第3話 ゲームデート

 ――生きて任務を果たせ!


 東京都天沼あまぬま島。

 日本列島南部に浮かぶ巨大な人工島。

 元々は太陽光集積衛星<アマテラス>の照射ポイントとして開発がスタートした。

 衛星軌道上から照射される太陽光の受け皿としてソーラーパネルで構成された島は安全性の問題により人の住める場所ではなかった。

 太陽光による潤沢な電力確保、太陽光照射回数による精度向上は人工島そのものに拡張余地を生み出した。

 それから二十年、日本政府主導による移住希望者や企業誘致を行い続けた結果、今では東京に劣らぬ発展を遂げる。

 特にネットワーク技術、中でも拡張現実技術は世界でも類を見ないほど顕著に発展していた。


 とある休日、朱翔は駅前のベンチにて人を待っていた。

 ドーナツ状に建造されたこの人工島において主な移動手段はモノレールだ。

 東京にある環状線のように島を循環しており、通勤通学には欠かせぬ足となっている。

 島中央には太陽光照射ポイントがあり、日本全土の電力を賄う要所である故、一般の立ち入りは禁止されている。好奇心で足を踏み入れようならば保安上の都合により拘束もやむを得ない。

 ただ見学は可能であり、世界に類を見ない太陽光照射ポイントとして観光ガイドに名を連ねていた。

「ARグラスね」

 朱翔は透明なグラスを空にかざしながら一人ごちる。

 この島において必要不可欠なネットワークツール。

 スマートフォンのようにこのグラス一つで通話はもちろんのこと、メールやインターネット接続は当然であり、高いセキュリティによりショッピング、スポーツ観戦、ビジネス、行政への納税など行えぬものはない。

 逆を言えばこのグラスがなければ島での生活に支障が出るのを意味していた。

「はぁ~」

 グラスをかけながら朱翔は深いため息。

 確かに凄い技術の塊だと常々思う。

 電子機器やバッテリーが内蔵されているというのに、本物の眼鏡のように重さを感じさせない。

 グラス裏にあらゆる情報を表示させ、投影される仮想キーボードに指を走らるだけで入力が行える。使い慣れれば視線だけで入力操作が行えるなど優れたツールであるのは間違いない。

「まあ楽しいのは確かだけどさ」

 拡張現実の特性を最大限に生かしたゲーム<クアンタムデヴァイサー>。幼馴染み三人の強い薦めもあってか、記憶喪失中の身にとって気晴らしとなっていた。

 現実をステージとしたゲームはある程度広いスペースが必要だが、ゲームの開発元、黒樫くろがしファウンデーションは、個人や各企業と協賛することでプレイスペースを確保している。特に人工島だからこそ場所は限られていようと前述のお陰でARゲームを存分に楽しむことができた。

 聞けば本土では空き地や寂れた商店街をプレイスペースとして上手く活用しては地域経済活性化に貢献しているそうだ。

「けど、元々はネットワークツールでもゲーム用でもなかった」

 ARグラス裏に投影される情報を朱翔は読みとった。

 開発者の友人が色盲に障害を持っており、同じ風景を共に楽しみたいためにARグラスは開発された。

 偶発的な副次効果として全盲の者に再び光を与える効果が判明するなり爆発的に知名度を加速させる。

 正式に商品化された際の名は<空の青さを知る>。

「お待たせしました」

 背後から白花の呼び声。ただその足音に朱翔は違和感を覚える。着物が普段着の彼女は足まわりもまた下駄となっている。和の履き物特有のカランとした乾いた音が一切しなかったのだ。

「わお」

 振り返った朱翔は白花の服装に見入ってしまう。

「あ、あまりじろじろ見ないで、ください」

 白花は着物ではなく洋服を着込んでいた。

 派手すぎずかつ地味すぎないデザインの水色のワンピース。足は初夏に合う青いサンダル、長い髪はうなじ辺りでシュシュで束ねてはいつもと違う色香を醸し出している。

「い、いや似合うなって」

 直視できぬ、同時に拝見したいと二つ願望が朱翔の中でいがみ合う。

「おじいさまや白花さんからですね、たまには洋服を着なさいとせっつかれてまして、折角のお出かけですから頑張ってきました!」

 白花は拳をぐっと握って頑張りをアピールする。

 彼女の祖父は本土でも有名な書道家だ。

 朱翔の両親の話では小さき頃、習い事の一環として習字教室に通わせていたとか。筆に関しては厳しくも孫娘には駄々甘で元気な爺さんである。記憶喪失以前の朱翔と面識のある人物だが、顔を合わせる度に曾孫はまだかと本気で尋ねてくるから困りもの。逆に白花父は娘溺愛の親バカであり、朱翔を大切な一人娘を奪う泥棒野郎だと目の敵にしていた。

 ARグラスにメール着信のアイコンが点滅する。送信者は白花の祖父さんだ。

『婿野郎、息子はわしが物理的に黙らせとるから安心して白花を持ち帰るがいい! このわしが許す!』

 目を通すなり朱翔は即削除した。

 記憶喪失の身にそこまで信頼を寄せる魂胆が読めない。

 時折自問する。記憶喪失以前の朱翔はいったい何をしたのかと?

 記録を探そうとペーパーメディア、デジタルメディア共に痕跡は一切無い。

 白花たち三人が幼馴染みであるのもデジタルカメラに保存されていた写真データで把握したからだ。

 運動会や遠足、三家族合同旅行などありふれた写真ばかりであったがどこか物足りなさを感じていた。

「どうしましたか?」

「いや、ただの迷惑メール」

「そうですか、では今日はしっかりとつきあってもらいますからね」

「もちろん」

 自信満々に答える朱翔の脳裏にデートの文字が過ぎる。

 男女で出かけるのならばデートに該当するのか。

 第三者から見ればデートであり今思えば紛れもなくデートだ。

 映画でも喫茶店でもショッピングでもない。

 ゲームデートだ。


 繁華街の歩行者天国では<クアンタムデヴァイサー>のフリーミッションが催されていた。

 このゲームのウリは共闘することに意義があり、参加人数に応じてポイントボーナスがつく仕様となっている。

 意図してプレイをサボる、相手のプレイを妨害する、不正ツールを使用する、暴言暴行などの行為はレギュレーション違反となり、よくてポイント没収及び一定時間プレイ禁止、悪くてアカウント抹消による永久追放処分だ。

 事態によってはゲームマスターではなく警察が先に登場する。

 仮想でありながらARゲームは現実に身を置くからこそだ。


 ARグラスをかければ歩行者天国の景色が一瞬で廃墟へと変容する。

 機械という機械の残骸が折り重なるように積まれた機械の墓場がARにおけるステージであった。

「おうおう、あの衣装、この前実装されたばかりの装備だろう」

「もう揃えているなんて凄いですね」

 プレイヤーたちの個性溢れるアーマーとプレイングの熱に当てられた朱翔と白花は揃って昂ってしまう。

 アーマーにはクロスフェノメノンと呼ばれる防鎧ぼうがい現象が付与されている。

 量憑獣クアンタムビーストは特殊量子波動を放つことで人間の精神を汚染する。

 間近に受けようならば発狂による廃人確定であり、精神汚染を妨害するためのアーマー、という設定であった。

 設定では精神を守るアーマーであろうと、ゲーム内における防御値は0。

 アーマーの本質は自由にカスタマイズ可能なARアバタークロス。

 入手方法は報酬より得たポイントから生産する。あるいは討伐によるドロップアイテムだ。

 戦国時代の鎧武者だろうと、西洋の騎士甲冑であろうと、西部劇のガンマンだろうと、能力値の上下は使用武器に依存するため、自分好みのアーマーを自由にセッティングできた。

「この際ですから、わたくしも変えましょうかね?」

「衣装?」

 にんまりと白花は一含みありそうに頷いた。

 白花のARアバタークロスは令和と呼ばれた時代に流行った海戦アニメの衣装に近い。

 リアル衣服が着物に下駄と動きにくそうに見えても、舞うように動くのだから他のプレイヤーから一目置かれていた。

 一方で朱翔は記憶喪失もあってか白花たち三人の協力により赤を基調とした騎士である。

 プレイ歴一年だが、白花たち三人の協力もあってか、それなりの実績は確保していた。

「もう一歩踏み出して、ぼん! とあの方のように派手なのにしてみようかと」

 白花は頬を染めながらとあるプレイヤーを示す。

「び、ビキニ、アーマー……」

 似合うなと本能が朱翔に言葉を走らせかけるも理性が押し留めた。

 RPGに定番であるビキニアーマー(※胸囲も調整可)すら再現可能の自由度があり、武装強化よりもアーマー製作に心血を注ぐプレイヤーが多い。

 ただあまりに不健全なARアバタークロスはゲームシステムのフィルタリング機能により一八歳未満には健全な外装に見えるよう自動修正される。

 例えるなら露出度の高いビキニアーマーは露出控えめのアーマーになると言った具合に。

 中には紐やいなり寿司をアーマーとして巧妙に活用してくる猛者もいるのだから自由度の高さに恐れ入る。

 当然、一八歳未満には健全に見えても、一八歳以上には不健全に見えるとその境界はしっかり別たれていた。

「なら、俺もこの際だから変えてみるかな」

「例えば?」

「地上の騎士やってるから次は宇宙の騎士だ。ほらあの宇宙戦争の映画とかの騎士だよ、騎士」

 三人の協力の元、完成したアーマーは嫌いではないが、いい機会故、自分だけのオリジナルアーマーを製作するのも悪くない。

 衣装に合わせて武器も新調する必要があるだろうと、ビームエネルギーを剣状に集束させた武器はしっかりゲーム内で実装されている。

 世代を重ねようと今なおコアなファンを持つ宇宙戦争の映画だからこそ、そのキャラを模したローブ姿や黒騎士で楽しむプレイヤーは多い。

「……わたくし、宇宙は嫌いです」

 白花は賛同するどころか表情を曇らせていた。

「え~広大で無限の可能性広がる宇宙とかロマンない?」

「た、確かに、ロマンはあるかもしれませんが、食べ物も水もない、吸う空気もない、常に放射線に晒され、地上のように安定して歩けない宇宙は……――嫌いです」

 白花は口調を抑制しているようだが、発言の奥に深い憤りと見えぬ危惧が感じられた。

 記憶喪失の身ゆえ、時たま地雷を踏んでしまう。

「ま、まあ好きな場所があれば、嫌いな場所は誰にだってあるよな、うん、あるよな」

 朱翔はうろたえながらも言葉をどうにか組み立てる。

 折角のゲームデートに水を差してどうするのだと己を叱りつけた。

「朱翔さんは、この島が好きですか?」

「ん~好き嫌いで聞かれても答えられないな。だって俺、記憶ないし」

 島で生まれ育とうと記憶喪失故、好き嫌いでは答えられない。

 ただ別の言い方でなら答えられる。

「過去はないけどさ、今は白花たちのお陰で……楽しいかな」

 物足りなさはある。見えぬ壁もある。それでも今この瞬間は充実しており、楽しいと感じられる。空気が美味いと心の底から実感できる。

「それは、よかった」

 聖母の如く安らぎ満ちた白花の微笑みは、朱翔にモヤっとした気持ちを渦巻かせ陰を感じさせた。


<WARNING! WARNING! WARNING!>


『緊急事態である!』

 ARグラスから警報が鳴り響き、ライブ映像が流れ出す。

 投影されるのは勲章付き軍服を着た黒髪の男性。

<クアンタム・デヴァイサー>において、全デヴァイサーを束ねる総司令官クロガシ、その人であった。

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