第27話 リバーサイドの村
村の中に入った俺とクモモは自転車を降りた。俺は自転車を手で押して、クモモは農作物の詰まった唐草模様の風呂敷を担ぎながら歩く。
道の脇には、石の土台の上に建てられた中世ヨーロッパ風の木造建築が立ち並んでいた。まるでヨーロッパの田舎の観光地に海外旅行しに来た気分だ。
家の側の畑では、農作業をしているらしき住民があちらこちらへ行ったり来たりを繰り返していた。
おっ、あのかごの中に入っているの寸胴のネギっぽいものはリーキだな。ヨーロッパの一般的な食材だ。う~ん、リーキを具材にしたコンソメスープが飲みたくなってきたぞ。グラタンにしても美味しそうだ。
道の反対側を見ると、木の柵で作られた大きな囲いがあった。中には雑草しか生えてないので畑ではない。一体なんだろうと奥の方を覗いてみた。
モォ~ッ
ブヒッ、ブヒッ
いきなり鳴き声が聞こえてきた。柵の奥の方にいたのは、白と黒とのまだら模様の牛とピンク色の豚だった。
木造の畜舎の前には、四角く固められた干し草が積み上げられていた。この村では畜産もしているのか。それほど大きくはない村なのに色々とやっているな。
さらにしばらく道を進むと川に突き当たった。川が途中でカーブして村の中を横切っているようだ。近くに木製の橋が架かっているので川を越えることは可能だ。
橋の近くには桟橋が突き出ていた。そこには手漕ぎの舟が一隻泊まっている。農民らしき人が二人でジャガイモやキャベツなどの農作物を舟に積み込んでいた。
あの舟で農作物を他の町に運ぶのだろう。行き先は……シルバーフレイムの町かもしれないな。
ちょっとあの人たちに声をかけてみよう。
俺は自転車を道端にとめて、舟の近くにいたひげ面のおっさんに近づいた。
「すみません。この舟ってどこまで行くんですかね?」
「この舟は客を乗せるものじゃないよ。行き先ならシルバーフレイムだ」
やはりシルバーフレイムに行く舟だったか。
ひげ面のおっさんは俺の顔をじろじろと見つめて怪訝そうな表情だ。周りは西洋人顔の人ばかりだからな。日本人の俺は目立つだろう。
「ここらへんじゃ見かけない顔立ちだな。おまけにデカくて変なクモまで……旅人さんかな」
「ええ、そうです」
俺は変なクモと言われて憤ったクモモを押さえつけながら答えた。
「自分たちもシルバーフレイムに行こうとしてるんです。ここからまだ遠いですかね」
「んー、近くはないが、遠くもないな。朝から馬に乗って出発すれば日が落ちる前までには十分にたどり着ける距離だ」
ふむふむ。シルバーフレイムへはここから馬で一日かからない程度の距離か。
シルバーフレイムへは森の中の自宅から馬で三日の距離だという話だった。俺たちは半日程度で三分の二以上の所まで来たらしい。
このままマウンテンバイクを走らせれば確実に夕方前には着くだろうな。
さて、いったいどうするべきか。
正直なところ、朝から自転車をこぎ続けて疲れが出てきている。体力的にはもう半日くらいこぎ続けることもできるのだが、はたしてそこまで急ぐ必要があるだろうか。別に誰かに到着の期限を決められているわけじゃないのに。
俺はクモモに向かって話しかけた。
「俺はこの村で休憩しようと思うんだけど、クモモはどうだ?」
クモモは、
『カレタが休みたいなら、私も休むわ』
とジェスチャーで返した。
「ならこの村で休憩していこうか」
俺たちの様子を眺めていた村人のおっさんは、
「あんたら、ここで泊まっていくのかい? なら、あそこに見える白い壁の大きな建物がこの村の宿屋だ。宿泊費もそう高くないから行ってみるといいぞ」
宿屋か。泊まることまでは考えてなかったが、そう言われると、それも悪くないかなという気になってくる。
ここで休憩してから出発すると、シルバーフレイムにつくのが夕方くらいになる。暗い中で見知らぬ大都会をさまようのは、迷うだろうし危険だ。今日はこの村に泊まって明日の朝早く出発したほうがいいだろう。
「教えてくださってありがとうございます。おっしゃる通りに宿屋に行ってみます」
「ああ。この村は何もねぇが落ち着く場所だぜ。ゆっくりしてけよ」
俺とクモモはおっさんに軽く会釈をしてその場を立ち去った。
―――
俺とクモモは自転車を軽く走らせて村の中心部へと向かった。
そこにはこの村で一番立派な建物が建っていた。綺麗な白い漆喰塗りの二階建ての宿屋だ。
「自転車は脇に置いとけばいいか。盗む人もいないだろう」
俺は自転車から降りると、建物の横の壁に自転車を立てかけておいた。そしてクモモと一緒に建物の正面にある立派な両開きの扉を押して中に入った。
カランカラン
と乾いたベルの音が響いた。
「おー、結構広いな」
部屋の中には10人は座れそうな四角い木のテーブルが何台も置かれていた。隅の方にはカウンターがあり、宿屋の主人らしき中年女性がガラスのビンに野菜を詰め込んでいた。ピクルスの仕込みをしているようだ。
カウンターの奥の棚には酒瓶と果物が並んでいる。どうやら一階は酒場になっているみたいだ。
俺たちの他に部屋の中にいる客は二人。テーブルに座っているフードを被った小柄な人と、壁のそばに立っている金髪の若い男性だ。昼間だからか普通の村人っぽい人は女主人以外には一人もいない。
金髪の男性はギターを短足にしたような変な楽器を持っていた。確かあれはリュートというんだったっけ。ヨーロッパの古楽器だ。演奏の練習をしているようで、短いフレーズを繰り返し弾いていた。
その男性は青いひらひらのついた華のあるデザインの服を着ていた。今まで出会った村人たちが着ていた地味な服装とは違うな。この古ぼけた酒場の中で、かなり浮いている。
もしかしたらあれが叙事詩を歌い歩いているという吟遊詩人という人かもしれないな。もしそうなら後で一曲歌ってもらいたいものだ。
酒場の中を一通り眺めまわした後は、一直線にカウンターへと向かった。
俺が来るのに気づいたのだろう。カウンターの向こうのパーマのおばちゃんがこちらに顔を向けた。
「すみません。部屋を借りたいんですが」
「ああ、かまわないよ。料金は前払いで30ゴールドだよ」
30ゴールド……? しまった! この世界のお金を持っていない!
この異世界では今まで自給自足の生活だったからな。お金を払うという概念がすっぽりと抜け落ちていた。
どうしよう。お金がないのはどうしようもない。だがお金の代わりになるものがあれば……
「すいません……お金を持ってないんです。その代わりといっては何ですが……」
俺はクモモの担いでいる包みの中からトウモロコシを三本引き抜いた。そしてカウンターの上に乗せる。
「足りないのならまだ足します。トウモロコシの相場がいくらかわかりませんが、これで何とか」
パーマのおばちゃんは訝しむようにトウモロコシを見つめた。だがそのうち興味を持ったようで手に持って間近で観察し始めた。
「このトウモロコシはあんたが作ったのかい」
「はい、そうです」
「いい出来だねぇ。粒が大きくて艶が良いよ。料理に使ってみたいところなんだけど……これを宿泊料金の代わりっていうのは勘弁してもらいたいね」
う~ん。トウモロコシは褒められたが、物で支払うっていうのはダメみたいだ。
「見ての通り、ここは自分たちで野菜も肉も作っている田舎の村だからね。いくら出来のいい作物でも欲しくはならないよ。町に行けば買う人もいるだろうけど」
それもそうだな。俺たちも自分で作った農作物が食べきれないので他人に売るためにやってきたんだからな。ここの村の人にとっては農作物よりお金の方が欲しいだろう。
「そうですか。残念ですがしょうがないですね。それじゃ俺たちはこれで失礼し……」
俺はカウンターの上に置かれたトウモロコシを回収しようと手を伸ばした。それと同時に、横から伸びてきた手が小さな金属片を一個、カランとカウンターの上に落とした。
「じゃ、私が買うわ」
声の方を向くと、外套を羽織った赤毛の少女が立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます