第29話 オレガノ城
メリルは愛馬のスレイプニルにまたがり、山頂の城へと向かう山道を登っていた。
「はぁ……。すぐに着くと思ってたんだけど、想像以上に道が険しいなー」
山道は、一度足を滑らせてしまうとふもとまで真っ逆さまに落ちてしまいそうなほどの急勾配だ。
おまけに長い間人が通っていないせいか、大小様々な大きさの石が地面に転がっていた。
メリルはスレイプニルが石につまづいてケガしないよう、石に気を配りながらゆっくりと歩を進めた。
そこからしばらく進み続け、ようやく頂上についた。日はまだ傾いていないが、想定の倍以上かかってしまった。
辺りには長く伸びた草が一面を覆っていた。草むらの中央には、朽ちてはいるが堅固な作りの城壁が建っている。
ここがメリルの目的地、『オレガノ城』だ。
この城は200年前はこの地を納めていた領主の居城であったという。だがある時、城の住人が忽然と姿を消してしまうという事件が発生した。
領主や使用人が突然姿を消したのだから、当時の領地の住民は相当混乱したことだろう。だが住民の陳情で他の地域から新しい領主が赴任してきたので、とりあえずその場は治まったらしい。
しかし問題はその後も続いた。新しく赴任してきた領主も姿を消してしまったのだ。
もちろん住民は再度新しい領主を求めた。だがその新しく来た領主もまた城内で行方不明となってしまった。
こういったことが何度か繰り返されるうち、この『オレガノ城』には悪霊が住み着いているという噂が流れ、ついには放棄されてしまった。
「っていう、いわくありまくりのお城なんだけど……。虎穴に入らずんば虎子を得ずよねー」
ここの領主は錬金術に長けていたという記録がある。身分の高い錬金術師ならば、価値ある魔法の品を持っている可能性が高い。メリルはそれを探しに来たのだった。
城壁の近くまで来たメリルはスレイプニルから降りた。
「あなたはここで大人しくしててね」
スレイプニルを城壁の前に待機させ、メリルは一人城門をくぐった。
―――
城の中庭も城壁の外と変わらず、雑草が生え放題だった。
「数百年放置されてるっていうのは伊達じゃないみたいね。もー、歩きにくいったらありゃしない」
メリルは背の高い草をかき分けながら前に進んだ。そしてなんとか城の玄関口までたどり着いた。
城の入り口には、メリルの背丈の倍以上はある立派な黒檀の扉が据え付けられていた。
リバーサイドの宿屋の扉も立派な方だが、ここは腐っても領主のお城。黒々と輝く大扉は市井の住居の扉とは比較にならない格調高さを醸し出していた。
メリルは扉をギシィッと押して中に入った。
「おじゃましま~す……って誰もいないか」
エントランスホールはがらんとしていた。二階へと上がる正面階段と隣に続く通路以外には何もない。
メリルは腰に付けた小さなバッグからおもむろに香水瓶を取り出した。透明なガラス製の手のひらサイズの瓶だ。
その香水瓶の中に2種類の粉を入れ、透明な溶媒をビンの1/3程度まで注ぎ込む。そしてちゃぱちゃぱと軽く振って混ぜ合わせた。
仕上げに香水瓶の口にポンプをはめ込み、シュッ シュッっと顔に向かって数回吹き付けた。
甘ったるい香りのミストの影響でメリルの視界が少しゆがんだ。
「うー、気持ち悪い。何度やっても慣れないわー」
これはメリルの知る錬金術の一つ。魔力感知のミストだ。
魔力を込められた高価な器具は、他人の目が触れない場所に隠されていることが多い。そういった場所には魔力を利用した罠が仕掛けられている場合がある。
このミストを顔に受けることで、そのように魔力を込められた物が見分けられるようになるのだ。
「さ~て、探索開始といきますか」
魔力感知のミストの効果を受けたメリルは、魔法のお宝を探しに城内の探索を始めた。
メリルは城内をしばらく見回ってみたが、各部屋には調度品の一つすらなかった。城が放棄されたときに全て持ち去られたらしい。
さらにそれから時間をかけて、城内の全ての部屋を一通り見終えた。だが魔力を感じる怪しい場所はどこもなかった。
「お城の中には見事にからっぽ。残るは中庭か」
城内の探索の途中で、窓から覗く裏庭に離れの建物があることを確認済みだ。メリルはエントランスホールの正面階段後ろの方にあるドアを通った。
裏庭も城正面の中庭と同じく、辺り一面が雑草で覆われていた。草むらは橙に色づいている。もう夕方だ。
メリルは裏庭の中央に建っている小屋へと歩いた。
その小屋はボロの板切れを適当に張り付けただけの掘っ立て小屋だった。領主のお城の中にあるにはふさわしくないほどのみすぼらしい建物だ。メリルは軋む木のドアを力づくで押し開けて中に入った。
木の小屋の中には壁以外には何もなかった。ただ一つ、地面に石で作られた地下室への入り口らしき扉が設置されているだけだった。そしてその扉には鍵穴の無い錠前が掛けられていた。
「あからさまに怪しい場所ね。でもこの鍵は……やっぱり封印されてるわ」
メリルの目には錠前から青いオーラが発せられているのが見えていた。魔法による封印だ。
「でもこの程度の封印なら、私にかかれば楽勝よ」
メリルは香水瓶の中に残っていた魔力感知のリキッドを地面に捨てた。そしてバッグの中から新たに数種類の粉を取り出し、香水瓶の中に入れた。そこに透明な溶媒を注ぎ込んでよく振り混ぜる。
香水瓶の中身が銀色に輝きだした。これは魔法による封印を解く、解呪のリキッドだ。
メリルは香水瓶に取り付けたポンプを押して、ミストを錠前にシュッシュッと振りかけた。
すると錠前からカチャリと音がした。メリルが錠前に触れると扉からポロンと外れる。石の扉がゴゴゴゴッと自動で開き始め、地下への階段が現れた。
「これでよしっと。領主様の秘密のおたから待っててねー」
メリルは薄暗い通路を足取りも軽く降りていった。
―――
リバーサイドの宿屋から出発したメリルを見送った後、俺は隣にいる吟遊詩人の男に尋ねてみた。
「メリルが言っていた城って、あれですかね」
遠くて詳細は分からないが、川を挟んだ向こう側の山の上には城らしき建物が見える。
「そうだろうね。あの古城は大昔にこの辺り一帯を治めていた領主のクレメンス家の居城だったんだよ。この辺りの人はオレガノ城と呼んでいるね」
「今は人が住んでいないんですよね?」
「ああ。今から200年前にオレガノ城の住人が一晩で全員消失するっていう事件があったらしくてね。そのせいで城が放棄されてしまったんだよ」
住人が全員消失とは穏やかじゃないな。まるで何かの怪談話のようだ。
「消失の原因はよく分かっていないんだけど、おそらく呪術の類が原因だろうね。事件以降、オレガノ城周囲の瘴気が濃くなって、たまにゾンビなんかのアンデッドが発生することがあったらしい。まぁ、長い年月が過ぎた今では、そこまでのことは起こらなくなったみたいだけど」
この世界にはゾンビなんているのか。お化け屋敷が苦手な俺にとっては望まない情報だ。
それにしてもこの男の人はここの住民じゃなさそうなのに、よくそんな情報を知っているな。
「物知りですね。吟遊詩人さんはここに住んでいたことがあるんですか?」
「私のことはエドと呼んでくれ。君の言うとおり私は吟遊詩人だからね。各地の歴史や伝承を学ぶのは私の仕事の一部だよ」
金髪の吟遊詩人、エドはオレガノ城の建つ山を見上げた。
「この程度の話だったら、私だけでなく彼女も知っているだろうけどね。彼女はかなり旅慣れしているようだったから」
確かにメリルは若いのにしっかりしている感があったな。俺の高校時代とは大違いだ。
ぎゅるるるぅー ぐるるぅー
突然俺のお腹が鳴った。おまけにクモモもお腹を鳴らした。そういえば俺たちはまだ昼飯を食べていないぞ。
「フッ、私だけ食事を頂いて申し訳なかったな。確かお金が無いんだったね。私からも食事をおごらせてもらうよ。この宿屋の女将も先ほどのトウモロコシのお礼に君たちにご馳走したいと言っていたよ」
俺は本来人からおごってもらうのが好きではない性格なのだが、腹の虫には勝てない。有難くタダ飯を食わせてもらうとするか。
クモモは『やったー』と前足を上げてそそくさと宿屋の中に入っていった。
その後、俺とクモモはこの村で採れたトマトや牛肉で作ったボロネーゼをお腹いっぱいごちそうになった。
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