第20話 決戦、大深度地下空洞

体全体が気持ちの悪い浮遊感に包まれる。


「うぉぉぉっ! 落ちるぅぅぅっ!」


落とし穴がどれほどの深さかは知らないが、このまま底に叩きつけられたら死んでしまう。パラシュート無しのスカイダイビングなんて冗談じゃない。


俺の隣で一緒に落ちていたクモモがガシッと俺の体を掴んだ。そしてクモモはお尻から出した粘着糸を壁に向かって飛ばした。


ぐいんっ! っと俺の体が上方に引っ張られた。糸の抵抗で落下速度にブレーキがかかる。


そのままどんどん速度が減速していき、ついには静止した。


俺の足元、数メートル下には洞窟の床があった。ふぅ、助かった。


クモモはそこからゆっくりと糸を下ろして、俺を床に着地させた。クモモも糸を切ってポトッと床に着地する。


落ち着いてから辺りを見回してみた。ここはかなり大きな空間のようだ。ライトの光が天井に届かない。東京ドームより大きいんじゃないだろうか。


さっきいたところからかなり落下してしまったが、クモモの粘着糸があれば戻ることは出来るだろう。


しかし謎なのはあのゴブリンの数だな。たった五匹しかいなかった。俺の自宅を襲ったあの大勢のゴブリンは一体どこに行ったのだろうか。


スマホのアプリで発信機の場所を確認してみよう。


「これは……!」


ソナーアプリの画面にはゴブリンを現す光点が画面に収まらないくらい大量に表示されていた。


グルルルル…………


その時、どこからか腹の底を震わせるような低いうなり声が聞こえた。


その唸り声は前方から聞こえてくるようだ。俺とクモモはおそるおそるそちらにライトを向けた。


そこにいたのはゴブリンの大軍だった。


汚い緑色の皮膚が互いに触れ合わんばかりに密集している。凄まじい数だ。1000……いや、2000匹はいるだろう。


「グギャッ、ゴゲッ!」


何匹かのゴブリンがこちらに気付いた。言葉で何やら仲間に伝えている。……これはマズいぞ。


ゴブリンの大軍はこちらにじりじりと近づいてきた。牙をギリギリとすり合わせてこちらを威嚇している。かなり気が立っているようだ。


「クモモ、逃げるぞ!」


俺はクモモと一緒に後ろの方へ走り出した。それにつられたようにゴブリンの大軍もドタドタとこちらに走ってくる。


これだけの大軍、『電槍パルチザン』でさばききれるだろうか。


いや、心配している暇はない。やるしかない。


「くらえっ!」


俺は槍から発する電撃をゴブリンの先頭集団に浴びせた。耳障りな雄たけびとともにゴブリンの体が崩れ落ちた。十数匹を始末できたようだ。


電撃攻撃は有効のようだが、それ以上にゴブリンの数が多い。


大軍の進行は止まらない。俺とクモモは逃げる一方だ。


俺達は全速力で逃げつつ、時々振り返って電気槍の電撃をゴブリンの大軍に食らわせた。


「なんてこったい……」


俺たちが走ってたどり着いた先は行き止まりだった。


振り向くと、ゴブリンの大軍が近づいてきている。


俺は『電槍パルチザン』を構えて手元のボタンを押した。


カチッ、カチッ。


電撃が放出されない。電池切れのようだ。ついてない。


電気槍が作動せず戸惑っていた俺に向かって、大軍から先行して走っていたゴブリン数体が飛び掛かってきた。


バサッ!


飛び掛かってきたゴブリンに網が覆いかぶさった。クモモが網を作って投げたようだ。


ゴブリンの手足が網に絡まっていて動けずにいる。助かった。


だが絶体絶命のピンチは継続中だ。その後ろからはゴブリンの大軍が小石を跳ね上げながら走ってきていた。


俺に残された手段はただ一つ。


「クモモ、俺の後ろにいろ!」


網を投げるために俺の前に出ていたクモモはスササッと行き止まりの方に退避する。


俺は懐から2冊の御朱印帳を取り出した。2冊の御朱印帳は離れないように互いにひもで結ばれている。


その御朱印帳を洞窟の床に輪っかのように広げた。輪っかの中が虹色に光り、現実世界へのゲートが完成する。


そして御朱印ズゲートの中に手を突っ込んだ。


中から取り出したのは――電子レンジだ。


普段は調理のために異世界のログハウスに置いてあるのだが、こんな時のために現実世界のアパートに移動させておいた。


電源コードはアパートのコンセントに繋がっているので、電子レンジをこのまま使用することができる。


俺は電子レンジの出力設定のつまみを500MWに設定した。そしてレンジの扉をあけ放って、近づいてくるゴブリンの大軍に向けた。


「メガワット級のマイクロ波をくらえっ!」


そしてレンジのスタートボタンをポチっとな。


「グワワァ-ッ!」


電子レンジを作動させるや否や、ゴブリン共が悲鳴を上げだした。


ゴブリンの体表を見ると、その緑色の皮膚はまるで沸騰しているかのようにパチパチと弾けていた。


500MWのマイクロ波がゴブリンの体内の水分を一気に熱し、蒸発させているのだ。


ゴブリンは体内の水分を一瞬にして失い、カラカラになってしまった。さらにマイクロ波を当て続けると発火を始めた。


ゴブリン達は悲鳴を上げて逃げ惑う。皮膚を炭化させながらそこらじゅうを転げまわっていた。


その悲鳴が止むのにはそれほど時間はかからなかった。


聞こえるのはパチパチと何かが弾ける音だけ。辺りには焼け焦げた匂いが漂っていた。


ライトで照らしてみると、目の前にはただの黒い炭となったゴブリンだったものたちだけが洞窟の床に散らばっていた。


2000匹を超えるゴブリンのレンチン完了だ。


俺は後ろで縮こまっていたクモモの方を振り向いた。


「さあ、帰ろう」


クモモは安堵した様子で微笑んだ。

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