第32話 メリル捜索隊

さっそく自転車に乗って出発! といきたいところだが、まずはそこらをフラフラとうろつきまわっているクモモの酔いを醒まさなければ。俺も酒がかなり残っている。


俺は左腕で御朱印帳抱え込むようにして円形に広げた。そして出来た御朱印ズゲートの中に右手を突っ込んでガサゴソと目的のものを探す。


「おっ。あったあった」


俺が御朱印ズゲートの中から取り出したのは100円ショップで買ってきたウコンサプリだ。こいつを摂取すれば酔いもいくらかましになるだろう。


ウコンは二日酔いに聞くと言われている。本当はお酒を飲む前に摂取したほうが良いらしいのだが、もう飲んだ後なので仕方ない。


俺はウコンサプリを一錠つまんで口の中に入れた。水がないのでそのまま飲み込む。


「ごくりっ…………おおっ!」


サプリが喉を通り抜けた瞬間に自分の脳みそがスッキリとするのが分かった。その場で体を動かしてみても全くふらふらとしない。


俺の酔いは一瞬にして醒めてしまった。


さすがは異世界の祝福だ。現実世界で買ってきた安物のサプリがすさまじい効果を発揮している。これなら酔いの酷いクモモも治るだろう。


俺は動き回るクモモをがしっと捕まえた。そしてクモモの口の中にサプリを放り込んだ。


おお! さっきまでふらふらだったクモモがしゃっきりとしたぞ。前足でガッツポーズを何度も繰り返している。クモモの酔いも覚めたようだ。


よーし。気を取り直して、オレガノ城に向けて出発だ!


俺は宿屋の脇にとめてある自転車にまたがった。クモモは俺の後ろにつかまった。


「それじゃぁ、スレイプニル。お前のご主人様のところへ案内してくれるか」


スレイプニルは軽く頷くと、村の外へと向かって走り出した。俺たちは遅れないようにその後ろをついていった。



―――



山の上の城への道中は真っ暗闇だった。街灯なんてものはないので仕方がない。


だがこのマウンテンバイク『ダイナマイト・フューリー』据付のライトは自動車のヘッドライトより明るい。前方を走るスレイプニルの向こう側まで明るく照らしている。走るのに全く支障がない。


山道は舗装されてはおらず凸凹だ。そしてスキー場並みの急勾配だ。


普通ならこんな山道を自転車に乗って走るなんて自殺行為なのだが、そこは異世界の祝福を受けたマウンテンバイクだ。まるで平地を走っているかのようにすいすいと登る。


村から出発してそれほど時間がたってないのに俺たちは山の頂上へと着いてしまった。


山の頂上には城門があった。俺たちはその前の方に自転車をとめた。


自転車のライトを消すと辺りは闇に包まれた。


うーん、自転車のライトが消えると暗いな。ヘッドライト付きヘルメットを使おうか。ゴブリンの洞窟を探索したときに被ったやつだ。


だけどヘルメットを被るのって面倒なんだよな。頭の上に何かが乗っているのはうっとおしく感じる。


俺がどうしようかと悩んでいたところ、クモモはすたすたと城の中庭に歩いていこうとしていた。


「ちょ、ちょっと待った。クモモはこんな暗闇の中で周りが見えるのか?」


クモモは『夜でもはっきりくっきり見えるわ』とジェスチャーで答えた。


すごいな。本当に何でもできるクモだ。


はぁ、どこかに目が良くなる魔法の薬がないものか……。おっ、いいことを思いついたぞ。


俺は御朱印ズゲートを広げて中に手を突っ込んだ。取り出したのはブルーベリーサプリの袋だ。


ブルーベリーには、暗い場所で視力が落ちる鳥目と呼ばれる症状を治す働きがあるという。


村を出る前に飲んだウコンサプリは異世界の祝福の影響で、酔い覚ましに劇的な効果を発揮した。その例に倣えば、このブルーベリーサプリもおそらく期待した効果を発揮してくれるだろう。


俺はブルーベリーサプリを袋の中から一粒取り出して飲み込んだ。


「おおっ! これはよく見える」


俺の周囲がぱっと明るくなった。まるで昼間のように辺りを見通せる。これなら真夜中のお城の探索でも楽勝だ。


俺とクモモはスレイプニルに案内されてお城の中庭に入っていった。


お城の中庭は背の高い雑草が生え放題で歩きにくかった。所々に花壇の残骸があり、そこにはきれいな花をつけた植物が雑多に入り混じって生えていた。


今は見る影もないが、昔は立派なお城だったのだろう。


中庭を少し歩くと黒々と輝く立派な扉が据え付けられたエントランスについた。ここが正面玄関っぽいな。


この扉の中に入るのかと思ったのだが、スレイプニルは方向を変えて横のほうに歩いて行った。目的地はここではないらしい。


俺たちはスレイプニルの後に付いていき、城の裏側に回った。そこは裏庭のようで、中庭と変わらず背の高い草が生い茂っていた。


雑草をかき分けながらしばらく進むと、裏庭の中央でスレイプニルが止まった。そこにあったのは、ぼろい板切れを張り付けて作られたみすぼらしい小屋だった。


領主のお城の近くにあるのは不釣り合いなほどにボロい小屋だ。あからさまに不自然な場所だな。


「この中にメリル……お前のご主人様がいるのか?」


スレイプニルは静かに頷いた。


お化け屋敷が苦手な俺にとっては入るのがためらわれるような雰囲気のボロ小屋だが、ここまで来て怖気づいていられない。俺は小屋の戸をあけ放って中に入った。


小屋には俺とクモモが入った。さすがに馬が入ってくると狭いのでスレイプニルは小屋の外だ。


小屋の中には何もなく、がらんとしていた。床にある扉を除いてはだが。


床の扉のカギは外されており、開けっ放しだ。階段が下のほうに続いている。誰かがここから降りていったようだ。


「ここから降りてくださいと言わんばかりの状況だな。危険な臭いしかしないんだが……。クモモはどう思う?」


クモモは『カレタと二人一緒なら大丈夫。為せば成る!』と前足を上げてジェスチャーで答えた。


少々楽観的だが、勇気の出る意見だ。


俺には有能な仲間のクモモと、祝福された現実世界の道具がある。恐れる必要はない。


俺は御朱印ズゲートの中から軍手を取り出して両手にはめた。こいつがあれば何トンもの物を持ち上げる力が出せる。不測の事態にも対処できるだろう。


「そうだな。よし、行くぞ!」


俺はクモモと一緒に暗闇の中の階段を下り始めた。



―――



階段を降りると、長い通路がずっと先まで続いていた。


地下通路は暗かったが、ブルーベリーサプリのおかげで問題にならない。俺とクモモは長い地下通路をひたすら歩き続けた。


ちょっと立ち止まって休もうかと思ったころ、前方に大きな扉があるのに気が付いた。ここが通路の終点だろうか。


俺は急く気持ちを抑えられず、扉の前に駆け寄った。金属製の黒くて頑丈そうな扉だ。かなり重そうだな。


「クモモ。いきなり何が飛び出てくるかわからないからな。気をつけてくれよ」


クモモは『おっけー』と前足で丸を作った。


俺は両手に力を込めて扉を押した。


「あれ? 動かないぞ」


扉を力いっぱい押しているのに一向に開く気配がない。もしかしたら引くのかと思って、扉に付いていた出っ張りを持って引いてみた。だが同じく開く様子はなかった。


おかしいな。この軍手をはめれば5トンの大木も軽々と持ち運べるというのに。いくら大きくて重い扉といっても、人が開け閉めする扉を開けられないというのはおかしい。鍵がかかっているのだろうか。


扉の前で悩んで立ち尽くす俺の足を、クモモが前足でちょんちょんとつついてきた。


「ん? なんだ?」


クモモはジェスチャーで『この扉は魔法で封印されてるみたい』と言った。


魔法の封印だって? ふーむ。ここは魔法のあるファンタジー世界らしいから、確かにそういうのもあるかもな。


「魔法の扉って一体どうすれば開くんだ?」


『解呪の魔法を使うか、封印している魔力以上の力を加えれば開くわ』とクモモ。


解呪の魔法なんて知らないし、ここは力づくで突破するしかなさそうだ。だが、そのためには軍手をはめた俺の力以上の破壊力がいる。扉を破壊する方法か……。確か昔見たドラマでそういうのがあったような。


俺は頭の中の記憶を掘り起こした。そして、中世ヨーロッパのファンタジー戦争ドラマ『ナイツ・オブ・スローンズ』の中で城門を破るシーンがあったのを思い出した。


ドラマの中では門を打ち破るのに、破城槌(はじょうつい)と呼ばれる攻城兵器を使っていた。丸太をつるした台車を大人数で動かして勢いをつけ、敵の城門にぶつけて破壊する兵器だ。


材料は丸太だけで十分だろう。確か城の周りに木が生えていたよな……よし! この方法で行こう。


「クモモ、ちょっとここで待っててくれるか」


俺はクモモを置いて、全速力で来た道を戻った。そしてボロ小屋の外に出ると、木の生えている場所に向かった。


俺は抱えるのにちょうどいい幹の太さの木を探して、その前で御朱印ズゲートを広げた。中から取り出したのはのこぎりだ。


「このくらいの大きさの木なら持ちやすいだろう。さっそく切り倒すか」


のこぎりを木の根元に当ててグイっと引いた。幹に深くのこぎりが食い込んで、木は今にも倒れそうな状態だ。


少し離れて木をちょんと押すと、メキメキッと音がしてズドンと木が倒れた。木の枝は邪魔なので、すべてのこぎりで打ち落としておく。さあ、すぐにこれをもって戻ろう。


俺は丸太を抱えながら走って地下通路に戻った。


通路の先にはクモモが待っていた。


「クモモ! このまま丸太をぶつけるから、脇に退いててくれ!」


丸太を抱えてダッシュしてくる俺の姿に驚いたのか、クモモは慌てたように通路の脇に身を寄せる。


「うっしゃぁぁっ!」


ドグオォンッ!


すさまじい音とともに扉がひしゃげたかと思うと、そのまま向こうに吹っ飛んでいった。


俺も勢い余って部屋の中に入り込む。そして途中でバランスを崩して転んでしまった。


「う~っ、いてて……。ちょっと勢いをつけすぎたかな」


「あなたは昼間の! 何でこんなところに?!」


部屋の中に聞き覚えのある声が響いた。俺は顔を上げて声の方向を見た。


そこには赤い髪を持つポニーテールの少女がいた。商人のメリルだ。


「メリルだよな? 帰りが遅いから宿屋のおばちゃんが心配してたぞ」


「気を付けて! そこのそいつはこの城の住人を全員生贄にした死霊術師よ!」


と、メリルは焦ったような表情で言い放った。


そいつ? そういえば、おかしなことにメリルは壁に鎖で張り付けにされている。一体どんな状況だ?


メリルの前方には黒い服を着た体長1メートル足らずの動物がいた。ペットの豚か何かだろうか。


「大事な儀式を始めるところだというのに、騒々しいですね」


動物が喋った!? その動物がこちらに振り向く。


いや……動物じゃない。その顔は真っ白で、目の部分は黒く窪んでいた。あれは俺が子供のころ博物館で見た豚の骨格標本だ!


ぎゃぁぁっっ! 豚のガイコツが喋った!


と悲鳴を上げそうになったが、ここは可愛い女の子の目の前だ。我慢しよう。


今まで喋るクモやゴブリンなんかを見てきたが、動くガイコツのような完全に異形のモンスターを見るのはこれが初めてだ。


俺は本格的にファンタジー世界に入り込んでいることを感じるのだった。


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