第45話 農産物頒布は同志と共に


「凄い……こんなに沢山!」


メリルは目を丸くして驚いている。


「信じられませんね……」


いつもは冷静そうなギルドの会計のエミリアさんも戸惑いを隠せない様子だ。


シルバーフレイム商人ギルドにある広い搬入部屋。そこにうずたかく積み上げられたのは、俺とクモモが運んできた農作物の詰まった箱だ。


箱の中には今朝採れたてのトマトとナス、それにイチゴが詰まっている。それぞれ30箱ずつ、計90箱を持ってきた。1箱が約20kgなので全部で2トン近くの重さだ。


シルバーフレイム商人ギルドと約束した量はそれぞれ10箱だった。だが、思ったより農作物がたくさん収穫できたので、とりあえず採れた分はほとんど持ってきた。


「さすがや。兄ちゃんが出来る男だっちゅうワシの見込みは合っとったようやな」


商人ギルド総長のイーノックさんは満面の笑みを浮かべた。


「ほんとかしら」


メリルはイーノックさんを白目で見る。


皆喜んでいるようで良かった。こちらも徹夜で農作業をしたかいがあったというものだ。


「差し当って、このくらいの量なら毎日納められます。代金は急ぎませんよ」


『利子はサービスしておくわ』


とクモモが付け加えた。


俺のような新規取引先が大量に作物を納入してきても、資金の用意が無くて、いきなりは代金を支払えないだろう。お金が入ってくるまで俺たちはお城で自給自足だな。


「兄ちゃん、分かっとるやんけ。ホンマ助かるわ」


イーノックさんは俺の肩をポンポンと叩く。関西風異世界弁のイメージ通り、強面のわりにお調子者のようだ。


その時、イーノックさんの隣にいたエミリアさんが真面目な表情で口を開いた。


「ですが、高騰している作物を大量に売るとなると、少し問題がありますね。各商人への配分によっては諍いになりかねません」


その意見にメリルも同意する。


「そうね。生鮮食料品を扱う商人の中で作物の取り合いになっちゃうわ。出荷前に調整が必要ね」


イーノックはその懸念を見越していたかのように得意げな表情で、


「もう各地区の責任者に伝令を出しとるわ。直に集まってくるはずや。エミリア、会議の用意をしとくで」


「分かりました」


イーノックさんとエミリアさんは搬入部屋から出ていった。


さすがプロの商売人たちだ。とても行動が早い。あとのことは彼らに任せよう。


搬入部屋に残ったままのメリルは、積み上げられた農作物の箱をまだ眺めていた。


「農作物の価格が下がるのには数日かかるだろうけど、これで『ダイナナキッチン』も助かるわ」


おっと、まだやることが残っていたな。


「ああ、タルカス商会も態度を改めざるを得ないだろうな……そうだ。メリルに渡したいものがあるんだけど」


「んん? なに?」


俺とクモモはメリルを引き連れて外に出た。近くにとめていた自転車の脇には、トマトとナスとイチゴが詰まった箱を一箱ずつ置いておいた。


「商人ギルドに納めたのとは別にとっておいたものだよ。例のシスターにあげると喜ぶんじゃないかな」


「もしかして……これを私に? いいの?」


「街を案内してくれたお礼さ」


メリルは目を潤ませ、


「ありがとう! カレタさん!」


と勢いよく俺に抱きついた。


その様子を見たクモモは俺とメリルの間にパッと入り込み、


『こらっ! 密着禁止よ。安全な距離を保ちなさい』


二人の距離を離そうと前脚を広げるのだった。



―――



大きな窓から日差しが差し込み、店内を明るく照らしだす。


ここは『シルバーフレイム第七聖堂』の隣にあるレストラン『ダイナナキッチン』。


メリルは店の奥の壁際に農作物の箱をドサッと置いた。


その音を聞いたのか、厨房からエプロン姿の銀髪女性が姿を現した。メリルの友人のルナだ。今日は非番らしく、シスター服を着ていない。


「あら、メリルさん。こんにちは。それとこちらの方は……先日いらしたメリルさんの知り合いの方ですね。ようこそいらっしゃいました」


ルナはこちらに向かってにっこりとほほ笑んだ。


「どうも。前に頂いた料理はおいしかったですよ」


『今回は私の舌を唸らせることができるかしら?』


料理上手なクモモは味にうるさい。ダイナナキッチンに対して軽く対抗心を燃やしているようだ。


「ところでルナ。これを見てほしいんだけど」


メリルは床に置いた農作物の箱をさし示した。


「これは……トマトにおなす……高騰している野菜ばかりじゃないですか。一体どうしたんですか?」


「ルナにプレゼントよ。これだけあればしばらく持つわよね。そのうち市場の価格も落ち着くと思うわ」


ルナは少し顔を曇らせ、


「とてもありがたいのですが、タダで頂くわけには……」


「別にいいのよ。私もタダでもらったんだし。ねっ、カレタさん」


メリルは俺に向かってウインクする。


「ああ。これらの農作物は買ってきたものじゃなくて、俺たちが作ったものだ。気にする必要はありませんよ」


『もってけドロボー』


とクモモが前足を掲げる。


ルナはほっとした表情になり、


「ありがとうございます、カレタさん!」


ルナは女神のように素敵な笑顔を見せた。



―――



メイド服の少女が、俺達の座るテーブル前にスパゲティを運んできた。


「トマトとナスのボロネーゼです。どうぞご賞味ください」


金髪の少女はぺこりと頭を下げた。この子はダイナナキッチンで働いている子供たちの中でも最年長のアリサちゃんだ。先日ここに来た時も会ったな。


アリサちゃんが持ってきたスパゲティーからは暖かそうな湯気が立ちのぼる。赤茶色のソースの中には、大きめに切ったナスとトマトがごろごろところがっていた。これは美味しそうだ。


「いただきまーす」


俺とクモモとメリルの三人は一斉にスパゲティを口にした。


「ど、どうですか?」


アリサちゃんが興味津々でこちらの様子を伺っている。このスパゲティーはアリサちゃんが調理したものなので感想が気になるようだ。


「うん、よく出来てると思うよ。野菜のうまみがちゃんと引き出されてる」


「ほっ。良かったです」


だが、クモモには多少気になる点があるようだ。


『なかなかの……ズルズル……出来ね……ズルズル…………と言いたいところだけど、ソースが少し水っぽいわね』


「えっ、えっ! クモさんはなんて言ってるんですか!?」


アリサはクモモの微妙な反応に慌てている。クモモの言葉が完全には分からなくても、何を言いたいかは感づいているようだ。


そこにメリルが口をはさむ。


「そうね。美味しいんだけど、ちょっとソースが薄まってる感じがするわ」


「あわわわわ! す、すみません!」


アリサは涙目になって取り乱す。


トマトとナスは水分量が多いからな。久々に入荷した食材を使ったから、勝手を間違えたのかもしれない。


クモモは前脚でトントンとアリサの肩を叩いた。


『気にする必要はないわ。アイアンシェフの私がソースの煮詰め方を教えてあげるから』


「はぃっ! 師匠、お願いします!」


と、アリサは涙を拭いてキリッとした顔つきを見せた。


おいおい、クモモがいきなりアリサちゃんの師匠になってしまったぞ。


だがクモモの料理の腕は確かだ。いつも食べている俺が保証する。アリサちゃんも勉強になるだろう。


その日、クモモは一日中ダイナナキッチンに居座ってアリサちゃんに料理を教えるのだった。



―――



ここはシルバーフレイム商業地区の中心部にそびえ立つタルカス商会。


その最上階で、会長のタルカスはふかふかの椅子に座りながら昼寝をしていた。


そこへバタン!と勢いよく会長室のドアが開け放たれ、白いタキシード姿の男が飛び込んできた。


「何だ、ムーディー! 騒々しいな」


「た、大変です、会長。私どもが独占していた農作物の価格が下がり始めました!」


「なんだと!? 我々の支配している農家は何重にも契約で縛ってあるだろう。裏切者が出たのならば、そこらのゴロツキを使って灸をすえてやればいいだけだ」


「それが……どうも我々が押さえている農家とは別のところから仕入れているようでして」


「フン。身の程知らずの新参者か。ムーディー! どこの馬の骨が作物を卸しているのかを調べろ。その後は……分かるな?」


「はっ! 直ちに」


ムーディーはそそくさと退室した。

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