第6話 異世界に引っ越し

朝。小鳥のさえずりで目が覚めた。


外に出て冷たい空気を思い切り吸いこむ。気持ちのいい朝だ。


この世界が気に入った。コオロギとゲジゲジが大量に出没するあの汚いボロアパートからこっちに引っ越してしまおう。


この異世界では現実世界から持ち込んだ道具が強化されてとんでもない効果を発揮する。おかげでソーラー発電機が一台あれば電気に困らない。


電気の心配がないので電化製品も異世界に持ち込んで使うことができる。


よし。快適な異世界生活のためにアパートにある電化製品を全部こちらの世界に持ってこよう。


さて、どの電化製品から運び込もうかな。と考えていたところ、お腹がぐぅぅ~っと鳴った。まずは朝飯を食べないと。


昨日収穫したリンゴが大量に倉庫に置いてある。早めに食べないと腐ってしまうな。だがリンゴを生で食べるのはもう飽きた。なので焼きリンゴにして食べてみよう。


焼きリンゴを作るためにまず電子レンジを自室から持ってきた。


リンゴを丸ごと一個を皿にのせて、それを電子レンジの中へ。出力設定のダイヤルを500Wに合わせて、タイマーをセットしてスタートだ。


ボンッ!


スタートボタンを押した瞬間にレンジから爆発音がした。急いでレンジの扉を開けると焦げ臭い匂いが漂ってきた。


レンジの中には確かに入れたはずのリンゴの姿が跡形もなかった。粉々に砕けた炭のようなものだけが庫内の底に残っていた。


「い、いったい何が起きたんだ?」


電子レンジを詳しく調べてみると、出力表示の単位が『MW』になっているのに気がついた。


「もしかしてこの『MW』の表示は……メガワット?」


メガは10の6乗。百万倍という意味だ。つまり俺は500Wで調理したつもりが、500000000Wで調理してしまったというわけだ。


異世界の祝福効果で電子レンジが高性能化しすぎたらしい。原発なみの高出力でリンゴが皿ごと消し炭になってしまった。こいつは出力の調整が面倒くさそうだ。


レンジのダイヤルを指先でちょんちょんとつついて少しづつ出力表示を調整する。よし、何とか0.0005MWに設定できたぞ。これで500Wだ。


新しいリンゴを電子レンジに入れてチンする。先ほどと違って扉を開けるといい匂いがした。


電子レンジで作った焼きリンゴは見た目も美味しそうだ。パクっと一口食べてみると甘さが口いっぱいに広がった。生のような歯ごたえはないが甘みは数段上だ。


甘いので一個食べただけで小腹が満たされた。


今日は日曜日。明日はまた仕事だ。今日のうちに引っ越しを終わらせるために、電化製品をどんどんと運び込んでいこう。


次は冷蔵庫を持ってきて据え付けた。レンジの時のように失敗しないよう、こいつにどんな祝福効果がついているのかを調べておく必要があるな。


庫内の温度調整ダイヤルを見てみると、目盛りに-273度との表示があった。

冷蔵庫の祝福効果は-273度まで庫内の温度を下げられるというものらしい。凄いな。液体窒素も作れそうだ。


でも現実にはこんな低温は利用する機会がない。アイスを保存するにしても、あまりに低温だと固くなりすぎて食べられなくなるからな。


さらに次はクーラーをアパートから引っこ抜いて持ってきた。配管に少し手間取ったが何とか設置完了。


さっそくリモコンで電源オン。するとログハウスの室内がすぐに涼しくなった。一瞬で設定温度になるらしい。温度設定は±100度まで出来るようだ。


100度に設定すればサウナに使えそうだな。-100度は……南極気分を味わうのに使えるだろう。


その他に、タンス、机や棚など部屋の中に置いてあったものをほとんど移動させた。


最後にパソコンとWi-Fiルーターを運び込んで終了だ。ネット接続のためにアパートの壁のLAN端子から長いLANケーブルを御朱印ズゲートを通して伸ばしてきた。これで異世界でもネットが使えるぞ。


色々と電化製品を異世界に持ち込んだが、電力は大丈夫だろうか。ソーラー発電機を見てみると消費電力の針は全然動いていない。まだまだ余裕があるようだ。500MW出力の電子レンジにも耐えられたし凄い性能だ。


元の部屋はもう空っぽだ。仕事をやり切ったって感じがする。


やるべきことが終わってしまうと憂鬱な気分が襲ってきた。


はぁ……明日は会社だな。行きたくないな。ずっとここにいて自分だけの住処を作っていたい。今すぐ会社に隕石が落ちてきて消滅しないかな。


などと荒唐無稽なことを考えてしまう。最近仕事が忙しかったから自分でも気付かないうちに不満が溜まっているのだろう。


午後はあまり活動する気が起きなかったので、だらだらとネットを見ながらゆっくりと過ごした。



―――


ジリジリジリジリー!


次の日の朝、目覚まし時計が大音量で鳴り響いた。元の世界で鳴っていたらアパート中どころか町内全域に轟くほどの音量だ。


異世界に持ち込んだ影響でアラームの能力がパワーアップしているらしい。幸い音量調節ができるので、音を小さくしておいた。


今日は月曜日。社会人にとっては最も憂鬱になる日である。


まずはネットで朝のニュースチェックだ。


日本破綻の影響でニュースサイトには物騒な見出しが躍っている。金融庁に10tトラックが30台以上突っ込んだり、この土日2日間の自殺者数が10000人を超えたり、などなど。


「大変だなぁ。これからどうなるんだろ……」


悪いニュースばかり見ているとこちらの気まで滅入ってくる。


俺だっていきなり給料を9万8千円に減らされたばかりだ。もし異世界につながるゲートが無かったら、今後の日本社会を悲観して悪いニュースの当事者になっていたかもしれない。


消費税が10%だった昔ならともかく、今は消費税30%だ。現在の手取りでは日々の生活すらままならない。老後の貯金なんて望むべくもない。


年金だって受給開始年齢は90歳になってしまった。男性の平均寿命を超えてしまっている。全くあてにできない。


朝食のリンゴを食べてスーツに着替えた後は、重い足取りに鞭打って御朱印ズゲートをくぐった。


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