第26話 サイクリング
俺とクモモは川に沿って自転車を走らせた。水のそばなので風が涼しい。
しばらくの間気持ちよく走っていたのだが、突然クゥッとお腹が小さく鳴った。
まだお昼には2時間ほどあるのに少しお腹が空いてきた。激しく身体を動かすことになるから朝食の量を控えめにしたのだが、もうちょっと食べておけばよかったな。
ふと川の方に目をやると、川岸に妙な感じの石が多数ころがっているのに気がついた。普通の河原の石は、灰色で丸くてこぶし大だ。だがその妙な石は、緑を帯びたいびつな30センチくらいの大きさだった。
一つ二つならそういう石もあるだろうが、そこら中に点在しているのでかなり目立つ。
自転車をこぎながらわき目で観察していると、その石がひとりでに持ち上がった。石の下からは長い脚が見えた。あれは石じゃない。カニだ。
俺は背中につかまっているクモモに話しかけた。
「クモモ、あのカニは食べられるのか?」
クモモは、
『食べられるわ。おいしいのよ』
とジェスチャーで返した。
なるほど。食べられるのか。そうと決まれば……
俺はくいっと川の方にハンドルを切った。
―――
俺は自転車から降りると、地面にうずくまっているカニの前に歩み寄った。スマホを取り出して水棲生物判別アプリを起動。カニをスマホでスキャンした。
結果は『モクズガニ』と出た。
だけどこのカニは現実世界のモクズガニよりもかなり大きいぞ。普通は胴体の大きさが10センチもないらしいが、このカニは30センチくらいある。
見るからに身が詰まっていて食べ応えがありそうだ。よし。さっそく調理だ。
俺は軍手を両手にはめた。カニの手足や甲羅はとげとげなので、下手に素手で触ると怪我をしてしまうからだ。
俺は、地面にうずくまったまま動かないカニの背後に回り込んだ。この位置ならカニに気付かれても両手のはさみで反撃されることはない。
カニの胴体を片手でつかんでグイっと持ち上げた。カニは足をぐねぐねと動かして逃げようとする。
だがそうは問屋が卸さない。俺はもう片方の手でカニの後ろの方の足からスポスポと引っこ抜いていく。
八本の足を抜き終わって、カニはもう逃げることは出来ない。カニを地面に降ろして、落ち着いて両手のはさみを引っこ抜いた。
これで下準備完了だ。次はお湯を沸かそう。
河原に御朱印ズゲートを広げて中から大きな鍋とカセットコンロを取り出した。鍋に川の水を汲んでカセットコンロの上に載せたらカチッと点火。
ボウッ! っとカセットコンロから大きな火が上がった。まるで中華料理屋の業務用コンロのような火の大きさだ。
カセットコンロの火力は一般的には弱い。だがこのカセットコンロは異世界の祝福で強化されているので、業務用ガスコンロ並の高火力を出せる。
そのおかげで川から汲んできた水はすぐに沸騰した。
後はカニを茹でるだけだな。
まずカニの胴体を鍋に放り込む。緑っぽい色の甲羅がぱっと赤く染まった。
大きいカニなので胴体を入れただけでもう鍋があふれそうだ。周りの隙間に脚とはさみを差し込むようにぐいぐいと無理やり入れた。
カニを入れるとお湯の温度が下がって沸騰が収まる。再度沸騰が始まるまで待機だ。再沸騰したら、そこから30分ほど茹でて完成だ。
よし。できた!
鍋のお湯を地面に捨てて、中のカニを取り出した。カニは鮮やかな赤色に茹っていて美味しそうだ。
カニ脚はクモモにあげるとするか。俺はカニの胴体から食べよう。
俺はナイフでカニの胴体をパカっとこじ開けた。カニの芳醇な香りが湯気と共に舞い上がる。
俺は箸を使ってカニの身をつまんで口に運んだ。……おおっ! これは旨い。
繊細で淡白な味わいだが、その中にも自然の力強さが感じられて筆舌に尽くしがたい奥深さを演出している。噛み締めるとプチプチとカニの身の繊維が気持ちよく弾けて、まるでカニの生気を取り込んでいるかのようだ。
甲羅の中央にあるカニ味噌も少し食べてみる。
う~ん、濃い。まさに何体ものカニを濃縮したような味で、一口食べただけで満足してしまいそうだ。
クモモの方を見ると、自身の尖った足先を利用してカニの脚に詰まった身をスポッと綺麗に取り外して食べていた。カニ料理屋が見たらクモモを欲しがるだろう。
クモモの食べる様子を見ていると、クモモはそれに気づいたのか、
『たべる?』
と綺麗にむいたカニの身を差し出してきた。カニの手足は10本もある。遠慮なく頂こう。
カニの脚から飛び出た身は大振りでぷりぷりとしている。あの細い脚にこんなにも身が詰まっていたのか。
カニの身を口の中に放り込む。もぐもぐ……ぷちっ、ぷちっ、ぷちっ……ごっくん。はぁ~、幸せだ。
脚の身は胴体以上に弾力のある歯ごたえで、噛み切るのに苦労するほどだ。だが一度かみ切ると繊維がほぐれて麺のようにすすることができる。まるでカニの身100%のそうめんを食べているかのようだ。
異世界のモクズガニが想像以上に美味しかったのですぐ食べ終えてしまった。
カニはまだそこら中にいるのだが、今はまだ昼前だ。間食はこのくらいにしておこう。
「クモモ、出発するぞ」
『おーけー』
俺とクモモは自転車にまたがって、下流に向けて出発した。
―――
カニを食べてから二時間。その間ひたすら自転車をこぎ続けた。
いくら異世界の祝福を受けたマウンテンバイクとはいえ、これだけ自転車に乗っているとさすがに疲れてきた。
町はまだかなー、と遠くを見やった。……おっ! 少し前の方で森が終わっているようだ。ペダルをこぐ足に力がこもる。
残りの道程を一気に駆け抜けた。
パッ と視界が開ける。そこは広い平野だった。
見渡す限りの緑の草のじゅうたんが青い空からの日差しを受けて輝いている。辺りをゆっくりと流れる穏やかな風が全身を覆いつくす。これは気持ちいい。
自転車を止めて風景の奥の方を見ると、不自然な箇所があるのに気がついた。
遠いので詳しくは分からないが、周りの緑と明らかに違う色合いで、その境に直線が混じっていて自然ではない感じをうける。確実に人の手が入っている土地だろう。
「あれは……畑だな」
畑があるということは当然人もいるはず。そろそろ俺とクモモの旅路が終わりに近づいてきたようだ。
俺は期待が込み上げるのを抑えつつ、自転車を駆った。
少し自転車を進めると道があった。道と言っても当然アスファルトで舗装されているわけではなく、ただの草の無いむき出しの土だ。だが平らで走りやすい。
道には馬の足跡や馬車の轍っぽい溝がついていた。やはり近くに町があるようだ。
それからさらに自転車を進めて道の脇に畑があるところまで来た。
畑を見てみると植えられているのは主に小麦のようだ。だがほかにもニンジンやジャガイモなどいろいろな作物が植えてある。
どの作物も健康そうに育っている。オルガが豊かな国だと言っていたが本当のようだ。
遠くを眺めると、道の脇に密集するように立ち並ぶ家々が目に入った。茶色い板張りの家が5,60くらいあるだろうか。一部に白い漆喰塗りの大きな建物がある。そこそこの規模の集落だな。
だがオルガのような騎士っぽい人々が住んでいるような場所には見えない。いかにも中世ヨーロッパの農村といった印象を受ける。
オルガの治める都市『シルバーフレイム』は多数の商人が行きかう大都市と聞いている。この村のことではないだろう。おそらくシルバーフレイム周辺にある村の一つだな。
村に近づくと、その入り口に大きな木の門があるのに気付いた。門の上部にある看板には『リバーサイド』とカタカナで書いてあった。
この村の名前のようだ。ゴブリンのいた洞窟で見た文字は象形文字っぽくて読めなかったから心配していたのだが、この世界の文字はちゃんと日本語のようだ。異世界住民とのコミュニケーションで困ることはなさそうだ。
道沿いには人の姿がちらほらと見える。異世界住民との交流に緊張してないといえば嘘になるが、オルガたちはかなり民度が高かった。いきなり取って食われることはないだろう。
俺とクモモは自転車をゆっくりとこぎながら門をくぐった。
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