第43話 商業の番人 シルバーフレイム商人ギルド
二人に連れられて行きついた先は、商業地区外れに建つ3階建ての建物の前だった。タルカス商会とは対照的で地味で質素なつくりの建物だ。
イーノックは建物の扉の前で立ち止まり、こちらに向き直った。
「ついたで。ここがシルバーフレイム商人ギルドの本部や。兄ちゃんが探しとったところやろ?」
「ええ、そうです。町の中心からこんなに離れたところにあるとは思いませんでした。道理で見つからないわけだ」
「ごめんね。商人ギルドの場所を教えてなかったわね」
と、メリルが申し訳なさそうな表情をする。
「いやいや。こっちが聞くのを忘れてたからな。しょうがないさ」
『おかげで頭にこぶが出来ちゃったわ』
俺の背中につかまっているクモモは頭部のたんこぶをさすった。
「クモの嬢ちゃん。すまんがそのコブの仕返しはしばらくお預けや。後で必ずあの男に詫び入れさすよって」
さすがは海千山千のギルド長だ。クモモのジェスチャーを先程出会ってからの短い時間で完璧に理解している。
「さっ、ここにいても他のお客さんの邪魔や。さっさと中に入るで」
イーノックは商人ギルドの扉を開いた。
―――
建物内には大勢の商人がいた。建物が地味な感じだったので流行ってないのかと思ったが、杞憂だったようだ。
俺たちはイーノックに先導されて奥の部屋へと向かった。
向かっている最中でイーノックが他の商人から声をかけられる場面がよくあった。そのたびにイーノックは「おおきに」と気さくに返していた。
オルガから聞いていたとおり、このイーノックという人物は商人からの信頼が厚いようだ。俺の作った農作物の販売については、ここに相談すれば問題なさそうだ。
建物の奥まった場所にある部屋の前でイーノックが立ち止まった。ここの扉は他の部屋の扉より立派そうな作りだ。ここがギルド長の部屋だろうな。
イーノックは部屋の扉を開いて中に入った。俺たちもそのあとに続いた。
「今帰ったでー」
「あら、総長。お疲れ様です。査察はどうでしたか?」
イーノックの声に返したのは、入口近くの机の前に座っていた金髪の女性だった。
短めのストレートの金髪に青い瞳を持つ、典型的なヨーロピアン美女だ。イーノックの秘書か? これはうらやましい。
「いや、アカンかったわ。伝票はすべて処分されとった。タルカスの奴、あの図体やのにやることは素早いわ」
「それは残念でしたね……。ところで、そちらの方は?」
金髪女性が俺に視線を向けた。
「ああ、この兄ちゃんか? タルカスの手下にシメられそうになっとるとこに偶然出くわしたんや。輩は既に兄ちゃんが倒しとって、ワシらの出番はあらへんかったわ」
「そうなんですか。凄い人なんですね」
そう褒められると、少し照れてしまう。
ここでメリルが二人の会話に割って入る。
「この人は商人ギルドの会計をしているエミリアさん。私が駆け出しの商人だった時にいろいろと教えてくれたギルドのベテランよ」
この金髪女性、エミリアさんはメリルの先輩らしい。確かにエミリアさんのシュッとした面持ちは知性を感じさせる。
「初めまして。俺の名前はカレタといいます。そして背中にいるピンク色のクモは……」
『ハロー。デンジャラスビューティーのクモモよ』
クモモは俺の後ろで脚を振って自己紹介した。
「ふふふっ。よろしく」
少し表情に乏しかったエミリアさんの顔に笑みが浮かんだ。
それからイーノックと俺たちは部屋の奥に進み、壁際に位置するひときわ大きな机の前にたどり着いた。
イーノックはそこの立派な革張りの椅子に深く腰掛ける。机の上には役職の札が立ててあった。『シールバーフレイム商人ギルド総長 イーノック・シエラ』。ここはギルド長であるイーノックの執務室だ。
メリルはその広い机の上にうなだれた。
「はぁ~ぁ。ルナが困ってるっていうのに、何もできなかったなー」
「ああいう輩のやることはどんどんとエスカレートしていくもんや。しょっぴくチャンスはいくらでもあるで。今は我慢や」
机に座ったイーノック総長はメリルに慰めの言葉を投げかける。
ルナとは俺とクモモが昨日教会で出会ったシスターの名前だ。メリルとは長い付き合いらしい。
ルナが取り仕切っている教会の食堂は食材の高騰で悩んでいた。メリルはそのことが心配なんだろうな。ルナさんはとても優しそうな子だったから俺も何とかしてあげたい。
タルカス商会は一体何の作物を独占してるんだろうか。ちょっと聞いてみるか。
「すみません。タルカス商会が農作物の流通を制限しているみたいですけど、どんな作物が影響を受けているんですか?」
俺の発言を受けてエミリアさんが書類をパラパラとめくり始めた。
「そうですね……制限されている主な作物は……トマト、ナス、イチゴ……それと、ミルクです」
「うぅ~。どうりで昨日買ったショートケーキにイチゴが乗ってなかったわけね」
メリルにとってはそこが気になるのか。
「このまま品不足が続くとこれらの作物価格が加速度的に上昇すると思われます」
エミリアさんが挙げた作物は消費量が多そうなものばかりだ。こいつらの供給が制限されると庶民は厳しいだろう。
だが不幸中の幸いにも、俺たちはそれらの制限作物をここに持ってきている。
「クモモ。風呂敷を広げて中を皆に見せてくれるか?」
『おっけー』
クモモは俺の背中から降りて、床に風呂敷を下ろす。そして風呂敷を広げて中の農作物を皆にお披露目した。
輝くような農作物の山を見て、メリルは目を丸くした。
「わぁ~、リバーサイドの村でも見せてもらったけど、本当に出来のいい農作物ね。まるで宝石を見てるみたい」
「トマトにナスにイチゴ……。カレタさんはタルカス商会が買い占めている農作物も栽培しているようですね。売ってくださると助かります。ですが、カレタさんのような個人農家の生産量だとタルカス商会に対抗するのは難しいと思います」
エミリアさんは冷静な表情を崩さない。
ふっふっふっ。だが案ずることなかれ。ここにある農作物は俺が作った作物の一部。山奥の自宅倉庫には、これらの作物が大量に保管してある。
「もちろんこれが全部じゃありませんよ。どれも自宅の倉庫に大量に保管してあります。そうですね……明後日、それぞれ10箱ぐらいここに持ってきますよ」
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