汗ばむくらいの陽気だというのに、ここは快適だな。涼しくてカラッとしている。これもお主の魔道具の力か」
オルガは幸せそうな表情でリビングのソファに座っている。俺のログハウスの空調にご満悦のようだ。これはエアコンの効果である。
異世界の祝福を受けたエアコンは一瞬で室温と湿度を設定した値に調整することが可能だ。室温は25度、湿度は55%に設定してある。
「オルガ様、もうそろそろで出発しましょう。ゴブリン討伐に時間を掛けすぎて、公務が滞ってますゆえ」
ライドウが今にも眠りこけてしまいそうなオルガにくぎを刺す。オルガは領主だ。おそらく膨大な量の仕事を抱えていて疲れが溜まっているのだろう。万年平社員だった俺には想像がつかないが。
「おまえもいやなことを思い出させる男だな。分かっている。早々に出発しよう」
そう言ってオルガはソファの背にもたれかかっていた体を起こす。
もう帰ってしまうのか。せっかく異世界の人たちに会えたというのに、すぐお別れというのは寂しいな。
よし。ちょっと提案してみよう。
「せっかく遠いところまで来たんですから。軽い食事だけでも食べていきませんか?」
「おお! それはありがたい。ちょうど小腹が空いていたところだ」
「オルガ様……」
ライドウは俺の申し出に嬉々として食いつくオルガをあきれ顔で見つめた。
「ライドウ、そう固いことを申すな。シルバーフレイムまで3日の旅路。ここで多少時間をつぶしたとして大差ないであろう」
オルガの有無を言わさぬ語気にライドウは観念したようだ。若い兵士の三人は含み笑いを浮かべた。
これは本当に早く食事の用意をする必要がありそうだな。
「心配しないでください。すぐに用意しますよ」
―――
台所の前に立った俺とクモモはエプロンのひもをしめた。
さて、大急ぎで食事の用意だ。
メインの食材は今朝取れたばかりのジャガイモにしよう。
「クモモも一緒にジャガイモの下ごしらえをを手伝ってくれ」
クモモは『まかせて』と胸を叩いた。
まずは自宅の隣の倉庫から持ってきたジャガイモをよく洗って土を落とそう。洗った後は包丁を使ってしゅっしゅっとジャガイモの皮をむいていく。
俺の使っている包丁には異世界の祝福が宿っている。この包丁をジャガイモに当ててくるくると回すだけで、ジャガイモの皮が綺麗にひとつながりとなってはがれる。
クモモの方も多数の足と包丁を器用に操って複数のジャガイモを同時にむいている。クモモの場合は包丁に祝福がなくても上手くむけそうだな。
皮をむいたジャガイモを薄切りにしたら下ごしらえ完了だ。
お次は、鍋に事前に切っておいた玉ねぎを投入。バターでしばらく炒める。
そこに先ほど切ったジャガイモを追加投入。弱火でじっくりコトコトと炒める。途中で水と塩を投入してさらに炒めていく。
ジャガイモが今にも崩れそうになるくらい柔らかくなったら、炒めるのは終了だ。
「クモモ。ミキサーを出してくれ」
クモモは『おっけー』と前足を掲げた。ぴゅーっと壁を駆け登って、上の棚にしまっておいたミキサーを取り出した。
ミキサーを持ったまま下に降りて、ミキサーを設置。コンセントにコードを刺して準備完了だ。
ミキサーの中に先ほど炒めた食材を入れてスイッチオン。ぐいーんっとミキサーの刃が回転して、食材を一瞬にしてドロドロのスープ状にしてしまった。
これをボールに入れて冷蔵庫で冷やせば完成だ。
ここの冷蔵庫にも異世界の祝福がかかっている。なのでこの中に入れた食材はドアを閉めた瞬間に庫内の設定温度まで冷やされる。
スープを入れたボールを冷蔵庫の中に入れてドアを閉めた。一呼吸後にドアを開いて取り出した。うん、よーく冷えてるな。
後はこれを人数分の皿に分けて……っと。
よし! これで新鮮なジャガイモで作った冷製ポタージュスープの完成だ!
―――
食卓の上に全員分のスープを並べ終わった。もちろん俺とクモモも入っている。
スープがぬるくならないうちに、いっただきまーす!
皆一斉にスープをスプーンでずるずるとすすり始めた。
第一声を発したのはオルガだ。
「これは旨い! 心地よい冷風が口の中を駆け抜けるようだ」
オルガはスプーンを水車のように途切れることなく動かして一心不乱にスープをすすっている。
「濃厚かつさっぱり。この味わいは材料の新鮮さがなせる業ですな」
とライドウ。
「こんなにおいしいスープは飲んだことがありません!」
と若い兵士の一人が興奮気味に声を上げた。
皆かなり仰々しい反応だな。
「大袈裟ですよ。単純にジャガイモをすりつぶして冷やしただけのスープです」
「そうかもしれんが、このスープの美味しさは並外れている。ライドウの言うとおり、ここの農作物の質がいいのだろうな」
確かにここの畑でとれた農作物は自分でも美味しいと思っている。だがそれは農作物を自分で育てたという感覚がそうさせているのだと思っていた。
オルガたちの反応を見る限り、俺の作った農作物の出来は本当にいいらしい。
「わが領地はこの大陸の中でも豊かな方だ。食べ物には困っておらんが、それでもこの出来の作物ならば大売れするだろうな」
農作物を売る……か。自給自足できる俺にとってはこの異世界でお金を稼いでもあまり意味はない。だが倉庫で眠っている俺の作った農作物を無駄にしないためには、必要なことなのではないだろうか。
俺が少し物思いにふけっている隙に、皆はあっという間にスープを飲み干してしまったようだ。
オルガは椅子からやおら立ち上がる。
「御馳走様。カレタ殿、素晴らしい食事をありがとう。もし我が国に立ち寄ることがあれば顔を見せていってくれ」
そう言って、シルバーフレイムの領主、オルガが率いる兵士の一団は帰っていった。
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