第26話 空の青さの名は?
――先生、柊くんがまたナンパしています!
駆け抜ける音が狭き通路に反響する。
息を切らして走るのはたんぽぽと蒼太。
迫りくる敵を殴っては投げ、殴っては投げてと繰り返した結果、殴る者が、投げる者がいなくなってしまった。
足元には多数の昏倒者。
六人ぐらい生き残っていたがしっぽ巻いて逃げ出している。
賢明な判断だとして追撃はせず、別行動の朱翔・白花と合流するため、天沼島地下メンテナンス用通路を駆け抜けている最中であった。
「おうおう、親友派手に飛んじゃって」
ARグラスにはビル間を飛び越える親友の背中がばっちり撮影されている。
白花を抱き抱えながら飛び越えるなど驚嘆以外何が浮かぶ。
「一歩間違えば白花共々落ちてたでしょうが、思い切りが良すぎるわよ」
「英断はあいつのいいところだろう?」
「それは分かっているけど……段々と昔を取り戻しているように思えるのよね」
「……まあな、けど大丈夫だろう」
「根拠は?」
「親友の勘」
「あっそ」
「冷たいね~」
走りながら蒼太はたんぽぽからの冷たい返しに肩をすくめるしかない。
ARグラスにコールサイン。
追手を撒きに撒いた朱翔と白花から通話が届けられる。
「おい、朱翔に白花、こっちは今地下にいる。エレカ使って移動したかったんだけど、どれも出払っているみたいでさ、ああ、こっちは追っ手もなく順調に進んでる」
「あんな無茶して、白花になんかったらどうするのよ?」
結果論だとしても親友として無謀な行動は見過ごせない。
朱翔の平謝りにたんぽぽは片方の頬を不機嫌に膨らませた。
「……今は格納庫に集う。集ってエネルゲイヤーΔが作った物を回収する。反省会は事が終わった後よ」
通話はそのまま終了する。
エレベーターの形を視認した時、示し合わせたように昇降機が動き出す。
次いで立ち塞がるように黒き人影が現れた。
「ぶわはははははっ! さあ、ここを通りたけ、ぶばっしゃ!」
「「邪魔っ!」」
たんぽぽと蒼太は声と蹴りを揃えて放つ。
逆光で顔が見えぬとも輪郭で顔の位置は把握できる。
顔面に蹴り込んだ二人は、盛大な声漏らして倒れる人影を一切見ることなく開いた扉に駆け込んでいた。
「今のどっかで見た記憶あんだが?」
「そうね……まあいいわ」
昇降機は下がり続けるも、思い当たる節は頭に届かず腹部辺りで止まっている。
ほんの昔ではなく、つい最近、どこかで会ったような既視感。
特にあの爆発するような笑い声は耳に焼き付いて離れない。
ただ大事の前の小事であることで、進路妨害の壁を蹴り倒したと二人は既視感を片付けた。
<形成が終了しました>
朗報がARグラスに届けられる。
「くっ、どうなってんだ!」
「どうしてロックはしっかりしたはずです!」
朱翔は白花を抱えて街中を走り続けていた。
追手を振り切り、地下に潜り込もうとした矢先、新たな追手が現れる。
妨害として電子ロックをかけていたはずが、いつの間にか解除されており追跡を許していた。
「どういうことだ、デュナイド!」
『何者かが電子ロックを解除してる。しかもこちらの進行ルートを予測し、連中に提供している何者かがいる! くっ、防犯カメラから周辺情報を得ようにも妨害されてしまう!』
一人しか朱翔は思い浮かばず、乾いた唇を噛みしめた。
「チュベロスか!」
このゲームはもう探しものゲームではない。
既に争奪戦へと移行している。
主催者としては期待通りの展開。
ゲームをなお盛り上げるため、位置情報と予測進行ルートを提供しているのだろう。
『朱翔、白花、聞こえる!』
ARグラスにたんぽぽの着信と写真が送信される。
『目的の物は回収できたわ! けど、一つだけ問題があるの!』
エネルゲイヤーΔが形成した代物はトランクケース丸ごとだった。
中には何かしらの装置がびっしりと詰め込まれている。
『どうやら、これ、バリアの中心点で使わないと効果がないみたい』
付属の電子説明書では、バリアに干渉する波動を発生させる装置。
中心地点で起動させることで四本の柱にムラなく干渉し、エネルギーの逆流現象を起こさせることで自壊させる。
「中心で起動しないと干渉にムラが出て柱を全部自壊させられないってことか」
『四本の柱と天沼島の地図を照合した。だが、バリアの中心点とはすなわち島の中心点……そこは!』
デュナイドの報告に朱翔は重く頷くしかない。
島中央にあるのはただ一つ、太陽光集積衛星受信施設。
発電用パネルが窪地を形成し、島の中で最も警備が厳重で、最も危険な場所。
下手に足を踏み入れ様ならば、天より照射される太陽光に骨すら残らず焼失する。
故に厳重、故に危険な地点として立ち入りが禁止されていた。
「だったら俺が変身すればいいだけ話だ」
変身さえすれば照射される太陽光など日光浴レベルだ。
デュナイドの活動エネルギーは太陽光。
エネルギー補充もできて一挙両得である。
だが状況は変身する暇さえ与えてくれない。
「追い込め!」
「そっちだ、せ~の!」
声という声が集い、時折何かを倒すような音さえ響く。
電子ロックを解除したドアを開こうにも反対側に置かれた物が重石となり開けない。
仕方なく別ルートを進み続けるも、デュナイドのナビゲートも虚しくルートを狭められていく。
階段を駆け上がろうにも、バリケードが築かれている。
「くっそ!」
通路を走り抜けた先にて朱翔は悪態つく。
横倒しとなった乗用車が壁となり先を塞ぐ。
待ち構えるのは小箱を狙う欲深き者たち。
誰もが共闘しながらも如何にして出し抜くか、欲に走った目が強く語りかけている。
「散々てこずらせやがって、もう逃げられないぞ!」
「その箱、渡してもらおうか!」
「誰にだよ?」
問いながら朱翔はざっと周囲に目を走らせる。
目測で取り囲む人数は一〇〇人。物陰にまだ隠れている可能性も否定できない。
「もちろん、俺だ!」
「いいや、俺だっての!」
「ば~か、俺様だっての」
朱翔の思惑通り、誰もが所有権を声高に唱え、火花散らして不穏な空気を増幅させていく。
「え、嘘、でしょ……」
抱きかかえる白花がとある人物に瞠目し、呼吸を乱している。
それは決してありえないものを目撃したような表情だ。
「やれやれ、どいつもこいつもバカばっかだな」
嘲笑するハスキーボイスに誰もが不快さを抱く。
ハスキーボイスの声の主は青緑色の野球帽を深く被った人物。
フード付きパーカーとズボンというシンプルな出で立ちだ。
「おい、なんだよ、てめえさっきから突然現れて」
「そうだ、横からかっさらう気だろう!」
「はい、うるさい」
ハスキーボイスの主は絡んできた二人を裏拳で盛大に叩き飛ばせば、乗用車に身体を激突させる。
軽々と行う光景に誰もが心を縮こせた時、ハスキーボイスの主は朱翔との距離を瞬きする間に詰めていた。
「お、お前は!」
記憶にない記憶が、奥底に沈んだ記憶が囁いてくる。
知っている。覚えている。分かっている。
だが、名前が思い出せない。
「よう、白花、一年振りだね」
「……」
気軽に声をかけられようと白花は唇を強く噛みしめ答えない。
「白花、知っているのか!」
朱翔が問おうと白花は目線を逸らすだけだ。
「おいおい、半身が当人前にしてそれいうか、朱翔? あ~あ~忘却は救いとはいうけど、ご都合主義一直線だよ、やれやれ」
演技ぶった嘆息は本来なら癪に障る。
けれども、不思議と不快の一つも湧き上がらずにいた。
「……あっ、あああっ、あああああああああああああっ!」
向かい合ったことで奥底で眠る記憶が刺激され、朱翔を強制的に絶叫させる。
黒き虚に呑み込まれては消える半身の姿が強制的に脳内でリフレインする。
「朱翔さん、しっかりしてください!」
抱きかかえられていた白花はすぐさま朱翔から降りるなり、倒れかけた身体の支えに入る。
「だ、大丈夫……だが、どうして、お前が生きている――みそら!」
「そりゃ、生きていたからに決まってんだろう?」
野暮な質問だと、帽子脱いだ相手は朱翔と同じ顔で失笑した。
みそら。
身長、朱翔と同じ。体重、朱翔が重し。誕生日、朱翔と同日。
性格、落ち着き分別ある朱翔と異なり活発すぎる。
趣味、ナンパ、男でも女でも可。ただしブサイクと平はNO!
苗字――柊。
柊みそら……朱翔の異性一卵性双生児の妹。
宇宙で死んだはずの妹が、健全な姿で現れていた。
「さあ、ゲームを再開しようぜ?」
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