第35話 TRUST-誓いー

 ――オモチャだよ。おめえら下等生物はその価値しかねえ


 フロンティアⅦ全クルーの救出。

 一度は助ける術がない。対抗手段がない。

 クルー救出の可能性がゼロ故、切り捨てる決断をした。

 だが、赤と青の人型に身体を貸す協力をすれば現状を打破できる可能性がある。

 異星人自らが謝礼として地球の貨幣を求められても無理だと理解しているからこそ、朱翔は条件をつけた。

『……』

「おい、だんまりかよ、できるんだろう?」

 朱翔は語気を強めに赤と青に問う。

『君の行動次第だ』

 YESともNOでもない返答だった。

 みそらが次に疑問を挟む。

「……身体貸すんだからそうだろう。行動しなきゃ変えられないんだ。それで、身体を貸すとそのまま乗っ取られるとか勘弁してくれよ」

 軒先貸して母屋取られるとはいったものだ。

『その点に関しては信じてくれとしか言えない。あくまで力を引き出す器が必要なだけであって、君たちの心を浸食しないことを、我が故郷#&%$惑星にて誓おう』

 赤と青の言葉には高潔さがあった。

 地球で例えるなら、誓いを立てる騎士のようだ。

 もちろん疑心を一ミリとも抱いていないわけではない。

 詐欺師とは言葉巧みに警戒を解かし信頼を得て利益を貪り喰らう者。

 宇宙タコから救出したのも信頼を得るための自演自作との可能性だってある。

 それでも、朱翔は赤と青を信じることにした。

 理由はただ一つ、信じたいからだ。

 甘ちゃんと笑うならば笑えばいい。

 信じなければ信じられることなどできやしない。

「笑うか、みそら?」

「いんや、笑う理由がないね。手を取る理由はあるが」

 双子だけに語らずして通じ合う。

 朱翔とみそらは赤と青にそれぞれ手を伸ばす。

「力を、身体を貸そう。だからクルーの救出に協力して欲しい」

「以下、兄貴と同文と」

 赤と青もまた示し合わせた様に互いに頷きあえば、伸ばされた手を取った。

「「うっ!」」

 赤と青の人型は弾けるように消失、次いで双子の指先より静電気が走るような軽い衝撃が走る。

 何かが腕の中を走ろうと不快さはない。

 柔らかな火で温められているような感覚。

 視界が明滅を繰り返せば、身体の奥底より湧き上がる力を実感する。

 呻くことも苦しむこともなく、水が器に従い形を合わせるように、各々の身体に入った赤と青は精神の波長を乱さぬよう整えているのが分かる。

「……みそら、いる?」

「おうよ、いるぜ、朱翔」

 赤は朱翔に、青はみそらの中に。

 されど、意識は双方はっきりと残っていた。

「中に入り込んでるっていうけど、実感わかねえな」

 自意識はしっかりあろうと、別なる存在が内に入り込んでいるのが自覚できる。

 試しに拳に力を籠めれば、朱翔の拳には赤き粒子が、みそらの拳には青き粒子が集う。

 示し合わせた様に宇宙タコの大群が襲来。

 狭き扉を押し倒しては一斉に迫る。

 双子の兄妹は示し合わすことなく、無重力空間の中、一歩踏み出せば一番槍を務める宇宙タコの顔面を揃って殴りつけた。

「これなら――!」

「行けるぜ!」

 殴られた宇宙タコは粒子となり消失する。

 仲間一匹が消失しようと宇宙タコは怖気を一切抱かず、朱翔とみそらを捕獲せんと触手を一斉に伸ばす。

「ほらよっと!」

「はっ!」

 みそらの蹴りが、朱翔の手刀が触手を粉砕する。

 ほんの先ほどまでただ逃げるしかなかった。

 クルーを切り捨て、己の生存と驚異の報告を最優先とした。

 だが、今は違う。

 異星の彼方より現れし者たちの力により宇宙タコを粒子に還る。

「……配慮してくれたんだな」

 全ての宇宙タコは粒子となって消える。

 赤と青は乗っ取りではないと証明するために朱翔とみそらの意識を表に残し、自らを奥に引き込ませた。

 確かな意志はある。呼びかければ応えてくれる。

 だからこそ礼を告げよう。

 ありがとうと。

「よし、宇宙タコの飼い主に殴り込みだ!」

 気を引き締めた朱翔はクルー奪還を誓う。

「どこにいるんだよ? え? 船の真上?」

 みそらに宿る青が伝えてくるも、ARグラスで船周囲を索敵しようと、反応するのは横をよぎるデブリしかない。

 ふと朱翔は思い立った。

 遠隔操作でデブリ破砕用の船外砲塔を起動させる。

 リーダー故、操作権利を朱翔はキャプテンから与えられていた。

 赤が朱翔の脳裏に囁く。

 真上だと、真上を狙えと。

 前には何もない。何もなかろうと赤を信じる朱翔は引き金を引いた。

 爆発!

 船体上にて爆発が巻き起こり、宇宙の一部が歪む。

 センサが大型の熱量を捕捉しアラートを鳴らす。

 全長五〇キロメートルの巨大船が全容を露わとした。

「ステルスによる透明化か?」

「でかすぎるだろう!」

 船外カメラで全容を確認しようとも大きすぎてカメラには収まらない。

 巨大船は一言で無機物と有機物が混ざり合っていた。

 金属のように見える表面は脈打ち、目玉のようなレンズが各所に散りばめられている。

 船底部にあるのはムカデのような無数の足。

 足はフロンティアⅦの船体上部を掴んで拘束している。

 先の攻撃に反撃しない様子からして、しないのではなくする価値がないと判断しているのか。

「どこから乗り込む?」

 船外カメラ経由の映像を朱翔は穴が開く勢いで見つけ出さんとする。

 間違いなく全クルーあの巨大船の中に囚われているはずだ。

「え? 入る箇所がないなら開けるまで?」

 朱翔の脳裏に赤がアドバイスを送る。

 無茶を通して道理を穿つのはよくある手段。

 次に送られるアドバイス通り、朱翔は手の平に力を籠めれば、指先から放水するイメージを抱いて腕を突き出した。

「わおっ!」

 朱翔の指先より放出された赤き光線が倒壊した扉を貫いた。

 嬉しい展開にみそらは嬉々とした悲鳴をあげていた。

「そうだよな、穴がないなら作るまでだ。みそら」

「おうよ」

 応答するみそらの手には青白き刀身が形成され、我が身の一部のように器用に振り回している。

 流石は双子の妹、適応力は兄に負けず劣らずのようだ。

「船外服着て、破れないか?」

 一抹の不安が朱翔とみそらに過る。

 威力は確かなようだが、威力がありすぎて船外作業服の機密性を破きはしないか心配である。

 たった一ミリにも満たぬ小さな穴が致命傷となる過酷な宇宙空間だ。

 敵船に乗り込もうにも壁を切り裂く作業で穴が開いては意味がない。

「あ、その辺は調整するから安心してくれと?」

 頼もしい赤と青の発言が届けられる。

 なんでも赤と青の能力は光子を力に変換するものであり、太陽光さえあれば実質エネルギー切れがないという。

 イメージさえしっかり抱けば、光線だろうと剣だろうと光子で形成できるようだ。

「よし、乗り込むぞ!」

「おう、クルー全員助けて、元凶ぶちのめすぞ!」

 船外作業服に着替えた朱翔とみそらは船底ハッチを展開。

 気圧調整なしの緊急展開。

 室内に充填された空気と共に二人は無の世界に吸いだされる。

 本来なら乱れに乱された慣性が姿勢制御を難しくするが、赤と青の力を用いて姿勢を制御する。

 船外で作業する場合、放逐されるのを防ぐため命綱の着用が宇宙飛行士規定で義務付けられている。

 ただ命綱とて絶対ではない。

 万が一命綱が切れた場合を想定した命綱なしの宇宙空間作業の訓練課程を朱翔とみそらはクリアしていた。


「あ~こりゃ失敗だわ。細胞が一番古いから腐ってやがる」

 うきうき気分が一転、巨大船の主は変貌した素材に落胆する。

 これはもう使い物にならない。故にポイと廃棄する。

 廃棄された素材はまだ生きている。

 全身が粘液塗れで、壊れたスピーカーのように虚ろな目で言葉を走らせていた。

「――あひゃひゃひゃ、熱いの、身体が熱いの、変なおつゆ出てるの、うひひひゃひゃはは、とけちゃいそうなのぉ……」

 そして、どろどろに溶けた。

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