天装戦人 DUN∀ID

こうけん

第1話 量憑獣クアンタムビースト

 ――大丈夫……だから君が生きろ! 


 一瞬の出来事だった。

「ぽっ?」 

 鋼鉄のアギトは人間を頭から喰らいつき、身にまとう鎧共々咀嚼して呆気なく胃袋に納めてしまう。

「そ、蒼太そうた!」

 柊朱翔ひいらぎ あやとは喰われた仲間に届かぬ手を伸ばす。

「おい、柊、しっかりしろ!」

 仲間の一人が右肩を掴み、今まさに助けへ飛び出さんとする朱翔を制止する。

 今飛び出していれば取り囲む鋼鉄の狼五匹が朱翔の肉体を貪り喰い尽くしていただろう。

 狼の体躯はどれも総じて大型バイクほど。

 幽霊のように定まらぬ輪郭を持ちながら狼たちは確固たる鋼鉄の身体を持っている。

 彼の者の名は敵対的量子生命体――量憑獣クアンタムビースト

 異世界より霊魂のような量子核クアンタムコアの姿で現れ、現世で活動するための器として憑依した機械を獣の形に組み替える。

 そして目的を語らぬまま人類を喰らい続ける敵だ。

「くっそ、もう三人しかいないのかよ!」

 反りの入った日本刀を構えながら朱翔は現状を噛みしめる。

 最初は八人いた――今は三人だった。

 昼休み、彼らは久々のゆったりとした食事を取っていた。

 そこに鳴り響くのはクアンタムビースト出現警報。

 現場に一番近いこと、対応可能な小隊が彼らだったことでゆったりとした時間は裏返る。

 即座にアーマーを身につけ、対ビースト用武器を手に出撃。

 出現したクアンタムビーストはランクBの狼型が三体。

 全員がA級ハンターライセンスを持つ小隊にとって単独でも討伐できる敵だ。

 交戦規定では一人であろうと、小隊であろうと一人一人の報酬に変化はない。

 変化するのは討伐難易度だけだ。

「どうしてこうなった!」

 八人で三匹の獣を討伐する。

 どちらが獣か分からぬ一方的な戦闘が終わりを迎えた瞬間、状況は一変する。

 状況確認を怠った蒼太は気の緩みを突かれ、頭から飲み込まれた。

 他の仲間も突如として脇に出現した狼たちに対処できず、餌食となる。

 狩る側が狩られる側に逆転する光景が一瞬で出来あがった。

「こいつらにテレポート機能があったなんて聞いてないぞ!」

「アップデートされたんだろう!」

 癇癪染みた言葉を吐き出す仲間に朱翔は言い返す。

 クアンタムビーストの最大の恐ろしさは、大小構わずあらゆる機械に憑依することではない。

 生物が学習するように、世代を経て進化を重ねるように、個々の量憑獣は戦闘を重ねることで経験として学び、独自のネットワークによる情報共有にて量憑獣全体を成長進化アップデートさせていく――つまり戦えば戦うほど人類側は劣勢に立たされる。

 本来、狼型は不可視迷彩による透明化、熱量欺瞞、低探知性ユニットによる索敵レーダーの無効化など奇襲に特化したタイプであり、遠距離を一瞬で跳躍移動するテレポート機能など持ち得なかった。

 成長進化が奇襲性能を昇華させ、テレポート機能を顕現させるなど攻められる側として死活問題のはた迷惑だ。

「テレポートを使う奴が増えたら……」

 仲間の一人がライフル握る手を震えさせ怖気た声を絞り出す。

 空間を移動するテレポートに防壁や遮蔽物は意味を為さない。

 堅牢な要塞だろうと内部への侵入を呆気なく許す。

 常に先手を獲られ続け、人類側は侵攻理由が分からぬまま駆逐されるだろう。

「援軍の要請だ!」

「けどよ、援軍なんて!」

 朱翔の脳内人名録に該当者は一名もいない。

 何一つ覚えていないのだから、誰一人知らない。

 今の仲間たちも朱翔の友人だろうと、朱翔は知らない。覚えていない。本当に、本当に記憶にございません。

 幸いにも通信妨害のジャミングはかけられていないからこそ要請は行える。

「応援メモリに保存されているだろう! いいから早くしろ、呼べるのはお前だけだろう!」

 急かす仲間は狼型に抑え込まれ、肉薄する牙をアサルトライフルの銃身で受け止めている。

 受け止めているだけで精一杯。

 押し込まれた銃身に小さな亀裂が生まれ、前足の爪先が左肩に触れんとしている。

「くっ!」

 歯噛みする朱翔は指を振るい、援軍要請の投影ディスプレイを展開する。

 要請可能欄に知らぬ名前とアイコンが幾つも並んでいる。

 誰を押す。誰に頼む。

 覚えていない故に、朱翔の指は迷っていた。

「キター!」

 アサルトライフルごと人間を噛み砕かんとした狼は右側面からの狙撃により頭部をザクロの如く砕かれた。

 どの狼も一斉に狙撃主へと顔を向けるも、走る赤い閃光にて視界を塞がれる。

 狼たちが牙を剥き出しにした時には、四肢を容赦なく跳ね上げられていた。

「ぼっとしない!」

 快活で鋭利な声音が朱翔の背中を叩く。

 刀を握りなおした朱翔は赤き軌跡を追うように駆けだした。

「右から来ますわよ」

 狙撃手か、銃弾と共に穏やかな声が飛ぶ。

 声に反応した朱翔の身体は透明化した狼の右からの飛び掛かりを身を屈めて回避すれば、返し刀で切り上げる。

「くっ、浅い!」

 刀握る手より伝わる振動は紙を撫でたような軽さだ。

 刃は狼の装甲表面に傷をつけただけで、反撃の爪が朱翔に迫るも三連続で放たれた銃弾が狼の身体を跳ね上げ、距離を作る。

「んなくそおおおおっ!」

 その援護狙撃に見惚れる暇などない。朱翔は腹丸出しで倒れた狼目がけて力強く踏み込めば、腰の力を活かした突きを放つ。

 確かな手ごたえの振動が腕を介して朱翔に伝播した。

「他は?」

 量子の塵となって消える狼を前に朱翔は警戒を密にして周囲を見渡せば、赤き残光を視認する。

 残光の正体は少女まとう赤き鎧より発する燐光だった。

 小柄ながらも身に纏う鎧は灼熱色のように輝き、敵味方双方に存在感を示している。

 手に握るのは朱翔と同じ日本刀。

 記憶では同型同性能のはずが、ただ振っただけで狼の足は切り飛ばし、胴体を真っ二つとする。

 少女が振り下ろした間隙を突くように別の狼が身を低くして迫るも、遠方から放たれた銃弾が狼を胴体から真っ二つにした。

「ナイス狙撃、流石は白花(はくか)!」

 圧倒的だった。

 瓦解しかけた小隊は二人の登場により態勢を立て直していく。

 一人は刀を持った近接型、もう一人は正確無比の狙撃型。

 残された狼型二匹は交互に飛び交うことで狙撃を撹乱すれば赤き少女に挟撃をかけてきた。

「そっちよろしく!」

 少女は日本刀を正面で構える正眼の構えを取った。

 滑り込むように少女と背中合わせで立った朱翔もまた同じように正眼に構えていた。

「面えええええええんっ!」

「せいはああああああっ!」

 裂帛の気合いを発した男女は正面から迫る狼型を大上段で両断した。

 狼型は揃って左右真っ二つとなり、量子の塵となって消える。

 次いで盛大なファンファーレが鳴り響き、上空に文字が表示された。


<Mission Cleared>と。

 

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