第27話 Eの反転/可能性の終わり

 ――ちくしょう、下等生物どもが僕の邪魔をして!

 

 分からない。分からない。分からない!

 朱翔の中で疑問が無限に反響し続ける。

 何故、死んだはずのみそらが生きていた!

 何故、自分はみそらのことを今になって思い出した!

 何故、白花はみそらの存在を隠していた!

 何故、何故、何故、何故、何故!

 何故、今になって目の前に現れた!

「しっかりしてください!」

 白花の叫びと共に朱翔の左頬に衝撃が走る。

 左頬より湧き上がる熱が朱翔を我に返す。

「……今は前を見てください」

 毒杯でも飲み干すかのように、白花の表情は息苦しさと重さに支配されていた。

「そうだよ、朱翔。しっかり前を見ないとゲームオーバーだ。コンテニューはないぞ?」

 苦笑するみそらは近くにいる連中を誰彼構わず殴り飛ばしていた。

 自分より体格があろうが、デブだろうが、痩せだろうが、ジジイだろうが、ハゲだろうが、差別せず平等に拳で沈めている。

 立ち竦む朱翔の背後から人影が迫れば、手頃な者を掴むなり小石のように投擲し激突させる。

 呻き声や血が出ようと一切関係ない。

 人間離れしすぎた力にて圧倒していた。

「ぼさっと突っ立てないで、やることやったらどうだ?」

 やることなすこと蒼太とたんぽぽの混ぜ物である。

 いや、みそらからすれば、あの二人が自分の二番煎じなのだ。

「みそら、お前、白花が狙いじゃないのか!」

「はぁ?」

 朱翔と同じ顔で、ぽかんと口を開けて呆けられた。

 その目は、お前バカなの? と問いかけている。

「な~んで、俺様が俺様の嫁を襲わなあかんのよ?」

「わたくしは朱翔さんの(未来の)嫁です!」

「まあ、そうなんだけどさ~相変わらず、そこ声高に何度も否定されると傷つくのよ~」

 ぼやきながらもみそらは殴るのを止めない。

 実際に傷ついているのは小箱を奪わんとする連中である。

 ゴミ箱に蹴り入れられた者はまだ良心的。

 車のフロントガラスに頭を突っ込んでいる者。

 蹴り上げられたマンホールの蓋に下敷きとなっている者。

 投げ飛ばされ、信号機に宙づりとなっている者。

 たった一人に倒され続ける光景。

 命は金に替えられぬと、尻尾を巻いて逃げ出す者が現れ始めていた。

「……朱翔さん、ここはみそらさんに任せて行きましょう」

 今なお記憶の混乱から立ち直れぬ朱翔を白花は支えながら言う。

「分かっています。わたくしだって驚いています。ですが、先にも言ったように、今は前を向いてください。可能性を、見失わないでください。これが終わったら、みそらさんについてわたくしが知りえること全てをお話ししますから……」

 白花の噛みしめた表情は朱翔の心を締め付ける。

 頭では理解している。

 意図して白花はみそらの存在を朱翔に語らなかった。

 だが、今思えば思い当たる節は幾つもあった。

 騒がしくも賑やかな日々に、必ずや物足りなさが影の如くまとわりついていた。

 何かが足りない。

 それでも幼馴染み三人と過ごす日々は偽りなく楽しかった。

 今を存分に楽しめた。

 みそらが姿を現したことで、物足りなさの原因が双子の妹であることを思い出してしまう。

 双子の妹の存在を思い出したことで、記憶の整理が追い付かず思考は混乱する。

 だとしても立ち止まる訳にはいかぬと、前を見据えていた。

「おうおう、ラブコメやってないでとっと行けっての、こいつらは残さず片づけて……おっ、これは――空間転移反応!」

 みそらはイケメンの顔を鷲掴みにしていれば、ふと虚空を見上げだした。

 容赦なくアスファルトに叩きつけたと同時、忽然と怪獣が現れる。

 現れた怪獣は一言でゴリラ。

 右腕に炎を、左腕に冷気を宿す巨大な霊長類だった。

「あの単細胞、ブラックホールに叩き込んだ俺様がここに現れたもんだから冷静さ失ってんな――思惑通り!」

 ケラケラとみそらは乾いた笑い声をあげながら殴っている。

 この危機的状況を楽しむ姿に朱翔は薄ら寒さを抱いてしまう。

 白花も同じであり、別人のような感覚にぼそりと呟いた。

「昔からみそらさんはたんぽぽさん並に拳は早かったはずです。ですけど、殴るのを楽しむ方ではありません。あの人は、笑いながら人を殴るなんて決してしなかった。なんなのですか、この違和感は……」

 幼馴染みとして、みそら当人だと断言できる。

 断言できるも女の勘がみそらに何か混ざっていると訴える。

 確証はない。ただ幼馴染みの機微でそう感じただけだ。

「おいおい、朱翔、状況を考えろよ」

 変身せんと端末を取り出した朱翔をみそらは声で制止する。

 誰もが現れた怪獣に血相を変えて逃げ出している。

 集団で子供二人を追いかけ追い詰める姿は威勢があろうと、怪獣が出るなり立ち向かわず逃げ出す軟弱さに呆れるしかない。

「お前が変身したら誰がスイッチ持つ白花守るんだよ? ここにはたんぽぽちゃんと蒼太はいないぞ?」

「そ、それは……」

「俺様はつい先ほどフラれたばかりで傷心癒すため八つ当たりの真っ最中なんだぞ? 出番獲るんじゃねえよ」

 にんまりとした笑みでみそらが取り出すのは朱翔が持つ端末と同じもの。

 ただ異なるのは端末表面に‘E,の文字が刻印されていることだ。

 まさかとの発言は驚愕が朱翔の喉を締め付けて出させない。

「認識障害システム起動、光子変換フィールド展開開始」

 みそらは腹部に端末を添えるなりベルトのバックルとする。

 次に朱翔と同じように光の粒子がみそらを包み込む。

 違うのは色――赤ではなく青の粒子であること。

 バックルの‘E,の文字が左右反転し‘∃,となる。

「デュエンター!」

 みそらの肉体は青き粒子にて新たな姿に変身する。

 朱翔のARグラスがデータを受信、文字が投影された。


 Dunamis可能性END 終わり――<DUEND>

 ENDのEが左右反転する。

 それはデュナイドのAが上下反転するのと同じように。

 

「デュナスブレイク・デュエンド!」

 黒鋼のアーマー纏う青き巨人が降臨した。


天装撃人ストライクスカイDU∃NDデュエンド

 お前が生き残るExist可能性はない!

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