第29話 所有者―オーナー―
――集え、未来の宇宙飛行士!
ゲームはまだ終わっていない。
箱の所持者はバリアの解除スイッチを何故か押そうとしない。
新たな怪獣や巨人が現れようとゲームの余興だ。
降り注ぐオーロラにより身体の負傷が嘘のように消えている。
ならばこそやるべきことは一つ。
今度こそスイッチの箱を手に入れろ!
物陰に隠れる朱翔は頭をかきながら悪態つく。
「あ~もう分かってはいたが!」
死傷者が回復すれば目の色変えて小箱を奪い取らんと再び動くのは頭で分かっていた。
後味が悪いからデュナイドの力を使用したわけだが、更なる誤算はよもや変身前でも使えるとは思わなかった。
『恐らくだが朱翔が記憶の一部を取り戻したことで変身せずとも私の力の一部を使えたのだろう』
デュナイドの仮説にとりあえずは頷いておく。
「それで、あのデュエンドっていう青い巨人はお前の兄弟か?」
『……分からない。みそらというのが君の妹であるようだが、思い出せない。エネルゲイヤーΔと同じように既視感しか……』
ないものをねだるのは無意味。
現状と目的を見失うな。
第一にバリアの解除スイッチの強奪を防ぐこと。
第二にバリアの破壊装置を天沼島中央に運ぶこと。
みそらやデュエンドの件は後回しだ。
「また暴れていますね」
デュエンドの変身を解いたみそらはまたしても嬉々として暴徒相手に殴る蹴るはの暴れっぷり。
物陰から覗く白花の表情は痛ましいに尽きる。
「大丈夫、ですか?」
幼馴染みの変貌した姿に胸を痛めているはずが、白花は誰よりも心配そうに朱翔の身を案じ、手を強く握る。
みそらとは誰か思い出そうと記憶の靄は今なお深く濃い。
何故、みそらは宇宙にしかないブラックホールに吸い込まれたのか、何故、ディエンドたる青き巨人に変身できたのか。
状況が後回しにしろと叫ぶ。
それでも灼熱砂漠で水を求めるように本能が疑問の解を求めてしまう。
「怪獣は人間だったのか……」
ゴリラ怪獣の額より現れた醜悪な肉塊。
肉塊に張り付いた人間の顔。
どこか分かっていたはずだ。承知していたはずだ。
記憶にない記憶が正体を把握していたはずだ。
「……だから、俺は一匹二匹ではなく一人二人と数えてい、痛っててて、白花!」
「お気持ちは分かりますが、あれこれ考えるのは後にしてください」
白花に頬を抓られた朱翔は強制的に現状へ意識を向けられる。「そうだな、みそらが暴れているお陰で目はあっちに集中している。行こう」
白花の手の強く握った朱翔は己に強く言い聞かせながら移動を開始する。
周囲を警戒するように路地を進みながら、脳内で為すべき順序を整理する。
「まずは蒼太とたんぽぽの二人と合流しよう」
一方でチュベロスの動向に警戒を抱く。
狡猾な罠をイベントの一環として仕掛けてくる可能性があった。
「一度に三人は怪獣出してくるぞ」
やりかねないという断言が朱翔の中を占める。
「あら、これは?」
「矢印?」
警戒を抱いて進む中、ARグラスに道路標識のような矢印が表示される。
『朱翔、気をつけろ。何者かがこのARグラスにデータを送信している。これはナビゲートか?』
デュナイドが警戒を孕む文章を表示させた。
「いや、待て……デュナイド、周辺カメラの映像を出してくれ、できるか?」
ちりりと違和感が脳裏を焦がすなり朱翔は言葉を発していた。
『先ほどあった妨害が嘘のように消えているから可能だ』
「ついでに矢印と暴徒の居場所をマッピングしてくれ」
即座に周辺マップに矢印と暴徒の位置が展開される。
矢印は暴徒を避けるように示していた。
「こいつは案内しているのか?」
安全なルートに朱翔は息を呑む。
誰がなんのために、その目的は?
その疑問は匿名で送られるメールで判明する。
〈親愛なる柊朱翔くん、伊吹白花くん。両名とも初めまして、私はエネルゲイヤーΔの
朱翔と白花は互いに顔を見合わせ驚くしかない。
世間一般ではデュナイドは赤き巨人、エネルゲイヤーΔは黒いロボットと認知されている。
朱翔とエネルゲイヤーΔの名を出し、所有者と名乗った。
文脈からどこか信頼できると思わせてしまう。
一方で脳裏には代価は何かと警戒を抱く。
「行こう……」
今は藁をも掴む可能性が欲しい。
相手が言葉巧みに騙す気があるとしても騙すより騙されろだ。
事と次第によってはデュナイドに変身して切り抜ける覚悟もある。
「所有者というのも気になります」
「それに文脈からして俺らのことは筒抜けのようだしな」
下手な隠し事は無駄だと思った方がいいだろう。
送り主は高いネットワーク技術を保有していると見ていいだろう。
警戒を一層研ぎ澄まして矢印を進めば、暴徒の誰一人として遭遇しない。
ただ矢印の案内にて右折した先は行き止まりであった。
『何か来るぞ。足元だ!』
ARグラスにデュナイドの警告文が飛ぶ。
咄嗟に白花を抱き上げた朱翔は後方へと飛び退る。
同時、マンホールがせり上がり、円柱状の筐体が現れた。
「これは、エレベーターか?」
警戒して顔を覗き込めば、どこからどう見てもエレベーターであると判明する。
ARグラスに矢印が先端を下に向けて展開された。
「乗れってことか」
ならば敢えて企みとエレベーターに乗ろうではないか、朱翔と白花は互いに頷いた。
朱翔と白花の両名が筐体に収まった時、扉は音もなく閉じられ、下降を開始する。
「この長さ、エネルゲイヤーΔの格納庫に初めて案内された時を思い出します」
「あの時の俺は気を失っていたからな」
下へとひっぱられるような感覚が身体を支配する。
罠との可能性は捨てきれずとも、外界から隔離された筐体は緊張で張り詰めた心を和らげていた。
「エネルゲイヤーΔの所有者、一体どんな奴なんだ?」
類推はできるが、当てにはならないだろう。
未成年三人にエネルゲイヤーΔを与え、怪獣と戦わせる。
状況的にそうすると見越すあたり、所有者は預言者の如く見地に長けているのだろう。
『朱翔、すぐ近くにたんぽぽと蒼太のARグラスの信号を確認した。動きからして別のエレベーターに乗っているようだ』
「まあ、そうなるわな」
頭皮をかきながら朱翔はどことなく納得するように吐息を零す。
バリアの解除装置とバリアの破壊装置。
この状況下、どちらも欠けてはならぬ重要なファクターだ。
エネルゲイヤーΔの所有者が見地に長けた人物ならば一堂に会しない理由などない。
エレベーターは止まる。開かれたドアを出るなり、別のエレベーターから現れたたんぽぽと蒼太の両名と遭遇した。
「二人とも!」
「おう、朱翔に、白花!」
「無事だったようね」
「はい、なんとか、ですが、み……」
白花が口を開きかけるもたんぽぽは静かに首を左右に振った。
今語るべきことではないと彼女の目が強く言い聞かせる。
「さて、ここはどこだ?」
朱翔は周囲を見渡すも抱いた印象はエレベーターホールだ。
円形に広がる空間は壁際にいくつものエレベーターが設置されてる。
再会を祝うのも程々に、気づけば朱翔たち四人は部屋の中央にて互いに背中を預ける形をとっていた。
クアンタムデヴァイサーにおいて敵に囲まれた時に行うフォーメーションの一種だ。
「おい、あれ!」
蒼太が動き出したエレベーターの一つを指さした。
誰が乗っている。
一番高い可能性はエネルゲイヤーΔの所有者だ。
「来るぞ……」
緊張が喉に渇きを誘発する。
心臓の鼓動が騒ぎ立て、鼓膜に響く。
エレベーターの扉が開く。
開き、中より黒衣の男が現れた。
「やあ、諸君、久しぶりだね。改めて自己紹介をしよう。黒樫虹輝である。そう、エネルゲイヤーΔの所有者とは私のことだ」
朱翔と白花は現れた社長がはっちゃけることなく控えめな言動取る姿に目を丸くする。
対して蒼太とたんぽぽは、社長の顔――正確には顔面に刻まれた二つの靴跡――を見るなり、額より脂汗を浮かばせ気まずそうに目線逸らしていた。
「どうしたんだ、二人とも?」
「「記憶にございません!」」
真相は朱翔と白花以外知る。
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