第33話 クレメンス三世、死す

現実世界でガイコツが喋れば、ただの心霊現象だ。だがここは剣と魔法のファンタジー世界だ。もしかしたらこの怪しそうな喋る豚のガイコツは、この世界では普通の豚の一種かもしれない。


「この豚のガイコツって……もしかしてメリルのペットか?」


「そんなわけないでしょ! こいつは200年前にこの城の住人を消し去った張本人、当時の領主クレメンス二世の息子、クレメンス三世よ!」


200年前の豚か。どうりで見た目が白骨死体な訳だ。それにしても、豚なのに領主だったとは、クモモと同じくとても頭のいい豚だったんだな。


「ところで、この豚と一緒に何をしてるんだ?」


「豚というな!!!」


豚のガイコツが俺に向かって口を大きく広げて怒鳴った。


凄まじい威圧感だ。こいつ……ただ豚じゃないな。


「まあいい。今の私はこの記念すべき日を迎えて気分がいい。不敬な言動は見逃してあげましょう」


そういってガイコツはこちらをじろじろと見始めた。


「ふむ。見た目からしてただの農民のようですね。私は今から大事な復活の儀式を行うところなのです。あなたのような凡夫の相手をしている暇はないのですよ」


クレメンス三世はそう言うと、背中に担いだ変な形にねじれた杖を俺に向かって横に振った。


するとその後ろから何人かの人影が近づいてきた。


ん? なんだあいつらは……。人間……じゃない?!


現れたのは理科室の骨格標本が剣と盾を持ったようなガイコツ人間と、体中が腐りはてた人間、いわゆるゾンビだった。合わせて10体ほどいる。


「そいつらはこの城の住人の慣れの果てのモンスター達よ! 逃げて!」


とメリルが叫ぶ。


「儀式の副産物のスケルトンとゾンビです。行きなさい、私の僕たちよ。この住処に愚かにも迷い込んできた虫けらを、貪り食ってしまいなさい!」


クレメンス三世が号令をかけると、スケルトンとゾンビが一斉にこちらに向かって走ってきた。


いきなりかよ! と一瞬たじろいだが、こういう展開の心づもりはしてある。俺は左腕を広げて御朱印ズゲートを発動させた。


御朱印ズゲートの中に手を突っ込んで取り出したのは、農作業に使用していたシャベルだ。


電気槍の『パルチザン』を使おうとも思ったが、ゾンビはともかく、スケルトンに電撃は効果が薄そうだったのでシャベルを選択した。ここはシンプルに力で叩き潰そう。


俺はシャベルを構えてモンスター軍団を見据える。


「さぁ、かかってこい!」


最初に飛びかかってきたのはスケルトンだ。その手には長い剣が握られている。もし当たってしまうととても痛いことになってしまう。ここは安全を取って回避だ。


スケルトンが剣を振り下ろすかどうかといった間合いまでその場で待機し、タイミングを見計らってバックステップ。スケルトンが振り下ろした剣は空を切り、ガツッと床にぶつかった。


今だ! 俺は前方に踏み込んで、その勢いのままシャベルをスケルトンの頭部に叩き込んだ。


ガシャァンッ! 真っ白な頭蓋骨が粉々に砕け散る。効果は抜群だ。


頭をつぶしたスケルトンのすぐ横にはゾンビが迫っていた。俺はすぐさまシャベルの先が水平になるように構え、横に薙ぎ払った。


スパァンッ! ゾンビの首はシャベルの先端で綺麗に刈り取られ、頭部が宙を舞った。ゾンビの体が床に崩れ落ちる。


「ほほう。これはこれは」


豚ガイコツのクレメンス三世が驚嘆するような声を上げた。ただの農民と思っていた俺がモンスターを瞬殺したことに驚いているようだな。


だが気を抜くのはまだ早い。まだまだ沢山のモンスターが残っている。俺はシャベルを構えなおして残りのモンスターの攻撃に備えた。


次に襲ってきたのは3体のスケルトンだ。互いにタイミングを合わせて同時に攻撃を仕掛けてきた。脳みそはないが知恵は持っているようだ。


俺は三体のスケルトンが剣を振り上げた隙を見計らって突撃。両手で構えたシャベルを一文字に振り切った。


ガシャガシャガシャーン!


三体のスケルトンの胴体はバラバラに砕け、その体は真っ二つになって吹き飛んだ。


ふーっ。上手くいったぞ。


下手にチクチクと攻撃するよりも、こんな風に力で押し切ったほうが良さそうだ。今の俺は異世界の祝福を受けた軍手をはめている。ただの骨人間や腐った死体程度ならシャベルで簡単に潰せる。


落ち着く暇なくゾンビ達が襲い掛かってきた。ゾンビは普通の人程度の速さで動けるようだ。掴まれると厄介だぞ。


俺はゾンビ達の間をすり抜けるように動いて回避。ゾンビ達は俺を捕まえようと手を伸ばすが、その手を危なげなくかわした。


今の俺は自分でも驚くほどに軽快に動けている。農作業で鍛えられたということもあるだろうが、これはおそらく服の下に着ている高機能アンダーウェア『バイオニック・トランスファー』のおかげだろう。


『バイオニック・トランスファー』はマウンテンバイクの『ダイナマイト・フューリー』を落札したときに、別で購入したスポーツ用アンダーウェアだ。


このアンダーウェアには体の動きをサポートする機能がある。これを着ることでマラソンのタイムが20%以上縮むらしい。裸で泳ぐよりもこのアンダーウェアを着て泳いだほうが早く泳げるとも噂されるほどの高機能な服だ。


もともと評判のいい服だが、そこに異世界の祝福が加わればその効果は一目瞭然。


戦いなんてしたことのない現代人の俺でも、複数の人型モンスター相手に大立ち回りを演じることができる。


俺は残りのゾンビ達をスコップで一体一体確実に始末していき、ものの十数秒で全滅させてしまった。


「凄い……。あれだけの数のモンスターを一人で……」


メリルが俺を見て感心しているようだ。異世界の人から見ても今の俺の動きは凄いらしい。


クレメンス三世は俺の方を見据えてじっとしたままだ。予想外のことで呆然自失しているのだろうか。骨だから表情が分からない。


「さて、クレメンス三世と言ったかな。あんたが出してきたモンスターを倒し終わったわけだが……、話し合いでも始めるか?」


正直なところ俺は今の状況がさっぱりわからない。このクレメンス三世とかいう豚ガイコツは一体何をするつもりなんだろう。


俺の問いかけにクレメンス三世が口を開いた。


「あなたをただの農民だと思ったのは私の思い違いでしたね。そこに関しては私の落ち度でしょう。ですが最初にお話しした通り、あなたと遊んでいる時間はないのですよ」


そう言うと、クレメンス三世は手のひらを広げてこちらに向けた。


俺はその動作に僅かながら身の危険を感じた。だが行動を起こす前に体に異変が起こった。


俺の体が宙に浮かび上がったかと思うと、次の瞬間には遥か後ろの石壁に、ゴスゥンッ!と叩きつけられてしまった。


「ぐはぁぁっ!」


背骨が折れてしまうくらいの衝撃に、思わず苦痛の声を上げた。


叩きつけられた勢いのせいで声を上げてしまったものの、痛みは殆ど無かった。この防御力も高機能インナーの『バイオニック・トランスファー』のおかげだろう。


それにしても今のは何だ? あのガイコツ男に触れられていないのに思いっきり吹っ飛ばされたぞ。風圧という感じでも無かった。


ふと自分の体が壁に張り付いたままなのに気が付いた。これって……明らかに魔法だよな。動けないし。


もしかしてクレメンス三世は魔法使いなのか? 確かにマントを羽織って杖を持っていて、いかにも魔法を使うキャラのような格好をしている。豚だけど。


これは困った。魔法を知らない、いたいけな現実世界の人間の俺にとってはこんなやつをまともに相手にするのは分が悪すぎる。


俺はこの状況をどう凌ごうかと天井を見上げて思案した。……ん? あのちょろちょろと動いているピンク色の大きな生き物は…………クモモだ!


クモモは戦闘のどさくさに紛れて気づかれないようにこの部屋へ侵入したようだ。クレメンス三世の真上の天井の見つからない位置に陣取っている。


そしてその脚には役に立ちそうな現実世界の道具を抱えている。よし、これなら何とかなりそうだ。


クレメンス三世は魔法の力で壁に磔になっている俺を見上げた。


「今の衝撃で気を失わないとは大したものですね。感心しました。そうだ、いいことを思いつきましたよ。あなたには偉大なる私が復活する儀式の目撃者となる権利を授けます。そこに張り付いたまま今から行われることを見ていてください」


クレメンス三世は壁に鎖で磔にされているメリルに歩き近づいた。そして背中に担いだ杖をメリルに向けた。


「この杖はユニコーンの角ね。あんたみたいな死霊術師のせいでユニコーンは絶滅しかかってるのよ」


メリルはクレメンス三世を軽蔑のまなざしで見つめて吐き捨てた。


「馬畜生のことなどどうでもよいではありませんか。ユニコーンの角は死霊術にとって非常に有用な触媒です。特に処女の生き血を吸わせたユニコーンの角はね」


クレメンス三世は尖った杖の先端をメリルの胸元に向けた。


生き血……生贄……。もしかしてクレメンス三世は杖でメリルの心臓を貫こうとしているのか?!


杖が邪悪なオーラをまとい始めた。今にも動き出さんばかりに激しく振動している。危ない! やる気だ!


「ちょっと待ったー!」


俺はクレメンス三世の注意を引くように、部屋中に響き渡るような大声を上げた。クレメンス三世はこちらを一瞥する。


「何ですか? あなたに見る権利は与えましたが、邪魔をする権利は与えていませんよ」


「まあまあ、そう固いことは言わないで。俺は今まであんたを一体どうやって料理してやろうかずっと考えていたんだよ」


「ほう、それは聞き捨てなりませんね。それでどうだったんですか? 話してみなさい。その後であなたを殺してあげましょう」


「それは……焼き豚だ」


俺は天井で待機しているクモモに向かって叫んだ。


「クモモー。やっちゃってー!」


クモモは『おっけー』とジェスチャーで返した。


すぐさまクモモは懐からサラダ油のボトルを取り出した。そしてボトルを下に向けて振り回して渦を作り、中身をドボドボと一気にクレメンス三世に注いだ。


「い、一体何ですこれは!」


いきなりぬるぬるの液体が降り注いできたので、さすがのクレメンス三世も焦ったようだ。ガイコツなので表情はわからないが。


「そいつは揚げ物を自宅で作るために買ったサラダ油だ。だけど自宅で揚げ物を作るのはかなり面倒くさくて、ずっと使わず流しの下の棚に眠っていたものだ」


「ふん、なるほど。油ですか。なら次のあなたの行動は予測できます。私を油まみれにした後、火をつけようというのですね。矮小な貧民の考えそうなことです。ですが残念でしたね。炎に弱いというアンデッドの弱点を補うため、私の体には上級魔法のファイヤーストームですら防ぐ耐火の紋様が刻まれています。燃えた油など問題にもなりませんね」


クレメンス三世の骨の表面をよく見てみると、確かに黒い刺青のような模様があちこちに入っている。あれが耐火の紋様か。あの紋様がどの程度の効果を発揮するのかはわからないが、ここまで来たらやるしかない。


サラダ油の次にクモモが取り出したのはマッチ箱だ。クモモは前足で器用にマッチを一本取りだして、しゅっと箱の横で擦った。そして火のついたマッチを油まみれのクレメンス三世の上に落とす。


ボウッ!


マッチがクレメンス三世の表面の油に触れた瞬間、炎が一気に燃え広がった。


現実世界ではサラダ油にマッチで着火するのは不可能なのだが、あのマッチは現実世界から持ち込んだもの。異世界の祝福でなんにでも着火できる能力がある。


「この程度の炎など効かないと言って…………ぐ、ぐわぁぁぁっ!」


クレメンス三世は絶叫した。先ほどまでの余裕ある態度はどこへやら。飛び上がって床にぶっ倒れた後は、火が付いたま床をゴロゴロと転げまわっている。


「そいつは去年のお盆参りに使ったお墓参りセットに付属していたマッチだ。あんたのような不浄のモンスターには有効なようだな」


「わ、私の体が! 魂が燃えていくぅぅっ! 偉大な死霊術師のこの私がぁぁ……」


そのうち、炎に包まれたクレメンス三世は動かなくなった。

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