第36話 二人だけの救出作戦

 ――多細胞の生物は一匹残らず消してやる!


 敵巨大宇宙船に乗り込んだ朱翔とみそらは大歓迎を受ける。

「せいやっ!」

 朱翔が強く一歩踏み出すと共に突き出された正拳が宇宙イカを粉砕する。

「どりゃっ!」

 みそらの腕より伸びる光の剣が宇宙ナマコを輪切りにする。

「この船は宇宙で漁でもしていたのかね?」

「ならどっかに海産物卸す港があるってことだ」

 歓迎するのはフロンティアⅦに現れた宇宙タコだけではない。

 イカ・ナマコ・カニ・エビ・サメと地球に生息する似て非なる海洋生物たちである。

 どれもが朱翔とみそらを侵入者とみなし、攻撃してくる。

「なら僕たちは海産物扱いってことか!」

「俺様、ナマコ嫌いなんだけどな!」

 赤と青の人型の力がなければ今頃はB級ホラー映画如くバッドな結末を迎えていただろう。

 現状では朱翔の手から散弾として放たれる光線が宇宙サメの表面を穿つ。みそらの放つ回し蹴りは宇宙カニを蹴り飛ばすだけでなく、足先から伸びる光の刃が離れた位置にいる宇宙エビを両断する様であった。

「意思疎通は無理そうだな」

「敵意しか感じないしな」

 宇宙海洋生物のどれもが明確な排除意志を持って襲い来る。

 もし意思疎通ができれば捕獲して情報を聞き出したかったのだが無理そうだ。

「船内の見取り図とか、現在地が分かる端末があればいいんだけど」

「んなもん都合よく落ちてるわけないだろう」

 連れ去られたクルーがどこにいるのか? 安否は?

 助けられる可能性があるとしても、ここは全長一〇キロメートルの巨大船の腹の中だ。

 歓迎に対して武力で圧倒しようと時間の浪費でしかなかった。

「あ~しばらくは海産物食えないな」

「地球に帰還したら寿司が食いたいとかインタビューに答えるんじゃなかった」

 床に散らばるは紫の液体、バラバラとなった宇宙海洋生物。

 海洋生物=食べ物のイメージが強い双子の兄妹はげんなりした顔で食欲を減衰させていた。

 緊張感がない?

 否、クルーを救出できる可能性を抱いたことで芽生えた余裕だ。

「ぶっ壊せば手っ取り早いが……」

「下手に壊せばクルーたちの命が危うい」

 短絡的行動に走るほど朱翔とみそらは愚かではない。

 囚われのクルーは九八名。

 解放しようと、次に待ち構えているのがフロンティアⅦへの避難誘導である。

 船の外は吸う空気もない無重力空間。地上と異なり生身の放出は生命を危険に晒す。

 破壊しながら進むのは敵に損害を与えられるもナンセンスだ。

「え? 意識を目や耳に集中しろ?」

「ふむ、こうか?」

 ふと赤と青からアドバイスが脳裏に走る。

 周囲に敵影がないのを確認した朱翔とみそらは深く息を吸い込めば意識を耳目に集中させた。

(この感覚!)

(この声は!)

 離れた位置より聞き覚えのある声がする。

 大勢の知った声がする。

 朱翔とみそらは頷きあうことなく床を蹴っては飛び出していた。

 足裏より光の粒子を発しながら、広き空間を飛ぶ。

 船外作業服には自前の推進装置が標準装備されているが、赤と青の力によりそれ以上の推進力で進むことができた。

 道中、またしても宇宙海洋生物が立ち塞がるも問答無用で斬り捨てる。

「このまま真っすぐ!」

「あ、くっそ、隔壁降ろしてきやがった!」

 順調な進行を妨げるのは絶賛降下中の壁。

 朱翔とみそらは減速どころか加速を行い、閉じかけた隔壁に急迫する。

 既に減速など間に合わず、狭まりつつある隔壁と床の隙間に飛び込むには軌道修正の距離が足りない。

 二人の突き出した腕先に光が集う。

 集い、光線を隔壁に向けて照射していた。

 隔壁は照射地点を起点に円を描かれて赤熱化する。

 更に加速した朱翔と未空は身を反転させ、足裏を隔壁に向ける。

「せいやああああっ!」

「どっりゃあああっ!」

 足裏に粒子を収束させ、赤と青の輝きに包まれた朱翔とみそらは赤熱化した隔壁を蹴り込んだ。

 光線の照射により硬度を軟化させた隔壁は蹴り破られ、周囲に赤熱化した隔壁の破片を巻き散らす。

 隔壁の先にいた宇宙海洋生物が蹴りの巻き添えを喰らおうと、二人は意にも介さない。

 広大な床の上を滑るようにして接地、やや粘性のある液体の水たまりがあろうと突ききり、速度を維持して進む。

 ふと左右の壁に巨大で透明なカプセルが敷き詰められているのに気づく。

 体育館が丸々一つ内包できるほどだが、実際の中身は――

「なんだこれ!」

「特撮とかにある怪獣か!」

 液体で満たされた巨大なカプセルの中にはみそらの発言通り、怪獣のような巨大生物が内包されていた。

 恐竜のようなもの、猿のようなもの、中には機械と融合されたものや、まさにSF映画のエイリアンのようなものまでいる。

「こういうのパターンって侵略系宇宙人の侵攻用兵器って流れなんだよな」

「いやいや、大穴でペットかもしれないぜ?」

 みそらの発言には一理あると朱翔は頷いた。

 地球人と比較してこの船は突破してきた扉や廊下など、サイズが明らかに桁が違う。

 天井もまた高く、巨人型の宇宙人が船の主と言われても驚きはしないが、朱翔は一つの疑問を抱く。

「けど、あの宇宙タコは人間と変わらなかった」

「そりゃ捕獲するにはそのサイズにあったもの使うだろう? お前、虫取りに底引き網使うか?」

「使わないって、それ以前に天沼島は本土みたいなセミとかカブト虫いないから虫取りなんてしたことないし」

「俺様もねーよ!」

 長き通路を進もうと先は一向に見えない。

 進むに連れて巨大生物を内包したカプセルの数は減り、比例して粘性もつ水たまりが床に散らばっている。

 なんだろうか、みずたまりを突っ切る度、言語化できぬおぞましさと怒りがこみ上げてくる。

「みそら!」

「こいつは!」

 みずたまりの上に見覚えのある服が落ちているのを朱翔は発見する。

 急停止した二人は周囲に警戒しながら服を確かめる。

「この服、間違いない。フロンティアⅦクルーに支給された服じゃないか」

 上下繋がったツナギのような服はサイズからして大人用。

 ネーム入りではないため、誰のかは分からない。

 確かなのは、服の主は素っ裸に向かれていることだ。

 では、服の主はどこに?

「何の音だ?」

 すぐ近くから開閉音が響く。

 見れば、巨大カプセルの一つが天井に向けて開いている。

 中より床へと撒き散らされる液体に人影が混じるのを朱翔とみそらは見逃さなかった。

「まさか!」

「まさかだったら最悪だろう!」

 すぐさま駆け寄った朱翔とみそらは変わり果てたクルーの一人と邂逅する。

 食糧生産プラント責任者を務めていた男だ。

「あば、あばははあはははは、いいゃひゃひゃ!」

 素っ裸のクルーは虚ろな目で狂笑を繰り返している。

 瞳に朱翔とみそらを映そうとただ笑っている。

 笑い、全身が融け、液状化することで笑いは止まった。

 朱翔とみそらはクルーだった液体と走破してきた床に散らばる液体を見比べた。

「へい、兄妹、何考えているか、当ててやろうか?」

「言わなくていいよ。言うと怒りと失望のあまり狂いそうだ」

 言語化できぬおぞましさと怒りが今判明する。

 カプセルに内包された巨大生物。長大な廊下に広がる粘性持つ液体。床に落ちていた服。そしてカプセルより排出され液体となって融けたクルー。

 点と点が線で繋がり合い、過酷な現実を突きつける。

「このカプセル、俺様たちを怪獣に改造する装置か!」

 みそらが言葉を走らせたと同時、床に巨大な振動が走る。


 巨大な振動の正体は猫顔を持つ巨人が足裏で床を踏み締めた音。

 気配も影も何一つ感じず、忽然と現れて足跡を響かせた。

 あたかも猫の着ぐるみのような丸っこさを持つも、目には狡猾さを宿し、口端を舌なめずりだ。

「そうだよ、てめえら下等生物を改造する装置だよ!」

 猫は嘲笑しながら巨大肉球を朱翔とみそらに叩きつけた。

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