第42話 対立 異国の商人
窓から日差しが差し込み、黄金の事務机をギラギラと輝かせる。迫力のある動物のはく製が部屋の壁のそこかしこに飾られている。
ここはタルカス商会の最上階にある会長室。
俺とクモモとメリル、そしておでこの広い小柄なおっさんは、タルカス会長とその秘書のムーディー氏と机を挟んで向かい合っていた。
「ホッホッホッ。いやはや、申し訳ない。まさか私どもの地下倉庫に知らない悪党が侵入してようとは思いもしませんでしたな」
会話を切り出したのは、禍々しいまでにでっぷりと太った中年男、タルカス会長だ。横に立つムーディーは見下すような視線をこちらに向けていた。
「そんなわけないでしょ! しらばっくれないで!」
と、メリルは声を荒げた。
『そうよ、そうよ! レディのフェイスに傷をつけるなんて許せないわ!』
と、頭部を包帯でぐるぐると巻いたクモモがメリルに乗っかる。クモモは地下室でチンピラに頭をぶん殴られたので、とてもお怒りだ。
クモモの頭部にぷっくりと出来たたんこぶにはメリルからもらった薬草を塗り込んであるので、もう怪我は問題ない。
「おやおや、信用がありませんな。もしかして私どもが帝国出身だからですかな? もしそうだとするならば悲しいことですな。シルバーフレイムさんは帝国との友好条約を無下にし、私どもを差別しているということですからな。事と次第によっては帝国議会に陳情しなくてはいけませんな」
「いつまでそんな手を使うつもり? 外交問題になれば、私達だけじゃなくあなた達も無事じゃ済まないわ!」
先程からの話を聞くに、このタルカス会長とやらは外国から来た人らしい。つまりこのタルカス商会は現代日本における外資系企業みたいなものだろうな。
「メリル。お前は黙っとき」
興奮するメリルを諫めたのは、その後ろの方で言い争いを黙って聞いていた小柄なおっさんだ。この人の喋る独特な関西風異世界弁は初めて聞くな。この人も別の国から来た人なんだろうか。
「タルカスはん。作物を売りに来た農民をシメようとは、あんた中々大胆なことをしはりますな。大方、あんたんとこが独占しとる作物を売りに来たもんで、この人を取り込もうとしたんやろ。結果を見るに、拒否されたみたいやけどな」
おっさんは低く抑えた声でタルカスに語りかけた。一見優しいともとれるが、その裏には凄みが感じられる。
「イーノックさん。それは誤解ですな。私どもは健全に利益を追求し、お客様に笑顔をもたらす誇り高き帝国商人です。そんな下衆な真似はとてもとても……想像だにできませんな」
しらじらしい言い方だ。タルカスはニタニタと笑っている。
それにしても、今タルカスが口に出した名前、イーノック……。城でオルガから聞いたな。シルバーフレイムの長の名前だ。
この小柄なおっさんがそのイーノックか。タルカスの威圧感ある風体に全く物怖じせず、メリルの上長っぽい雰囲気を醸し出していたので、もしやとは思っていたのだが。
「あくまでシラを切りとおすつもりか。まぁ、それでも構わんで。うちの領主は有能や。あんたのケツ持ちと一緒に掃除されへんよう気いつけぇや」
「ホッホッホッ。怖い怖い。……ムーディー! 商人ギルド長様のお帰りだ」
タルカスは横に立つムーディーに一瞥もせず指示を出した。
「ははっ!」
即座に返答するムーディー。そしてすたすたと部屋の入口へと向かい、ぱっと扉を開けた。
「さぁ、早く出ていってもらえますかな。私どもはあなた方とは違って暇ではないものでして」
メリルとクモモはむすっとした表情でムーディーを睨みつけた。
「メリル。さっさと行くで」
「分かったわ」
と、メリルはイーノックの後に続いて部屋を出ていった。
部屋には俺とクモモが残されたが、どうも俺たちも出ていかなきゃならない雰囲気のようだ。
「それじゃ、俺たちもお暇します。おじゃましましたー」
『今日のところはこれぐらいにしておいてあげるわ!』
と、クモモは前脚を掲げて捨て台詞を吐いた。
―――
タルカス商会を出た俺たちは、シルバーフレイムの町中を歩いていた。
先頭はイーノック。その後ろに俺とメリルが並んで歩いていた。クモモは俺の背中に引っ付いている。重い。
メリルは先ほどのことが納得いかない様子で、まだ不満げな表情だ。
「う~、むかつくー。あの男の頭上に隕石が落ちればいいのに!」
メリルはかなり怒っている。しかし疑問なのは、ああいったあからさまな悪人がなぜ罰せられずに町の中心に居座っているかってことだ。
「俺たちがやられたこともそうなんだけど、農作物の独占とか他にも色々と悪いことをやってそうな奴らだったな。なぜもっと問題にならないんだ?」
「あのタルカスっていう男は隣の大国、ベルガドール帝国出身で、それなりに立場のある人物なの。友好条約の関係で、よほどの事じゃないかぎり手が出せないのよ。他の帝国商人もその状況を利用して質の悪い商売をしている人が多いわ。全員じゃないけどね」
ふーむ、外交特権みたいなものか。最近、日本でも大手自動車メーカーのCEOがそいつを利用して海外逃亡するという事件があったな。
「メリル。外でそんな話をするもんやないで。続きは本部に帰ってからや」
「はーい。すみませーん」
俺たちはイーノックに連れられて、中心街の外へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます