第46話 ミルキーウェイ 牛を求めて

それから一週間後。


今日の分の農作物をシルバーフレイム商人ギルドの搬入部屋にドサッと置いて……っと。


さぁ、帰ろう。と思ったところ、壁際にいたメリルが俺の方に近づいてきた。その手には茶色い袋が握りしめられている。


「カレタさん、おはよ。はい、金貨100枚。一週間分の農作物の代金よ」


メリルからずっしりとした重みのある袋を手渡された。袋の口を開くと、中には金ぴかのコインが大量に入っていた。


金貨100枚……金貨一枚は1000ゴールドだから、10万ゴールドか。この間まで一文無しだった俺たちも、これで一気に大金持ちだ。


「大金だな。あれだけの大量の農作物をさばけたのは、メリルが話をまとめてくれたおかげだ。感謝するよ」


「感謝するのはこっちの方よ。タルカス商会の独占が崩れたおかげで、農作物価格が適正水準に近づいてきているわ。でも……」


メリルはまだ気がかりなことがある様子だ。


「一応聞くんだけど……乳牛は飼育してないわよね?」


乳牛か……。家畜の飼育は大変そうだから手を出してないんだよな。


「残念だけど家畜は育ててないよ」


「そうかー。最近タルカス商会が牛乳価格を通常の5倍に値上げしたのよ。農作物の独占を崩した仕返しね」


トマトやナスなんかの畑で撮れる作物については、俺たちがシルバーフレイムに供給したことによってタルカス商会の独占は崩れた。だがまだ牛乳の流通はタルカス商会が握ったままだ。


「ふむ……それは問題だな」


牛乳がないとコーンフレークなどのシリアルが食べられない。それだけではなくチーズなどの乳製品も作れない。栄養価の高い牛乳を摂取することができないのは、中世ヨーロッパ風異世界においては大問題だろう。


その時、足元にいたクモモが俺の足をトントンとつついた。


『リバーサイドの村に牛がいたわよ』


確かに思い返してみると、リバーサイドの村の畜舎に牛がいた記憶がある。


クモモの発現にメリルは少し思案し、


「リバーサイドの村か~。確かあそこは牛乳を出荷して無かったはずだけど。肉牛だけじゃなかったかな?」


メリルによるとリバーサイドの村には肉牛しかいない可能性が高いらしい。


だが、リバーサイドの村は帰り道の近くににある。帰りにちょっと立ち寄って、一頭でも乳牛がいないかどうか確認してみよう。



―――



俺とクモモがリバーサイドの村についたのは昼頃だった。


「おっ、いたいた」


村の大通りを自転車でゆっくりと走っていたところ、前方に数人の村人が牛を引き連れて歩いているのが見えた。


俺とクモモはすぐさま自転車を降りて、その村人たちに駆け寄った。


「すみません。乳牛を探しているんですが、この牛たちがそうですか?」


白黒まだら模様の牛たちが「モォォ~ッ」と鳴き声を上げる。そしてその横にいた一人の村人がこちらに振り向いた。


「いや。この牛たちは肉牛だよ。今からそこの屠畜場で解体するところなんだ。もし、解体したての新鮮な肉が欲しいのなら売るよ」


この牛たちは肉牛なのか。一般的にこの白黒まだら模様の牛は乳牛のはずなんだが。異世界では違うのだろう。


肉は特に不足していないとメリルから聞いている。俺たちが欲しいのは牛乳だ。


「乳牛が欲しいのですが、他に牛を飼育している人はいませんか?」


俺の言葉を聞いた村人は申し訳なさそうな表情になり、


「残念ながら、この村には乳牛は一頭もいないよ」


「そうですか……」


この村では畑を耕すのに牛を使っているようで、牛の姿はそこらじゅうで見られる。牛はありふれている印象だったのだが……。まさか乳牛が一頭もいないとは思ってもみなかった。


諦めて城に帰ろうとしたところ、おもむろにクモモが牛の集団に近寄っていった。


『ハロー。あなたたちは肉牛なの?』


クモモが牛と会話をしだした。クモモには野生の翻訳能力があるので、あらゆる動物と会話できるらしい。すごい。


牛たちと会話し終わったクモモは俺の方に振り向き、


『この牛たちは「まだ若いのに死にたくないー」って言ってるわ』


「そうだろうな。年を取ってからだと肉が固くなって価値が下がるからね。若いうちに解体するのはしょうがないよ」


その時、牛たちがどよめいた。俺とクモモがコミュニケーションをとるのを見て驚いたようだ。


『このクモさんは私たちの言葉が分かるの?』


『人間の言葉も分かるらしいわ』


『お願い! 私たちを助けてちょうだい!』


クモモの同時通訳で牛たちの会話は俺にも理解できた。


うーん。死にゆく家畜の声を聞くというのは生々しいな。これが経済動物の悲哀か。


助けてくれという牛の要望に、クモモはちょっと悩んでから、


『んー。私はそういったセンシティブな話題にはノータッチよ。カレタはどう?』


人間の俺にそんな話を振られましても。困るな。


「どうって言われてもな。そうだな……、消費者に美味しく食べられるところを想像しながら解体されるのが、肉牛である君たちの一番の幸せなんじゃないかな」


クモモが同時通訳で俺の言葉を牛に伝えると、


『そんなぁ~!』


絶望に打ちのめされた牛達が自分たちを縛るロープから逃げ出そうと暴れだす。牛たちを率いていた村人は慌てふためいた。


「おいおい! みんな押さえるのを手伝ってくれ!」


村人たちはロープを力いっぱい引っ張って牛たちの動きを封じるのに必死だ。ごめんなさい。俺のせいです。


牛たちは「モォー、モォー」とけたたましく鳴いている。クモモはマイペースにその鳴き声を訳して見せた。


『「頑張ってミルクを出すから乳牛として飼って」と言ってるわ』


んん!? 乳牛じゃなくても牛乳って出せるのか? ちょっと村人に聞いてみよう。


「すみません。肉牛からでも牛乳は採れるんですかね?」


「ああ、採れるよ。でも少しだけで、出荷するくらいの量は採れないけどな。……それより牛を押さえるのを手伝ってくれ!」


肉牛からでも牛乳は取れるようだ。それは知らなかった。


まてよ。少しだけでも牛乳が採れるのなら、これは何とかなるかもしれないぞ。


「分かりました。この牛全部、買います」

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