第47話 五頭分のはなぐり

オレガノ城に戻った俺が超特急で庭に作り上げたのは牛舎だ。牛五頭がちょうどおさまるくらいの小さな建物だが、ちゃんとした屋根がついていて自分的にはよく出来ていると思う。


「うんうん。急ごしらえだが、なかなかの出来栄えだな」


ネットで検索した牛舎の写真をもとに見様見真似で作ってみたのだが、異世界の祝福のついたのこぎりやトンカチのおかげで驚くほど上手くいった。


ふとお城の門を見ると、遠くにクモ影が見えた。


「おお、ちょうど戻ってきたな」


牛たちを率いてお城の周りを散歩させていたクモモが帰ってきた。クモモの後ろにはリバーサイドの村で購入した5頭の雌牛が歩いてついてきている。


『スリムなシェイプのビルディングね。ヌーベルバーグを感じさせるわ』


とクモモが牛舎の感想を述べる。


「この建物がお前たちの新しい家だ。気に入ってくれたか?」


牛たちはそろって「モォ~ゥ、モォ~ゥ」と鳴いた。


「牛たちはなんて言ってるんだ?」


『牛たちは『助けてくれてありがとう』って言ってるわ』


別にそういうつもりではなかったのだが、とりあえずそういうことにしておこう。


さて、重要なのはここからだ。


俺は御朱印ズゲートからピンク色の箱を取り出した。


『それは何?』


と、クモモは首をかしげた。


「こいつは更年期障害治療薬『エストロの源さん』だ!」


更年期障害治療薬『エストロの源さん』には女性ホルモンが大量に含まれている。これを牛たちに投与すれば、異世界の祝福で強化された女性ホルモンの作用で牛たちの女子力が大幅にアップする。


すると、肉牛だった牛たちが乳牛にクラスチェンジして、牛乳をたくさん出すことができるようになる、っていう寸法だ。


うん。我ながらいい思い付きだ。


ちなみに、ひと箱に5回分入っていて3万円。消費税込みで45000円だ。俺はドラッグストアで血の涙を流しながらレジに商品を持っていった。


「この薬を牛たちに食べさせれば母乳がドバドバと出るようになるはずだ。はい、口を開けてー」


俺は一列に並んだ五頭の牛の口の中に錠剤を一粒ずつ放り込んだ。


しばらく待つと、牛のおっぱいがちょっと張ってきた。さらに乳房がぐんぐんと発達している。異世界の祝福ドラッグの効果は半端ないな。


牛の乳房が限界まで張ったかと思ったその瞬間、ブシャー! と母乳が噴出した。地面に落ちて水たまりとなった牛乳が土にどんどんとしみこんでいく。ああ勿体ない。


俺はすぐさま御朱印ズゲートから特大サイズのビニールプールを取り出した。そして大急ぎで膨らませる。


「皆すぐにこの中に入るんだ!」


クモモと一緒に牛乳を漏らす牛たちをせかして、全員を大きなビニールプールの中に入らせた。白い牛乳がビニールプールの底にどんどんと溜まっていく。


しばらくして牛乳がビニールプールの1/3ほどたまった時点で母乳の放出がぴたりと止まった。


「もう全部出し切ったのかな?」


「モォー、モォー」


『「まだ母乳がたっぷり残ってるから搾って」って言ってるわ』


確かに牛のお乳はまだ張っている。俺は幼いころ行った北海道での乳しぼり体験を思い起こし、牛の乳を搾った。


そして最終的にはビニールプールいっぱいの牛乳を搾り取ることができた。


ビニールプールの容積は10000リットルだ。これでシルバーフレイムの牛乳不足問題は解消だな。


「それにしても、慣れないことをすると疲れるな。手がガクガクだよ」


「モ~ゥ、モ~ゥ」


母乳を出し切った牛たちはとてもすっきりとした表情をしている。


「だが、これでお前たちは立派な乳牛だ。これからも頼むよ」


「モォー、モォー」


牛たちは肉牛として処理される心配から解放されたおかげか、安堵の鳴き声を上げた。


『ところで、この牛たちは五姉妹らしいわ。可愛い名前を付けてほしいって言ってるわよ』


とクモモが牛たちの会話を訳す。


また難しい注文を付けてきたな。う~ん。牧場主としては分かりやすい名前がいいな。


よし。長女から順番に1から5までの数字を名前に入れよう。


だが名前を付けただけだと、どの牛が誰なのかは見た目で判別するのは困難だ。どの牛も同じような白黒まだら模様だからな。


というわけで、俺は御朱印ズゲートから五つの鼻輪を取り出した。


この牛の鼻輪は、ネット通販サイトの『ヤフ天市場』で購入した牛の鼻輪五個セット『五頭分のはなぐり』だ。


リバーサイドの村を出たときに注文しておいたものだが、スピード宅配便だったので3時間程度で届いた。運送屋さん、ご苦労様です。


牛の鼻輪のことははなぐりとも言うらしい。この『五頭分のはなぐり』は、紫、青、緑、黄、赤の5色セットのカラフルな鼻輪だ。これを牛たちに付けることで、どの牛がどの名前かを判別することができる。


「まずは長女からだな。長女だから『一』を名前に入れ込んで……よし。お前の名前は『一玖(いく)』だ」


「モォ~」


俺は長女に紫の鼻輪を取り付けた。


「お次は次女だから……『二月(きさらぎ)』。『にがつ』と書いて『二月(きさらぎ)』だ」


「モォ~、モォ~」


俺は次女に青色の鼻輪を取り付けた。


「そして三女……そうだな。君の名は『三葉(みつは)』だ」


「モゥ、モゥ」


緑色の鼻輪を三女に取り付けた。


「四女は…………『四乃(しの)』。どうだ?」


「モォ~ゥ、モォ~ゥ」


『喜んでるわ』とクモモ。


俺は四女に黄色の鼻輪を取り付けた。


「最後は五女の『五花(いつか)』だ。これで最後っと」


「モー」


赤色の鼻輪を五女に取り付けた。


色とりどりの鼻輪を付けた牛たちのおかげで、寂れていたお城の庭がすこし華やかになった。


さて、ここで落ち着くわけにはいかない。まだやることは沢山残っている。


ビニールプールいっぱいの牛乳をこのまま野ざらしにはしておけない。シルバーフレイムの町に出荷するために、今すぐにでも牛乳パックに詰め替える必要がある。だが、その前に紙パックデザインを考える必要がある。さらにその後は10000リットル分の牛乳パックを大量生産する必要がある。これは大変だぞ。


俺はクモモと互いに顔を見合わせ、


「今日は徹夜だな」


『ワーキン オール ナイト!』


と、クモモは前足を掲げた。

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