第4話 黒樫ファウンデーション
――地球人舐めんな!
『緊急事態である!』
繁華街の歩行者天国にて催されているフリーミッションをプレイしようとした時、唐突なライブ映像が流れ出した。
ARグラスに投影されるのは勲章付き軍服を着た黒髪の男性。
<クアンタム・デヴァイサー>において、全デヴァイサーを束ねる総司令官クロガシだ。
「お、社長のご登場だ!」
「今度はどんなイベントをする気だ!」
「この前の花見イベント酷かったぞ!」
「花見には酒だとか言ってさ、量憑獣が酩酊攻撃しかけてきたせいで、俺3D酔いしちまったし」
「花見弁当を奪った量憑獣を追いかけ捕まえろとか、追いかけっこと思えば、ラグビーボールが始まったな」
「お陰でコラボ先の弁当屋と造り酒屋の売り上げが増えたとか話題になったし、まあ弁当美味かったけど」
プレイヤーの誰もが期待を胸に乗せている。
天沼島に本社を置くゲーム会社の社長であるのを知らぬ者はいない。
<クアンタムデヴァイサー>の開発販売元である黒樫ファウンデーションの若き社長である。
この会社は自社製品の宣伝にタレントを一切使わず、社長自らがプレゼンテーションを行うなど力を入れている。
ゲーム内における総司令官姿も宣伝の一環であった。
素か演技か、そのキャラクター性に根強いファンは多い。
『今より一〇分前、南部にある第三四基地が壊滅した』
イベント告知映像だと悟らぬプレイヤーはいない。
『第三四基地は世界で五指に入るほど苛烈で熾烈な激戦区だ。それが今たった一匹の量憑獣により壊滅した。生き残った者はゼロ。だが基地司令より最後のビデオメッセージを受信した。総員、覚悟して見るように!』
映像は爆音と振動で揺れるシーンに切り替わる。
カメラを握るのは一人の小太りの男だ。右目は流れ出す血で覆われ左腕は肩から下がない。男は部下たちに指揮を飛ばす中、カメラと向き合った。
『この映像が届いているかわからない。だが、届いているのを信じて奴の映像を送る!』
カメラは巨大な機械の脚を映し出す。
仰角は上がり、山をも越える巨大な機械恐竜を映し出した。
『もうこの基地は陥落する。兵たちは勇敢に戦い散った。だがこれは無駄死にではない。彼らは次なる勝利のための礎となった! この映像を見る全デヴァイサーに通告する! 大きさに惑わされるな! 威圧さに飲み込まれるな! この基地の責任者として私は最後の役目を果たす! 全デヴァイサーよ、力を持つ者として責務を果たせ!』
映像は巨大な足裏を最後に途絶えていた。そして総司令の姿に戻る。
『我々総司令部は、この巨大量憑獣を
展開されるのは巨大量憑獣の構造データだった。
ありとあらゆる機械を繋ぎ合わせた構造を持ち、胸部がもっとも高い熱量を放出している。胸部には一匹の量憑獣が内包されており、決死の攻撃によりむき出しとなった際、巨体を維持しきれず瓦解させている。だが磁石で引き寄せられるようにして巨体を再構築していた。
『この巨体は指向性の高い磁力で維持しているのが判明した。よって総司令部はこのデータを元にアンチマグネ兵装開発に着手するも劣性である今、必要素材の不足に直面した。解析班によれば磁量憑巨獣は一ヶ月後、この総司令部に到着するそうだ。人類最後の砦を破壊される訳にはいかぬ。デヴァイサー諸君には必要素材を馬車馬の如くキリキリバリバリ集めてもらう!』
映像は切り替わる。重圧感のBGMが流れ出し巨大量憑獣に挑むデヴァイサーたちのムービーが展開された。
<ダイギガントレイド開催! 砕け、磁力の巨大獣!>
新イベントの告知ムービーは終わりを迎えれば、軍服からスーツ姿の男性が露わとなった。
軍人特有の堅苦しさは軍服と共に脱ぎ捨てられ、快活に笑いだす。
『わっはははははっ! というわけだプレイヤー諸君、今より一ヶ月後、ダイギガントレイドを開催する! ルールは単純明快、最終防衛ラインに到達するまで磁量憑巨獣のコアを破壊すればクリアだ! だがのしかし! ただ攻撃すれば倒せるものではない! 強固な磁力結束にて生半可な攻撃は意味をなさず、下手に近づこうならばその巨体によりプチっと潰される! かといって距離を取ろうならば過剰なまでに搭載された戦艦砲にて藻屑となる。攻略に必要なのはアンチマグネ兵装だ! 拡張スロットに装填することで攻撃に磁力結束弱体化を付与させ、コアを丸裸にさせる効果がある! この兵装を開発するに必要素材が入手できるイベントを来週のメンテナンス後に実装する! イベントの詳細はおって公式サイトに掲載する! さあプレイヤー諸君、思う存分ゲームを楽しむがいい! バンバンジャリジャリ我が社にお金を落とすがいい! そして最後に!』
映像は切り替わり、今度は都心のビル群が映し出された。
『我ら黒樫ファウンデーションはダイギガントレイドにて破壊される建造物を募集している! 各不動産を所有する企業や行政の諸君! 我こそはと思う経営者や自治体は今すぐこのアドレスにアクセス! 我が社が派手にぶっ壊してやるから期待しろ!』
映像はようやく終わりを迎える。
明らかに蛇足があろうと炎上することなく、平常運転だと誰もが裏表のない社長に愛嬌を抱いていた。
「巨大なレイドバトルですか?」
「レイドか」
新たなイベントに胸躍らぬプレイヤーはいない。
攻略サイトによればレイドバトルは集団で強大なボスを倒すイベントの一種だ。ソロでは攻略不可と言わせるほど敵は強大。強大な敵なほどそつのない連携が求められる。
「ん~わたくしの武器は狙撃ライフルですからロケットランチャーとかに変えたほうがいいでしょうか?」
「いや攻撃はあくまで巨体を崩す手段だから、本命のコア破壊に狙撃は必要だと思うよ」
なにはともあれ蒼太やたんぽぽと打ち合わせする必要がある。
学生がゲームに熱中など親がうるさそうだが、下手に閉じこもるより外で発散するほうが健康的だと誰の両親も同意見であった。
当然のこと赤点はゲーム禁止である。
成績低下を防ぐため、幼馴染み四人は定期的に勉強会を開いていた。
「でもよかった」
白花は柔和に微笑めば、優しく朱翔の手を握ってきた。手の平より伝わる温かさはこそばゆくも心の奥に巣くう何かが拒絶してくる。
お前にその温もりを享受する資格なしと。
お前が感じる温もりは誰もが感じたかった温もりだと。
「朱翔さん? どうしましたか?」
緊張で硬直していると勘違いしたのか、白花が不安げに顔を覗かせている。
「な、何でもないよ。うん、何でもない」
「そうですか、ですけど安心しました。記憶を失ってから別人のようになったと思いましたが記憶があろうとなかろうと、やはり朱翔さんは朱翔さんですわ」
右も左も名前さえも分からぬ朱翔を誰よりも支えてくれたのは白花だ。幼馴染みというだけで支えてくれた。お礼と称して婚姻届にサインを求めることにさえ目を瞑れば最高の女だろう。
蒼太だってそうだ。顔はいいのに言動は間抜けの一言だが、友情に篤い。
たんぽぽとて凶暴さがあろうと、大切な仲間が傷つけられるのを許せぬ義憤を抱いているからだ。
支えてくれるのは本当に助かっている。感謝しても感謝したり無い。
だからこそ常々思う。
自分は温もりの中にいていい人間なのかと。
今を楽しんでいい人間なのかと。
「ちょ、ちょっと白花?」
不満げな表情を浮かべた白花が朱翔の手を力強く離さぬよう握りしめる。言葉は一切発せず、この場から離れぬよう、自分の前から消えぬように握りしめているとしか思えないほどの強さだった。
「先ほど、自分で仰ったじゃないですか、今は楽しいと。あなたがいるべき場所はこの島なんです。どこにも居場所がないなんて顔しないでください。わたくしまで悲しくなります」
幼馴染みの機微か、心の内まで見透かす白花に戸惑いよりも儚さとおぞましさが両立してしまう。
「謝ったら今すぐキスして、それをSNSであげますからね」
控えめな乙女と思えば大胆不敵な行動を示唆してきた。
「それは勘弁してくれ」
怖気と笑いの入り交じった顔をする。
恋人同士でもないのにキスを行えば朱翔に明日はない。
特に白花父は激怒して攻め込んでくるだろう。
「なら胸を張って今の時間をしっかり楽しんでください。確かに過去が未来を作ると言います。ですけど、記憶が無かろうと自分が消えた訳ではありません。これから、これから楽しい思い出を沢山作れます。覚えきれないほど作れます。もし困った時があればわたくしたちに遠慮なく頼ってください。ほんの少しでもいい。わたくしたちが困っていたら力を貸してください。助け合うってそういうことですよ」
「ありがとう、白花」
不器用ながらも浮かべた笑みに白花の頬は急激に朱色に染まる。
「お、お礼なら婚姻届にサイン一つでOKですわ!」
「だから、そういうところだよ!」
白花が興奮気味にポーチから取り出すのはやはり婚姻届け。
案の定だとしても朱翔は半歩引いてしまう。
道行く通行人すら未成年が婚姻届を突きつけているのを目撃したからか、責任とれやら、はしたないやら白目で見てくる始末だ。
「まあ、冗談はさておき」
「重すぎるよ!」
笑いは心のビタミンだと誰かが言った。
互いに笑い合っていた時には朱翔の心に巣くう拒絶は鳴りを潜めていた。
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