第11話 餌付け
「よーし、完成だ」
畑の周りに先端を極限まで尖らせた木の杭を敷き詰めた。これなら動物が柵を乗り越えようとしてもチクチクとして痛い。畑への侵入は防げるだろう。
だが畑の守りだけでは不十分だ。
『彼を知り己を知れば百戦あやうからず』、というようなことをどこかの兵法家が言っていた。
つまり相手のこともよく知ることが大切だということだ。あのピンク色のクモがどういう生き物なのかを見極めなくてはいけない。
確かあのクモは美味しそうにスイカを食べていたな。スイカを置いておけばまた食べにやってくるかもしれない。そうだ! 家の前にスイカを置いて、やってきたクモを観察するんだ。
その日の昼過ぎ。昼食を食べ終わった俺は、ログハウスの入り口の前にスイカを三個置いてみた。もちろんクモを警戒させないよう入口のドアは閉めてある。
俺はドアの横の壁裏に待機だ。ログハウスなので壁の丸太の間には少し隙間がある。ここから外を観察することができる。
数十分ほど待つと、予想通りあのクモがやってきた。
そのクモはまず畑の中に入ろうとしているようだった。だが張り巡らされた尖った木の杭のせいで中に入れない。周りでまごついている。
おっと、こちらのほうを向いたぞ。ログハウスの前に置いたスイカに気が付いたようだ。サササーッと素早く近づいてくる。
近づいてきたクモを見ると……やはりでかいな。大きな子供のサイズだ。
大グモは前足でスイカ押さえると、かぷっ! とかぶり付いた。シャクシャクとスイカの皮ごと果肉をどんどんと食い尽くしていく。あっという間に一個を食べ終わった。
大グモは残りの二個のスイカにも目をやった。右側に置いてあった方に近づくと、サッとかぶり付いた。
シャクシャクシャクシャクと一心不乱に食べまくっている。いい食べっぷりだな。お腹が空いているのだろうか。
二個目を食べ終わった後は当然のように最後の一個のスイカに近づいた。そちらもすぐに食べ終わってしまった。
大グモは近くに他のスイカがないことを確認すると、そのまま去っていった。
俺はクモが去ってから一呼吸置いたのちにドアを開けた。ドアの前には綺麗に食い尽くされたスイカの皮が残されていた。
凄まじい食欲だ。畑にバリケードを作っておいて良かった。
しかしあのクモ……どう見てもただの大きなクモなんだが、どことなく愛嬌を感じる。
食べ方も普通の野生動物のように散らかさないし、実は大人しい性格なのでは?
何とかあのクモをペットとして飼えないだろうか。
俺がこう思うのは、会社を辞めたせいかもしれない。ブラックな職場から解放されたのはうれしかったのだが、それと同時に同僚の小木曽のような感情を分かち合う仲間のいない生活の寂しさが意識されるようになってしまった。
ここは異世界で、仲間どころか人間自体がいるのかどうか分からない。そのことも寂しさを助長している感じがする。人間でなくてもいいから一緒に生活する仲間が欲しい。
さて、あのクモはスイカの食べっぷりから見るに果物が好きなようだ。それならば……。
―――
次の日、畑には色とりどりのフルーツがそこら中に実っていた。
昨日、ホームセンターでイチゴ、ブドウ、ミカンの苗とバナナ、パイナップルの株を買ってきて植えておいた。それが今日の朝には実をつけている。毎度のことながら異世界の祝福には驚かされる。
これらのフルーツは自分が食べるために買ってきたわけではない。もちろん食べてもいいのだが、主目的はあのクモの餌付けだ。フルーツ好きのあのクモを、俺の美味しい自作フルーツの虜にしてしまおう。
さっそく収穫したフルーツを木で作ったバスケットの中に盛り付けた。う~ん、自分で見ても素晴らしい。もし大手百貨店のフルーツ専門店で買えば数万円はするだろう出来栄えだ。
出来上がったフルーツの盛り合わせを入り口のドアの前に置いた。そして俺はドアの後ろに引っ込んだ。
俺が家の中に入ると、すぐにあのクモがやってきた。たぶん畑にフルーツが大量になっているので、近くで見ていたのだろう。
豪華フルーツ盛り合わせの前に陣取ったピンクの大グモは牙をカチカチと鳴らしている。かなり喜んでいるようだ。そしてフルーツを食べ始めた。
前足でバナナの皮を向いて中身だけを食べている。器用だな。
ミカンも皮をむいて一房ずつ食べている。やはりこのクモ、只者ではないな。
と、そこで大グモは食べるのを止めてしまった。フルーツバスケットの中にはまだブドウやらパイナップルやらが残っている。昨日の食いっぷりが嘘のようだ。
おもむろに大グモはお尻から糸を出して何かを作り始めた。風呂敷だ。しかも唐草模様。匠の技だ。
大グモは出来上がった風呂敷で残りの果物を包むと、すたこらさっさーと逃げていってしまった。
おそらく昨日のスイカでお腹が膨れていたんだろうな。だがその状態で残りのフルーツを全部持っていくとは、かなり食い意地の張ったクモのようだ。
これなら簡単に餌付けできそうだ。
―――
翌朝、玄関前にウサギの死体が置いてあった。ここが現実世界ならただの嫌がらせ以外の何ものでもない。
だが、ウサギの首元には見覚えのある噛み傷があった。大グモが食べ終わったスイカの皮についていたものと似ている。
おそらくあのクモが持ってきたのだろう。だがなぜ――。
ふと林の中を見ると木の陰に隠れてピンク色のクモがこちらを見ているのに気がついた。俺が視線を向けると、ぴゅーっと逃げていってしまった。
……もしかして、このウサギの死体は昨日のフルーツのお礼のつもりなのだろうか。
わざわざお礼を持ってくるとは殊勝なクモだな。ますますペットにしたくなってきた。
そういえば最近は農作物ばかり食べてばかりで、肉を食べてないなぁ。たまには肉を食べてみたい。たとえそれがウサギであっても。
俺は今までウサギを食べたことがない。フランスなんかでは一般的に食べられているらしいからきっと美味しいのだろうが。
よし。ウサギ肉料理に挑戦してみよう!
そうと決まれば、ネットでウサギのレシピをチェックだ。ウサギ料理は色々とあるが……作りやすそうなこれがいいかな。
まずはウサギの皮を剥ごう。本当は難しいはずだが、異世界の祝福を受けたナイフならサクサクと剥ぐことができる。
内臓も取ってきれいにしたウサギをバターを塗ったフライパンでこんがりと焼く。獣臭いかと思ったが意外と癖のない匂いだ。
ウサギに十分火が通ったら、手で身を小さく引きちぎってほぐしてやる。それを別のボウルに入っている玉ねぎやジャガイモで作ったフィリングに混ぜ合わせる。
別に用意しておいたパイ生地の器にウサギ肉を混ぜ込んだフィリングを詰めて、オーブンレンジの中へ。
オーブンレンジは異世界の祝福で3万度まで温度が上がるので、温度の調整には注意だ。
200度で30分間焼けば、ウサギのミートパイの完成。う~ん、いい匂い!
ワンホールのパイを食べやすいように扇状に6分割。そして一切れをパクっと一口。……おおっ! 淡白で食べやすい。
ウサギ肉は野生の獣とは思えない上品な味だ。それでいて物足りないということもない。一緒に混ぜ込んだ玉ねぎなどの野菜がさらに深い味わいを与えている。
残りのパイは5切れ。今日は天気がいいから外のテラスで食べるとしよう。
パイをもってログハウスの横のテラスに移動。木の椅子に座って優雅な朝食だ。
林の間を吹き抜ける涼しい風を受けながらミートパイを美味しくパクパクと食べていると、あのピンクの大グモがいつの間にか近くに来ているのに気がついた。
こちらをじっと見ている。少し警戒しているようだ。
「お前も食べるか?」
俺はパイを一切れ取って大グモの前に差し出した。
大グモはそろそろと近づき、パクっとかぶり付く。すると小さなパイをガツガツとむさぼって一瞬にして平らげてしまった。どうやらウサギパイを気に入ったらしい。
大グモは口をカチカチと鳴らしている。もっと欲しいようだ。
「ここに居れば、パイも美味しいフルーツも食べ放題だぞ。俺と一緒に暮らしてみるか?」
大グモは『うんうん』と頷いた。
パイをもう一切れ大グモの前に出すとすぐに食いついてきた。
よし。餌付けは成功だな。
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