第28話 商人の少女

「ねっ、いいでしょ。お兄さん」


赤いポニーテールの少女が丸い瞳で俺の顔を覗き込む。


凛とした印象で大人びているが、まだ幼さが残っている。年の頃は15、6くらいだろうか。


「あ、ああ。お金を出してくれるのならありがたい」


「おばさんもいいよね。30ゴールド銀貨一枚で」


「もちろん。確かに受けっとったよ」


そう言って宿屋のおばちゃんはカウンターの上から銀色のコインを拾い上げた。


ふむふむ。この世界ではあの小さな銀貨が30ゴールドになるのか。これで俺たちの今夜の宿泊費は支払われたということか。


「わたし今おなかが空いてるんだよね~。このトウモロコシ、もう食べちゃおうかなー。おばさん、少しかまど借りるね」


宿屋のおばちゃんは、「ああ、かまわないよ」と返事した。


少女はカウンターの上に置いてあった三本のトウモロコシを抱え上げると、カウンターの裏へと回った。


カウンターの奥には火のついている石造りのかまどがあった。少女はかまどの中に金網を敷いて、その上にトウモロコシを並べる。


その10分後――


「もうそろそろだよねー」


部屋の中にトウモロコシの焼ける香ばしい匂いが漂う。


少女はトングを使って焼きトウモロコシを白い陶器の皿の上に乗せた。どれもいい焼き色がついている。


そして少女は皿を持って近くのテーブルに座った。俺とクモモは少女の向かいに座る。


「おおっ! 美味し~ぃっ!」


少女は焼きトウモロコシにかぶり付くやいなや、驚嘆の声を上げた。


「はふっ、はふっ。トウモロコシの甘いお汁がじゅわぁっとあふれてくる~。とても甘くて果物みたいー」


少女は顔をほころばせながらシャクシャクと美味しそうに食べている。いい食べっぷりだ。幸せそうな少女の顔を見ていると、こちらもうれしくなってくる。農家冥利に尽きるな。


トウモロコシにかぶり付いている少女がこちらの視線に気づいたようだ。


「あれ? あなたたちは食べないの」


少女は焼きトウモロコシが二本乗った皿をこちらに差し出した。


「そのトウモロコシは君が買ったものだろ。俺達が食べるわけにはいかないよ」


「んー、全部食べたいのは山々なんだけどー。ちょっと午後から出かける所があるから、あまりお腹いっぱい食べたくないんだよね。だからあげる」


せっかく買ったトウモロコシをこうも簡単に人にあげるとは、この娘はもしかしてお金持ちなのか? そうだったしてもこのまま自分たちが食べるというのは気が引けるな。


「俺たちは普段から同じものを食べてるから、やっぱり遠慮しとくよ。代わりにほかの二人にあげるというのはどうかな」


俺はカウンターの方にいる宿屋のおばさんと、部屋の隅でリュートを弾いている金髪の男性の方を順番に指示した。


「宿屋のおばさんとあそこの楽器弾いてる人? うん、いいけど」


俺はクモモの方を向いた。


「クモモはカウンターの方に持っていってくれるか。俺は男の人に渡すから」


クモモは『分かったわ』と前足を振り上げた。


クモモはお皿の中からトウモロコシを一本拾い上げ、宿屋の女主人の方へトコトコと歩いて行った。俺はもう一本のトウモロコシを男の方へ持っていく。


リュートを弾いていた金髪の男は俺が近づくと楽器を下ろした。


「それを私にくれるのかい」


「無理にとは言いませんが、トウモロコシがお嫌いでないのならどうぞ」


「フッ。有難く頂くよ」


男は楽器を壁に立てかけた。そしてトウモロコシを受け取るとガブリとかぶり付いた。


「なるほど。私は各地を渡り歩いて色々なものを食べてきたつもりだが、これほど瑞々しくて甘みの強いトウモロコシは今まで食べたことがないよ」


「自分で言うのもなんですが、かなりいい出来ですよ。独自の特殊栽培方法で育ててますから。詳しくは秘密ですけどね」


ホームセンターで買った種を適当にまいて、一晩放置しただけなんて言えるわけがない。


「ふむ。トウモロコシも気になるが、吟遊詩人の私としてはこのような素晴らしいものを作る君の方が気になるな」


いきなり男は鋭い視線を俺に向けた。


ギクッ。この男のまるで人を見透かし探るような目つきにびっくりしてしまった。どうも俺に対して普通ではない何かを感じたようだ。世相を歌に反映させる吟遊詩人は、人間観察能力に長けていると聞く。このまま会話を続けると俺が異世界人ということに感付かれてしまいそうだ。


俺が日本から来た異世界人だということは必ずしも秘密ではないのだが、吟遊詩人は見聞きしたことを歌にする関係上、俺のことを勝手に歌にされて世界中に広められてしまうかもしれない。


異邦人である俺の情報がばらまかれるのはリスクになりうる。ここで話を切り上げるとしよう。


「ははは。ゆっくり味わって食べてくださいねー」


俺は元のテーブルへとそそくさと戻った。


俺がテーブルに戻ったときには少女はトウモロコシを食べ終えていた。


「はー、おいしかった。このトウモロコシってお兄さんが作ったんだよね」


「ああ、そうだよ。作ってるのはトウモロコシだけじゃないけどね。この包みの中に入っているけど」


「ふ~ん、見せて見せて」


俺はクモモが床に置いていた大きな風呂敷包みをテーブルの上にドカッと乗せた。そして風呂敷の結び目をほどいて、ニンジンやキャベツやジャガイモなど今朝とれたばかりの新鮮な作物をお披露目した。


「おー、すごいー。全部いい出来みたい」


「農作物の出来が分かるのか?」


「もちろん。こう見えて私は商人よ。大抵の物の価値は分かるんだから」


この子は商人だったのか。少女なのに旅人っぽい地味なベージュ色のマントを羽織っているので、一般の村人ではないとは想像していたが。


「全部私が買い占めたいくらいだよ。でも残念。私は錬金素材専門で農作物は扱ってないんだよねー」


錬金術? もしかして手をパンと合わせて土の壁を作ったりできるのだろうか。この世界には魔法があるようだから、そういうのもあるかもしれないな。


「ところで、さっき俺のトウモロコシを買ってくれたけど、トウモロコシの相場っていくらぐらいなのかな」


少女は顎に指をあてて、記憶を探っている様子だ。


「んー、季節によるけど一本3ゴールド程ね」


俺がこの子に売ったトウモロコシは三本だから9ゴールド相当だ。ここの宿屋は一泊30ゴールド。宿泊料金には足りない。もう7本あげないと。


「売ったトウモロコシの本数が足りなかったみたいだな。トウモロコシをもう7本か他の農作物を適当に持っていっていいよ」


「荷物になるから遠慮しとくわ。私はこれから出かける予定だしね」


「もう村を出発するのか」


「ううん。近くの川を挟んだ向こうにある山のてっぺんに、古~いお城があるんだけど……見た?」


この村に向かって一直線に自転車をこいできたので、周りの風景には気を払っていなかった。そんな城は見た覚えがない。


「いや。気付かなかったな。視界には入ってのたかもしれないけど」


「そのお城は200年位前から誰も住んでないの。今は完全に廃墟になっているわ」


200年前のお城か。古城マニアが見たら喜びそうだ。


「私はそこに何かお宝が隠されてないか探しに行くの。例えば、錬金術に必要な器具なんかね。お城は昔の領主のものだったらしいけど、今はもう誰の所有物でもないわ」


古城の探検に行くということか。でも200年前から人がいないんだったら、とっくの昔に金目のものは持ち去られているだろう。


「そんなに目立つところに建っている城なら、もう荒らされた後なんじゃないか?」


「ええ、そうよ。もう建物以外には何も残ってないはずよ。でも私じゃなきゃ見つけられない秘密の隠し通路があるかもしれないし」


200年間誰も見つけていないものを見つけられる自信があるというのかこの娘は。一体この娘はどんな能力を持っているんだろう。


少女はおもむろにテーブルから立ち上がった。


「私はもう出発するわ。トウモロコシありがとね」


「こちらこそ宿代を払ってもらって申し訳ない」


「別にいいわよ。お金にはそんなに困ってないしね」


少女は宿の出口に向かって歩き出した。俺とクモモも見送りのためにその後ろをついていく。


外に出た少女は遠くに向かって、


「スレイプニル!」


と声を張り上げた。


するとどこからともなく銀色に輝く白馬が走ってきた。白馬は少女の前で止まる。


「すぐ来てくれてありがと。いい子ねー」


少女は白馬のたてがみをやさしくなでた。


「すごく立派な馬だな」


この世のものとは思えない神々しさを感じさせる馬だ。俺は馬のことは全然わからないが、この馬が普通じゃないことは肌で感じる。


「私の愛馬『スレイプニル』よ。呼べば私がどこにいても駆けつけるわ」


少女は馬にくくりつけてある鞍の上に飛び乗った。


「それじゃぁ……えーっと……お兄さんの名前は?」


そういえばまだ互いの名前を知らなかったな。


「俺の名前は猛津 彼太(もうつ かれた)だ。カレタとでも呼んでくれ。そしてこっちのピンク色のクモがクモモだ」


クモモはぺこりと頭を下げた。


「私はメリル・アッシュベリー。メリルって呼んでね。じゃぁね。カレタさんと可愛いクモさん」


クモモは前足で顔をすりすりとしている。可愛いといわれて喜んでいるようだ。意外と単純な性格だ。


メリルがかかとで馬の腹を軽く押すと馬が歩き出し、そのまま軽やかに走り去った。


明るくていい子だったな。あの年ぐらいの少女でも商人としてやっていけるとは、この世界は意外と平和なのかもしれない。


メリルの後姿を見送っていると、宿屋の中から吟遊詩人の男がやってきた。


「行ってしまったか……。彼女、山の上の古城に行くと言ってなかったかい」


「ん? 確かに言ってたけど……それが何か?」


「いや……何もなければいいんだけどね」


吟遊詩人の憂いの表情に俺は少しの不安を感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る