第4話 下準備

金曜日の夜。仕事で疲れて死にそうになりながら帰ってきた俺は、すぐにベッドに横たわった。


この一週間はあまりにも忙しくて異世界の調査がほとんどできなかった。日本破綻の混乱で、いつもとは違う無駄な仕事が大幅に増えたからだ。


分かったことといえば、異世界の物は現実世界には持ち込めないということぐらいだ。


先日、異世界の森で採集したリンゴをアパートの部屋に持ち帰って食べようとした。だがリンゴは現実世界に持ち帰ることができなかった。


残念だ。もし持ち込めるなら、異世界のリンゴをこちらの世界で売ってお金を稼ぐことができたのに。


俺はベッドの脇の床にある『御朱印ゴシュインズゲート』に目を落とした。ゲートは煌々と光り輝いている。


明日は土曜日。うちの会社は完全週休二日制でないので土曜日は休みとは限らないが、幸運にも明日は休日だ。今日は早めに寝て、明日ゆっくりと調査しよう。



―――



次の日の早朝。早起きした俺はアパートの近くにある開店時間の早いホームセンターでノコギリを買ってきた。リンゴの大木を伐採するためだ。


百発百中の投げナイフがあるとはいえ、リンゴを一個一個落として採集するのは手間だ。木を切り倒して一網打尽にするつもりだ。


異世界への移住には食の確保が不可欠だ。食料はいくらあっても困らない。消費税30%の現実世界で食料を買うのはお金がかかりすぎるからな。


俺は大きなノコギリを肩に担いでゲートをくぐった。


「さーて。まずはゲートの近くの木から切り倒していくか」


ゲートがある場所は大木が鬱蒼と生い茂る原生林のど真ん中。木が邪魔でゲートへの出入りが大変だ。


俺は一本の木の前でノコギリを構えた。自分の背丈の十倍以上の大木を目の前にすると少し不安な気持ちになってきた。


木を切るのってどのくらい労力がいるのだろうか。俺は木こりではなく普通のサラリーマンだ。木を切り倒した経験なんて無い。


だが、深く考えていても仕方がない。仕事じゃないんだから、どれだけ時間がかかろうとも切り倒すことができればいいんだ。


ノコギリの刃を大木の幹にぐいっと押し当てた。するとあまり力を入れてないのに刃が幹に食い込んだ。


「あれ?」


木の幹のあまりにも柔らかい感触に調子が狂う。そのまま力を入れてノコギリを横にひくと、幹の3/4の太さくらいまで切れてしまった。


「木ってこんなに柔らかかったっけ?」


もちろんそんなはずはない。果物ナイフの例のように、御朱印ズゲートを通ったことでこのノコギリには神の祝福が与えられているようだ。おそらくこのノコギリに与えられた祝福はケーキを切るように木を切ることができるというものだろう。


メキメキっと音がした。今切った大木がこちら側に倒れてくる。


「うぉぉっ、危ねぇっ!」


すぐさま横に飛びのいた。俺がさっきまでいたところに大木がズドーンっと倒れこんだ。


あぶないあぶない。危うく押しつぶされるところだった。


倒木の枝の先にはリンゴが大量になっていた。それを片っ端からもぎ取っていく。あっというまに両手で抱えきれないほどのリンゴが取れた。これで食べ物の心配はいらないな。


俺はその後の1時間で50本以上のリンゴの木を切り倒した。


「ふ~っ。これでゲートの周りはすっきりしたな」


御朱印ズゲートは空から降り注ぐ陽の光を受けてキラキラと輝いている。なんとなく神聖で神々しい感じがする。


だけど……ゲートの周りには切り倒した大木が散乱している。木を切り倒す前よりゲートの出入りの邪魔になってしまっている。倒木を掃除しないと。


素手で樹木をつかむと手をすりむいてしまうだろう。こういう時のために軍手を用意しておいた。


両手に軍手をはめて倒木の一本を掴む。そしてひょいっと持ち上げて脇にどかした。


あれ……この木、ものすごく軽いんですけど。


見るからに重そうな大木があまりにも簡単に持ち上げられたので拍子抜けしてしまった。


もしかして木って見た目ほど重くないのでは?


木の重さが気になったのでスマホの樹木重量計算アプリで計算してみた。するとこの異世界のリンゴの木は一本5トンとの結果が出た。


うん、重いな。明らかに人が持ち上げられる重量ではない。


30kgの米袋を持ち運ぶのも大変なのに、5トンの倒木を振り回せるくらい軽々と持ち上げられるわけがない。


手の平に目を落とした。この軍手の効果だな。こいつには重いものも軽々と持ち運べる祝福が付与されているようだ。


「これなら掃除は楽勝だな」


5分ほどでゲートの周りを塞いでいた倒木を取り除くことができた。倒木はゲートの周りの広場の隅に固めて置いておいた。


さて、木を運んでいる最中に思いついたことがある。


こんなに簡単に木を切ったり運んだりできるのならば、ログハウスも簡単に作れるのでは?


移住するにあたって必要なものは『食』だけじゃない。『住』も大切だ。


思い立ったが吉日。何でも試してみよう。ログハウスの作り方はネットの動画サイトで確認すればいい。


さっそく動画アプリを立ち上げた。だがネットワーク接続エラーが出てきて動画を見ることが出来なかった。


そういえばここは異世界。携帯電話会社の基地局が存在しないのでネット接続ができないんだった。


俺は一旦アパートの自室に帰ってログハウス作成動画をダウンロードした。これならオフラインでも動画を見ることができる。


異世界に戻った俺は動画を見ながら見様見真似でログハウスを組み立てていった。


そして昼前には自作のログハウスを完成させることができた。


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