第10話 会社辞めました
今日は木曜日。朝から農作物の収穫だ。
昨日最初の作物を収穫し終えて空になったはずの畑は青々と茂っている。遠くから見てもスイカとメロンの大玉がゴロゴロとそこら中に転がっているのがわかる。
畑の中に入ってまず枝豆を植えた畝の方に足を運んだ。大きな葉っぱの下に隠れた茎には大量の枝豆が連なっていた。茹でて食べると美味しいだろうな。
その隣に見えるハート形の大きな葉っぱはサツマイモだ。小学生の時にサツマイモ掘りに駆り出された思い出が蘇った。
土を少し掘り返すと丸々と太ったサツマイモが出てきた。見ただけでお腹いっぱいになりそうだ。
そのまた隣にある背の高い植物はトウモロコシだ。太い茎の中央にある実をぐいっとねじり切る。
細長い緑色の皮に包まれたトウモロコシは見るからに健康的だ。皮を引っぺがすと中には黄金色のつぶつぶが。よく熟しているようだ。
異世界の畑は今日も大豊作だ。片っ端から収穫していった。
農作物を箱にぎっしりと詰め込んで、それを倉庫にせっせと運び込む。あれ? 置く場所がないぞ。
そろそろこの倉庫も狭くなってきたな。もう一棟新しい倉庫を建てるとするか。
だがその前にお昼のようだ。俺の腹の虫がぐぅ~っと鳴った。
今日の昼飯は、当然ながら今日取れた作物だ。トウモロコシ、サツマイモ、枝豆、スイカ、メロンと今日収穫したものは食べやすいものばかりなので食事の準備は楽だ。
トウモロコシとサツマイモと枝豆はそのまま電子レンジに放り込んで0.0005MWで調理する。サツマイモだけは水分が蒸発しないようラップにくるんで入れた。
スイカとメロンはまな板の上に置いて、包丁で八等分に切り分ける。これで今日のお昼ご飯の完成だ。
まずは湯気の立ち昇るサツマイモから食べてみよう。ほふっ、ほふっ。熱い。だが旨い。
サツマイモの中から甘い蜜があふれてくる。シロップのかかった大学イモより甘いんじゃないかと思うほどだ。
次は枝豆を一つまみ。心地の良い塩気が口の中に広がる。居酒屋で出てくる味の薄い安物とは違ってしっかりとした旨味がある
スイカもメロンも瑞々しくて味が濃い。やはり自分の畑でとれた作物は最高だ。
午後は新しい倉庫の建築に取り掛かった。拠点の周囲に山ほどある森の木々から丸太を作り、それらを組んで倉庫を作り上げる。前の家作りと倉庫作りで慣れていたので、時間をかけずに簡単に作ることができた。
新しくできた倉庫に残りの農作物を運び込む。これで完了だ。
俺は農作物でいっぱいの倉庫を眺めて満足していた。
異世界での農業生活が想像以上に上手くいった。この調子なら、ずっとここで暮らしていけそうだ。もう会社に行って給料を稼がなくても生きていけるだろう。
よし。会社を辞めよう!
―――
次の日。久々にスーツを着て出社の準備だ。
ネットメディアには相変わらず日本についての悪いニュースばかりが並んでいた。
その中でも特に大きいものは、『沖縄がアメリカに売却される見通し』というニュースだろう。このニュースに便乗してインターネットオークションサイトの『ヤフカリ』では、沖縄の特産品のちんすこうが法外な高値で出品されているらしい。なんて不謹慎な。
沖縄か……。一度は行ってみたいんだけど、まだ行けていないなぁ。もし海外になってしまったら簡単に行けなくなっちゃうな。
日本の破綻以来、日本国民は渡航が制限されている。海外脱出する人が続出して日本経済がさらなる苦境に陥ることを防ぐための政策らしい。大企業の要人でもない限り海外旅行をすることはできない状況だ。
ふぅ。少し暗い気持ちになってしまった。だが今日は、スーパーブラックな日本の労働環境から抜け出す記念日だ。気を強く持たなくては。
俺は普段と同じ調子で駅に向かった。
駅の人の数はいつもより少なかった。辞表を書くために早く出てきたので、通勤時間とかぶっていない。電車も止まってないようだしスムーズに出社できそうだ。
しばらく待つと、ホームに電車が入ってきた。俺はその正面を見てギョッとした。
電車のフロントガラスは全体的に大きく割れてひびが入っていた。そして割れている箇所の周囲には、血のりと長い髪の毛がびっしりとついていた。
よくあのままで運行しているな。あれで前が見えるのだろうか。自動運転だから大丈夫ではあるんだろうが……。
電車に乗っている間は、人が飛び込んでこないかずっと不安な気持ちだった。
会社に到着後、すぐにオフィスの自分の机に向かって辞表を書き始めた。
本当なら辞表は辞める何か月か前に出す必要がある。だが日本破綻の影響で、会社を辞めたくなったらいつでも辞められるように法改正されている。だから辞表を出してその日のうちに会社を辞めても問題ない。
俺は辞表をさらさらと適当に書いて仕上げた。
おっ、大和田部長が出社してきたぞ。さっさと辞表を渡して会社とおさらばしよう。
俺はすぐに大和田部長のもとに駆け寄り、辞表を渡した。
辞表を受け取った大和田部長は、予想通り怒り狂った。額に血管が浮き出ている。
「どこに転職したのかは知らんが、お前みたいなやつはどこに行っても通用しないぞ」
「お心遣いありがとございます。ですが、ちゃんと通用することを確認してから辞表を出していますので御心配は無用です。今までお世話になりました」
「チッ! さっさと出てけ! そして野垂れ死ね!」
大きな舌打ちと悪態。日本破綻の影響でこの人も変わるかと思ったが、結局最後まで変わらなかったな。
今後も部長は周囲に悪意を振りまき、そして自分の首を絞めていくのだろう。だがもう会社と縁が切れてしまった俺にとっては、そんなことはもはやどうでもいいことだ。
俺は荷物を抱えて外に出る。そこでふと立ち止まって自社ビルを振り返った。
こんなブラック企業でも長い間務めていたので、いざ辞めるとなると少し寂しい感じがするな。
だがこれから本格的に異世界での新生活が始まる。気落ちしてなんていられない。
俺は異世界で生き抜く決意を胸にし、帰途についた。
―――
帰宅後すぐに御朱印ズゲートを通って異世界へ。
さーて、今日は何をしようかなーっと……ん? 何だあれは?!
俺の目線の先にはピンク色の物体……ではなくピンク色のクモがいた。
俺が驚いたのはそのパステルピンクの珍しい色にではなく、その大きさだ。12歳の子供くらいの大きさがある。
世界最大のクモでも20センチくらいだぞ。これは世紀の大発見だ。
大グモは、氷水を張ったタライに浸してあるスイカをかじっていた。俺が後で食べようと思っていたものだ。
ピンクの大グモがこちらを向いた。俺と目が合うと、「しまった!」といった感じの表情をする。
俺が近づこうと一歩進むと、大グモはぴゅーっと逃げていってしまった。
あのクモを捕獲して現実世界で売れば大金持ちなのだが、この世界の物は現実世界には持ち込めない。残念だ。
かじられたスイカを見ると、赤くて美味しいところだけが綺麗に食べられていた。
農作物は腐るほど余っているので、勝手に食べられても惜しくはない。だけどあんな巨大生物に畑を荒らされると困るな。
いやいや、それだけじゃないぞ。よくよく考えてみるとあんなにでかいクモがいたら危ない。農作物どころか俺がかじられる可能性がある。
今まで農業のことばかり考えていて、異世界の生き物に対して何も考えてこなかったな。ここは地球とは違う異世界だ。どんな凶悪なモンスターが潜んでいるのか分からないぞ。
最近何もかもがうまくいきすぎて気が緩んでいるところがあったな。ちょっと反省だ。
何らかの対策を考えなくては。
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