第22話 洞窟探訪

俺は先ほど出会ったゴブリン退治の兵士たちを率いて森の中を歩いていた。


森の天井は幾重にも重なった葉に覆われているので、昼間だというのに辺りは薄暗い。だが時折、木漏れ日が足元を照らすこともある。今日はいい天気だ。


俺の前方をスッスッと歩いているパステルピンクのでかいクモはクモモだ。クモモはゴブリンのいた洞窟への道を覚えている。なので先導をお願いした。


俺と並んで歩いているのは、長い銀髪に浅黒い肌を持つ男、オルガだ。その後ろにパイナップルヘアの中年男性のライドウ。そのまた後ろに若い兵士三人が歩いてついてきていた。


歩いている最中にふと隣のオルガが話しかけてきた。


「先ほどから気になっているのだが……あのクモはカレタが魔法か何かで操っているのか?」


そういってオルガは前方を進むクモモを指さした。


「あぁ、クモモのことですか。クモモはクモなのに頭がいいんですよ。この森で出会ってから一緒に生活していますけど、凄いですよ。炊事、掃除、洗濯、裁縫などなど。家事なら何でもこなします」


オルガは少し面食らった表情をみせた。


「うーむ。私は自分なりに世の中のことを見聞きしてきたつもりだったが、あのように知性と品性とを兼ね備えたモンスターは見たことがないな」


さすがに異世界人にとってもクモモのような天才グモは珍しいようだ。


「普通のクモにしては大きすぎるし、モンスターのジャイアントスパイダーとしては小さい気がする。もしかしてジャイアントスパイダーの子供か?」


そのオルガの言葉を聞いたクモモはぴくんと反応した。そして先導を中断してオルガの前にカサカサと駆け寄った。


クモモは前足を上げてわしゃわしゃと動かした。オルガに対して遺憾の意を表明しているようだ。


「どうやら私に対して怒っているようだ。一体このクモ……いや、クモモとやらは何に怒っているのだ?」


クモモと出会ったばかりのオルガにはクモモのジェスチャーの意味がよく分からないらしい。俺が翻訳してあげよう。


「そうですね……クモモは『私は大人のレディーよ!』と言っています」


「はっはっは。これはすまなかった。確かによく見ると、新雪のように輝く産毛と、飛び立つ鳥のように美しいフォルム……。どこぞの高貴な淑女のような感じがするな」


さすがにそれは言い過ぎのような。


クモモは『分かればいいのよ』という風にふんぞり返った。



―――



それから森の中をしばらく歩き続けると、ゴブリンのいた洞窟の前にたどり着いた。


「ここが例の洞窟です。もうゴブリンはいないと思いますが、暗いので足元に注意してくださいね」


「あいわかった」


とオルガが答える。そしてオルガは後方に待機している3人の兵士の方に向きなおり、


「お前たちはここで見張っていてくれ」


と命じた。


「ワシはオルガ様についていきますぞ」


前に進み出てきたのはライドウだ。


「ああ。後方の警戒を頼む」


洞窟内に入るメンバーは俺とクモモとオルガとライドウに決定した。


俺たちは再度クモモを先頭にして洞くつの中へと順番に入っていった。


洞窟の中は相変わらず真っ暗だ。頼りになるのは俺が手に持つ懐中電灯と、クモモの背中にセットした懐中電灯だ。


オルガとライドウはそれぞれ火をつけた松明を持っていた。ゆらゆらと揺らめく炎が岩の壁を赤く照らし出す。


ファンタジーRPGではよく見かける松明だが、実際に見たのは初めてだ。松明を見るとなんとなく探検しているという雰囲気が出るな。


「カレタよ。そなたは珍しい魔道具を持っているな。そなたが作ったものか?」


オルガが話しかけてきた。俺の持っている懐中電灯のことか。


「え……えぇ、えーっと……」


俺は言葉に詰まる。


俺が現実世界からやってきたということをしゃべっても大丈夫だろうか。俺はこの世界にとっては異世界人にあたる。この世界での異世界人の扱いが不明な現時点では内緒にしておくのが賢明だろう。


「い、一応自分で作ったものかもしれないような気がしないでもないような……」


と、オルガの質問を適当にはぐらかした。


俺たちは洞窟の中をずんずんと進んだ。ほどなくして落とし穴のある部屋にたどり着く。


部屋の中央には四角い穴がぽっかりと開いていた。昨日、俺とクモモはこの穴に落ちてしまったのだ。


「この穴の下に大量のゴブリンがいたんです。危険ですが、クモモの糸につかまって降りることはできますよ。どうします?」


とオルガに尋ねた。


「わざわざそのような危険を犯す必要はないだろう。どこかに昇降機を出すハンドルがあるはずだ。それに乗って行った方が安全だ」


そう言ってオルガは穴の上方を指さした。そこには格子のはまった小さな空間があり、中にはリフトのような乗り物の底が見えていた。


まさかエレベーターがあるのか。こんなものがあったとは知らなかった。昨日来たときはゴブリンの対処に必死で気付かなかったな。


「たしか落とし穴のレバーならその角にありましたよ」


部屋の隅の床にはゴブリンが作動させたレバーがこの前と変わらず鎮座していた。


「あれは昇降機の通路開放用のレバーだな。近くの壁についているハンドルが昇降機を出すためのものだろう」


オルガに言われてレバー近くの壁を見ると、壁から船の操舵輪のような円形のハンドルが飛び出ているのが見えた。あれのことか。


オルガは壁に近づき、そこについている円形のハンドルを回し始めた。


ゴゴゴゴ……


鈍い音とともに天井の格子が開いた。格子が開ききると、中からリフトが降りて来た。


「自然の洞窟の中になんでこんなものが……」


「ここは古き民の遺跡だ。内装がほとんど無いことから見るに、作りかけのようだがな」


とオルガはハンドルを回しながら答えた。


なるほど。昔の人が自然の洞窟を住居かなにかに改造していたというわけか。


オルガはリフトを出すハンドルを回し終わったようだ。部屋の隅から戻ったオルガはすぐさまリフトに乗り込んだ。


「さぁ、お前たちも乗るがよい」


俺とクモモ、そしてライドウは昇降機に乗り込んだ。


リフトの床は板張りだ。ギシギシと音がして怖い。まさか底が抜けたりしないだろうな。


オルガは全員が乗り込んだのを確認した後、リフト内の上部に据え付けられたロープを引っ張った。するとリフトは暗い縦穴をゆっくりと降り始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る