第28話 天装撃人DU∃ND

 ――ひいおじいさま! この隕石、僕にください!


 現れし怪獣の前に降臨せし新たな巨人。

 赤き巨人デュナイドに近しい姿であろうと細部は違う。

 まず全体は青。頭部には鋭角な三日月状の飾り、バイザーより覗く鋭い二つ目はデュナイドと同じ。力強く精錬された黒鋼のアーマーを各所に纏い、デュナイドと比較して攻撃的な印象を抱かせる。

 胸部に存在する銀色の円環より生成される光子エネルギーが全身を駆け巡り、アーマーの隙間より銀色の光が溢れ出る。


 ――Your life doesn't Exist《生き残る可能性はない》


「さあ、行くぜ、行くぜ、行くぜ!」

 デュエンドは銀色を燐光を発しながら駆ける。

 足元に何があろうと、アスファルトを踏み砕こうと、歩道橋があろうと、信号機があろうと、進行を妨げるものは何であろうと破壊し進む。

 ぷちっと潰した感触が足裏に走るも取るに足らない命など気にする必要はない。

「おっら!」

 ゴリラの胸に先手のドロップキックを叩き込む。

 その厚き胸板に足裏はめり込み、ゴリラからうめき声が漏れる。

 だが、強靭な足腰で持ちこたえ、太き腕がやにわにと動く。

「汚ねえ手で俺様に触れるんじゃねえ!」

 デュエンドの両手が先に動く。

 指先に集う光が光弾として速射され、ゴリラの目に直撃する。

「どうした、見た目だけかよ!」

 両目抑えてたじろぐゴリラに向けてデュエンドは一気呵成に拳を叩き込む。

 質量は明らかにゴリラが上。だが、一発一発の拳はデュエンドが重く、顔面を執拗に殴り続ける。

 ゴリラとて一方的に殴られっぱなしではない。

 右腕から煌々たる熱波が、左腕から壮絶なる寒波を放出すればコマのように右に右にと高速で回り出す。

 熱波と寒波は互いに喰い合わず両立し合い、溶解と凍結を併せ持つ二色の竜巻としてデュエンドに迫る。

「バカにしてんのかよ? ゴリラならウホウホいいながら拳で来やがれってんだ!」

 デュエンドの右腕に輝きが集う。

 腕を延長したかのような光の刀身が形成される。

「せめて、コマみたいに回るんじゃなくってタイヤのように回転するべきだったぜ! そうしたら周辺被害は甚大だ!」

 失笑するデュエンドは火の粉を振り払うかのように右腕を軽く振るう。

 光帯が竜巻を一閃して走れば、熱波と寒波は次第に勢いを失っていく。

 竜巻は霧散し、ゴリラの巨躯が姿を再度現した。

 唸り声を上げながらデュエンドを白歯剥き出しに睨みつける。

 竜巻は消えようと両腕の波はまだ消えていない。

 筋肉を膨張させるように、二つの波を再度放出せんと腕に力を込めた瞬間、両腕は水風船のように破裂した。

「斬られていのに無理して力入れるからだよ。おうおう、見るからに痛そうだな~」

 両腕を失い悶絶するゴリラの姿にデュエンドはケラケラと嘲笑する。

 怪獣一人で惑星から全生命を根こそぎ絶滅できるのだが、素材が悪いのか、デュエンドが強すぎるのか――必ずや後者である。

「おう、次いでだ。両足も逝ってろ!」

 再び振り下ろされた光の刃はゴリラの両足を切り飛ばした。

 ゴリラから放出される耳を劈く絶叫が衝撃波となり、周辺の建造物を倒壊させる。

「見るのも飽きたし死ね」

 光の剣先をゴリラの頭部に向けた時、額表面が不規則に隆起する。

 まるで内側から外に突き破らんと藻掻くような隆起は、額に割れ目を走らせれば奥より肉塊をせり出した。

「で? 何がしたいんだ?」

 肉塊の中央には男の顔が埋め込まれている。

 知った顔のおぞましき姿に、デュエンドは仰々しく肩をすくめて呆けるしかない。

 一般人が見たら良くて嘔吐、悪くて発狂レベルだ。

 目は虚ろ、開いた口からは唾液が流れ、壊れたオルゴールのように呻き声を発している。

 人の形と意識は当の昔に失われた、ただの肉塊であった。

「確かに、朱翔になら効果抜群の心理攻撃だろうね――けどよ」

 呵責など一切抱くことなく光の剣先を額の男ごと貫いた。

「……お前たちはもう死んでいるのだから」

 既に人ではない。人として終わっている。終わらされている。

 救うことなどできやしない。

 全ての可能性を救うなど夢物語……。

「ならさ、せめてさ、今を生きる可能性は守ろうじゃないか」

 デュエンドの腕から光の刀身が切り離される。

 ゴリラの額に突き刺さった刀身より爆発的な光が溢れ出す。

「眠れ……もしあっちで会った時はさ、クリスマスの時に組んだバントチーム、もう一度やろうぜ。もちろんドラムはお前だ」

 光の奔流に消えゆくゴリラに背中を向けたデュエンドは哀悼の意を示す。

 自責の念など浮かばない。浮かぶはずがない。

 ただ抱くのは手応えの無さ。心底詰まらないのが感想であった。

「あ~戦闘になるとどうもあっちの地が出ちまって楽しんじまうな」

 デュナイドとデュエンドの違いが現れる。

 みそらの見立てでは戦闘能力に大した差はない。

 ただ違いはある。

 デュナイドは朱翔の脳神経に憑依している。

 故に住み分けが出来ており、観察する限り端末越しであろうと意思疎通をしっかり行えている。

 一方でデュエンドはみそらと融合している。

 精神と深く結びつき融けあったことで、どちらがどちらであるのか境界が曖昧である。

 故に、変身にて朱翔の意識がデュナイドに強く出る一方、デュエンドがみそらの意識よりも強く出る。

 いい具合に混ざりあっていると、みそらは自嘲する。

 みそら個人として笑いながら殴るなど吐き気を催す行為。

 戦闘を楽しむのはデュエンドの地だ。

 覚悟抱いて互いに殴り合うのならともかく、一方的にぶちのめすのはどうも後味が悪い。

 一方で後味の悪さが心地よさに変わりつつあるから困る。

「そりゃね、一方的にぶちのめして勝つのは爽快だろうが……お?」

 天空より七色のオーロラが降臨する。

 オーロラより降り注ぐ粒子は戦闘により生じた損壊や人的被害を時間を巻き戻すかのように完全に修復させた。

「これはデュナイドのヒーリングオーロラか」

 発生地点に当たりをつけて顔を向ければ、案の定、赤き粒子に包まれた朱翔の姿を発見する。

「へぇ~変身せずに力の一部を使うとはやるじゃねえか、流石兄貴!」

 妹の後始末はいつだって兄の役目だ。

 頼りになる自慢の兄だと尊敬はしている。

 ホレた女が振り向いてくれないと嫉妬したことさえある。

 記憶を失おうと幼馴染み三人の支えにより今を楽しんでいるのは幸せで何よりだ。

「……俺様はもう戻れねえけどな」

 一抹の寂しさはある。

 哀愁に浸るのは後だとみそらは己に、デュエンドに言い聞かせる。

「おい、単細胞のチュベロスよ、次はどうする気だ?」

 虚空を見上げるデュエンドはゲーム主催者を挑発した。


「ふゅぎゃあああああああああああっ! ぬあああああああんで、あいつなんで生きてんだよ! っか、どうやってブラックホールから抜け出してんだよ!」

 チュベロスは荒れに荒れていた。

 面白くない。つまらない。不快だ! 不愉快だ!

 目論見では、下等生物同士醜い争いを繰り返して自滅するはずであった。

 なのに、天沼島に放った怪獣はことごとく倒され、ゲームを妨害されている。

 特に、ブラックホールに叩き込んだ片割れが天沼島に現れた。

 チュベロスの叡智ですら光すら呑み込むブラックホールの出入りなど不可能だというのに、何故との疑問をリフレインさせる。

「ふぎゃあああああああああっ!」

 チュベロスは苛立つあまり全身の体毛を掻きむしる。

 ボリボリバリバリガリガリ掻きむしる度に体毛を飛び散らせる。

「スイッチを一回押すだけでクリアだってのに、押しもしねえ! 押しゃいいだろう! 押せばゲームがさらに白熱激熱爆熱するってのに!」

 まさか勘づいたかとの疑問が走るなり掻きむしるのを止める。

「冷静になれ。苦境を楽しめ。窮地こそチャンスだ。うん、落ち着こう、すーはーすーはーぶーすーはー」

 深呼吸を繰り返すことで頭を冷ましたチュベロスは思い立つ。

「あれの運用実験、ついでにやってみるか」

 チュベロスは悪魔のように口端を歪めて嗤う。

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