第34話  キングスケルトンコツラーメン

俺は御朱印ズゲートからニッパーを取り出した。そしてそのニッパーでメリルの手足を固定している金属の鎖をバチンと切った。


壁に縛り付けられていたメリルはトスッと床に着地する。


「ふーっ、ありがと。危険な目には何度も会ってるけど、今回はさすがに一巻の終わりだと思ってたわ」


長時間縛り付けられて痛かったのか、メリルは手首をさすっている。


「好奇心は猫をも殺すって言うからな。危ない場所に行くときは少し考えたほうがいいぞ」


「そうね。反省してるわ」


メリルは疲れた表情をしている。ずっと磔にされていたのだから無理もない。


「ところで……こいつは一体何なんだ?」


俺は足元に散らばるこんがりと焼けた豚の骨を指さした。細いあばら骨は完全に焼けて無くなっていて、豚足や背骨などの太い骨だけが残っていた。


「こいつはクレメンス三世。大昔にこの辺り一帯を治めていた領主の息子よ。ある時から邪教にはまって、死霊術にのめり込んでいたそうよ。それで今から200年前、邪神の強大な力を得るためにお城の人たちを生贄に捧げて大規模な死霊術の儀式を行ったの。だけど儀式は失敗で、呪いをその身に受けたクレメンス三世本人はお城で飼っていた豚に精神が移っちゃったみたい。さらに肉体は朽ちても死ぬことはできず、骨だけのモンスター『キングスケルトン』になっちゃった上に、この場所に縛られて外に出られなくなりました、って話。それで今のこいつは私の血を使って呪いを洗い流して外の世界に出る、っていうのが目的だったわけ。迷惑な話よね」


この豚の骨野郎は元は人間だったのか。俺が豚って言ったときに怒った理由が分かった。


「よく知ってるな。やっぱりメリルはこいつの知り合いだったり?」


「違うわ。私が捕まってる最中、こいつがずっと身の上話をしてたのよ。夕方からずーっとね」


200年間も一人だったから話し相手に飢えていたのかもしれないな。やったことを考えれば自業自得だが。


メリルはおもむろに床に転がっていた長いドリルのような杖を拾った。杖は上品な白色をしており、光の加減で虹色に輝いて見えた。とても綺麗だ。


「このユニコーンの角杖は私がもらうわね。禁制品を見つけたら神殿に返還しなくちゃいけないの」


「その杖はそんなに貴重なものなのか?」


「絶滅危惧種のユニコーンの角で作った杖よ。死霊術師が儀式のためにユニコーンを乱獲したせいで、もうフェアリーズピークの聖域でしか生き残ってないんだから」


絶滅危惧種のユニコーンの角で作った杖か。ワシントン条約に引っ掛かりそうな一品だ。


「俺が持っていてもどうなるものでもないしな。それに俺はここにトレジャーハントしに来たわけじゃない。メリルが持っているといいよ」


「ありがと。その代わりと言ってはなんだけど、クレメンス三世の骨はあなたにあげるわ」


「このガイコツの骨を? 何か利用価値があるのか?」


「高い能力を持つスケルトンはキングスケルトンて言うんだけど、その骨は呪術や錬金術の材料になるの。希少な素材なんだけど、普通の骨で代替できるから、あんまり需要はないのよね。だけど一応価値はあるわ。シルバーフレイムの町なら買い取ってくれる商人も見つかると思うし」


つまりキングスケルトンの骨は希少だが、需要があまりないので高値で売れるかどうかは商人の腕次第ということか。


商人でない俺が持っていてもどうしようもなさそうだな。ここは錬金素材商人であるメリルに買い取ってもらったほうが良いだろう。


「ならメリルが買い取ってくれないかな? 錬金術素材の商人なんだろ? 俺は今全然お金を持ってないんだ」


メリルは少し呆れた顔を見せた。


「路銀無しでよく旅してるわね……。まぁ、いいわ。そうね……私もどれだけの価格で売れるか不安だけど、1000ゴールドくらいかしら」


メリルは腰のバッグから金色に光るコインを一枚取り出した。


おお! その金ぴかのコインは、まさか金貨か!


「はい。1000ゴールド金貨よ」


俺はメリルから一枚の小さな金貨を受け取った。


この金貨一枚で1000ゴールドか。宿屋の宿泊料金は30ゴールドだったから……その33倍の価値を持っているということになるな。一気に金持ちになった気分だ。


メリルは皮袋をバッグから取り出し、その中に床に散らばった豚の骨を集め始めた。


床にある骨の半分ほどの量を集めたところで、メリルは皮袋の口のひもを縛った。


「こんなところかな」


骨拾いは終わったという感じの様子だが、まだ床には多数の骨が残っている。


「残りの骨はどうするんだ? 全部持って行かないのか?」


「全部持って行っても荷物になるだけだから、半分はここに捨ててくの」


う~ん、もったいない。確かにキングスケルトンの骨は大量に市場に出しても売れるものではないのだろう。だが大増税時代の日本で過ごしている俺にとっては、価値のあるものを捨てていくというのは見過ごせない。持病の『もったいない病』が発症してしまう。


ぐぅぅ~。


そのとき、俺のお腹が鳴った。


そういえば、村の宿屋の宴会ではお酒を飲んでばかりで、あまり食べてなかったな。今になってお腹が空いてきた。


あぁ、こってりしたラーメンが食べたいな……。博多ラーメンのような…………そうだ!


「メリル。この残った骨を俺にくれないか?」


メリルはきょとんとした表情を見せる。


「別にいいけど……素人が売れるものじゃないわ」


「売るんじゃないよ。ここで使うんだ」


「えっ!?」



―――



俺は部屋の床に御朱印ズゲートを広げた。そして中をガサゴソと探して四角形のパッケージを取り出した。


これはドラッグストアのお値打ち品コーナーで売られていた袋麺、『博多豚骨拉麺次郎』だ。


一か月ほど前、会社帰りに突然脂っこいものが食べたくなったので、なにかないかと探していた際に発見したものだ。買ってすぐ家で作って食べてみたのだが、全く美味しくなかった。


原因はスープだった。行き過ぎたコストダウンで豚骨エキスが0.01%しか入ってなかったのだ。どうりで全く油の味がしなかったわけだ。売れ残っていたのも当然だ。


ただ、麺とスープのベースの味は良かったので、ここに豚骨エキスを加えるだけで十分美味しいラーメンになる予感があった。


「それって……ゲート?」


メリルが驚きの表情でこちらを見ていた。まずい。御朱印ズゲートから物を取り出すのを見て怪しんだようだ。


だが、メリルはこの御朱印ズゲートを知っているような感じだ。もしかしたらこの世界には御朱印ズゲートのような魔法のアイテムが他にあるのかもしれない。


「まぁ……なんというか、実家に代々伝わる特殊なアイテムだよ。もしかして、メリルは他にこんな道具を知っているのか?」


「ええ。見たことはないけど、世の中には異空間に物を収納しておける魔法の箱が存在しているっていうのは知ってるわ。でもそれは古代の大魔術師が難度の高い儀式を成功させてようやく出来上がるような、とてつもなく貴重な代物よ。なぜあなたがそんなアイテムを……」


この世界にも御朱印ズゲートっぽいものがあるのか。だがやはり普通のアイテムではないらしい。思いっきり怪しまれているが、ここは何とかしてごまかそう。


「それはさておき……。クモモ。ここらに落ちてるキングスケルトンの足の骨を全部真ん中で折っておいてくれないか」


今まで天井に張り付いていたクモモがポトッと床に落ちてきた。そして「おっけー」とジェスチャーで返事した。


クモモは軍手を前足にはめ、ずんぐりとした豚足を拾ってボキボキと折り始めた。


メリルはその様子をまじまじと見つめている。


「このピンク色のおっきなクモは村で会ったクモさんね。よく見ると本当に不思議ね。人の言うことをちゃんと聞くし。ジャイアントスパイダーを何かの薬で操ってるの?」


自宅にやってきたシルバーフレイムの領主のオルガにも同じようなことを聞かれたな。俺はもう慣れてしまったが、知性のあるクモはこの異世界でも珍しいようだ。


「そんなことはしてないよ。名前はクモモ。俺の仲間だ」


「うーん……ほんとに不思議……」


「まぁまぁ。料理は俺たちが作るからメリルはそこで待っててくれないか」


あんまり喋るとボロが出る。会話を打ち切って、さっそく料理開始だ。


俺は御朱印ズゲートからカセットコンロを取り出した。さらに、大きくて底の深い寸胴鍋を取り出した。寸胴はきれいなものが粗大ごみ置き場に置いてあったので、何かに使えるだろうと拾っておいたものだ。


そして御朱印ズゲートの中から引っ張って来たホースで寸胴の中に水を注いでいく。


「クモモ。その骨を入れてくれないか」


クモモはすでにキングスケルトンの骨をすべて折り終わっていた。クモモは半分に折れた骨を抱えて、寸胴の中にポトポトと放り込んだ。


俺はその寸胴をカセットコンロの上にのせて火をつけた。


このカセットコンロは異世界の祝福のおかげで業務用ガスコンロ並みの火力が出せる。おかげで水はすぐに沸騰した。


沸騰したらいったんお湯を捨てる。骨の臭みを取るためだ。そしてまた水を注ぐ。次は本格的にダシを取るためにもう一度沸騰させて時間をかけてコトコトと煮込んでいく。


しばらく煮ていると、油のいい匂いが漂ってきた。骨を真っ二つに折ったのは、断面から骨髄エキスを染み出させるためだ。ちゃんとダシが取れているようだな。


そこからさらに煮出して……さーて、そろそろいいだろう。俺はお玉を使って骨を全部すくい上げた。


後は袋麺に付属していた液体スープと麺を寸胴に入れて、麺が柔らかくなるまで煮て……よし、完成だ。


俺は床に並べた三つのラーメンどんぶりに麺とスープを均等に分けて入れた。


「出来たぁっ! 猛津特製『キングスケルトンコツラーメン』、一丁上がりぃっ!」


―――



俺は床に座っていたメリルの前に湯気の立ち昇るラーメンどんぶりを差し出した。箸は使えないだろうから、フォークとレンゲをつけておいた。


「これで食べるのね。汁の多いスープパスタみたい」


メリルはフォークに麺を巻き付けてぱくりと食べた。そしてレンゲを使ってスープを一口、ごくりと飲み込んだ。


「……美味しい。こんなに美味しい食べ物は初めて食べたわ」


メリルは顔をほころばせた。ラーメンの美味しさにに心底感心しているみたいだ。


200年の時の流れは豚の骨を熟成させ、美味しいダシに変化させたようだ。さて、俺も久しぶりのトンコツラーメンを頂くとするか。


俺とクモモは箸を使って麺をすくい上げた。

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