第43話 開けなくても開くパンドラの箱

 ――銀河ニュースをお伝えします。本日未明、銀河超アイドルガタノゾーアさんが失踪しました。銀河警察は事件・事故の……


 天沼島・太陽光集光地点。

 窪地状に展開されたソーラーパネルが存在する太陽光発電の生命線。

 衛生軌道上から照射される太陽光の受け皿。

 見学は可能であるが立ち入り禁止の区画。

 島で生まれ育ったからこそ、島中央は太陽光が最も集う危ない危険だと幼き頃より教えられてきた。

 だから地下は完全に盲点であったのである。


 朱翔たちを乗せたエレカは地下メンテナンス通路を行く。

「社会科見学でも地下には行ったことないよな」

 おのぼりさんのごとく朱翔は興味深そうに周囲を見渡した。

 無機質な光景が広がる一方、所々に蜘蛛の巣が張っている。

 管理局からすれば担当者の清掃不行きだと叱るだろう。

 一方で朱翔からすればデータでしか知らぬ実在する虫に驚きを隠せない。

「蜘蛛ってこんな場所でも巣作るんだな」

「朱翔さん」

「あ~ごめん、ごめん」

 にっこり笑顔で迫る白花に朱翔は平謝りするしかない。

 状況を考えて欲しいと彼女の目は強く訴えている。

「地下は迷路のように入り組んでいるのは君たちも知っての通り。下手に入り込めば遭難は避けられないよ」

 黒樫はタブレットを操作しながらエレカに進行ルートを入力している。

 天沼島開発事業に関わっていたからこそ全ルートだけでなく作業員の出入りすら把握しているとは恐れいる。

「おうおう、でけーケーブルだな!」

「テキストで見たことあるけど、聞きしに勝るとはこのことね」

 中央地下に近づくにつれ、巨大ケーブルが威圧感を露わとする。

 どれもこれも、トンネル工法で使用されるシールドマシーンを超える太さを持ち、延々と伸びていた。

「集約地点だからこそ生み出される発電量はバカにならない。よってその電圧に耐え切れるケーブルが設置されるのは当然のことだよ」

 巨大ケーブルは島の底を抜ける形で海底へと伸び、本土と繋がっている。

 そこで更に分化され、日本各地に電力を送信していた。

 子供でも知っていることだ。

「地上は相変わらずのようだ」

 黒樫はタブレットで受信した映像を朱翔たちのARグラスに送信する。

 誰も彼も血眼でバリアの解除スイッチと現所持者を探している。

 地下深くにいると誰一人気づかず、人様の家に上がり込む、貴重な土のある校庭を掘り起こす、スイッチと勘違いした箱を取り合い殴り合うを今なお繰り返している。

 まさにこの世の終わりの世紀末の有様だ。

「みそらは? みそらはどこに?」

「生憎、探しては見たが、暴れるだけ暴れたら姿を眩ましたようだ」

 各所に設置された防犯カメラに、黒樫は顔認証プログラムを走らせようと該当者は一人もいないと告げる。

 みそらのことだから無事であるはずだと、朱翔が身を案じた時、タブレットが反応を示す。

「これを見てくれ!」

 タブレットを介してARグラスにリアルタイム映像が送信される。

「みそら!」

 みそらの現在地はあろうことか柊家前。

 近くにある防犯カメラの映像が現状を映し出す。

 押し寄せる暴徒を掴んでは投げ、殴っては投げている。

 誰もが家にスイッチがあると思いこんでいるのか、敷地内に入りこまんとしているも、それをみそらが許さない。

 カーテンの隙間から母親が驚く顔で様子を伺っている。

 ただ驚きと困惑が入り交じった表情であった。

「もしかして、おばさま、みそらさんだと気づいていないのでは?」

「かも、しれない。小さい頃は瓜二つでも着替えですぐ判別ついてたけど、成長した今だって近場で見ないと微細な違いは親でも分からないよ」

 親だからこそ双子を見分けられようと、遠目からの識別は難易度が上がる。

 ともあれ朱翔は、母親に危ないから家の奥にいてとのメッセージを送信しておいた。

 後は事が済み次第、みそらと口裏合わせをするだけだ。

 死んだはずのみそらが生きていたとすれば、ショックのあまり即倒するのは明らかだ。

「よし、ここだ」

 エレカを走らせること三〇分。一行は島中央にたどり着いた。

「やっぱり、でけーケーブルしかねえな」

「その真上が発電パネルなんだから当然でしょう」

「真下だけに熱いかと思いましたが、普通ですね」

「発熱防止の冷却システムが完備されているからだよ。そうでなけれな照射熱で灼熱地獄だ」

 社会科見学もほどほどに本題に入る。

 黒樫はタブレット内蔵のGPSでトランクの置き位置を正確に計る。

 ご指名の蒼太はトランクを持ち、黒樫の指示にて文字通り右往左往していた。

「もう少し右だ。あ、そこは左ね。後、一ミリ斜め右、そうそう、あ、左に三ミリズレている」

「だああ、なんで俺様がやってんのよ!」

「あんたが一番あれこれ言われても辛抱強くできるからじゃないの?」

 たんぽぽの指摘に朱翔と白花は揃って頷いた。

 ナンパの実行数がその例だ。

 三桁越えていようと今な諦めず果敢に挑む姿勢はまさに無冠の勝者である。

 面識が浅かろうと適した人物を抜擢する社長の目に間違いはなかった。

「よし、そこだ。その場所だ!」

 黒樫からOKのサインが飛ぶ。

「あ、白花くん、万が一だ。件のスイッチを出しておいて欲しい」

「ですよね。バリアがなくなった瞬間、隠された仕掛けがあれば発動しそうですし」

 白花は懐から小箱を取り出せば、やや離れた位置に置く。

 一定の距離をとることで安全を確保した。

「では、アオタくん、スイッチオンだ!」

「ソータです!」

 間違いを指摘しながら蒼太はトランク中央にあるスイッチを親指で押し込んだ。

「あれ?」

 押し込もうとトランクから反応は何一つない。アラートをあげることも振動することも、ただ指圧により押し込まれたボタンが一つあるだけだ。

「失敗?」

「いや、成功だ!」

 黒樫は外部映像をタブレットに映し出す。

 映像は島の外、それも海上自衛隊がリアルタイムで記録中の映像であった。

 タブレットで侵入したと誰もが指摘せず、映像を食い入るように眺め出す。


 天沼島を取り囲む四本の柱が唐突に明滅を繰り返す。

 明滅は島を包むバリアに無数の亀裂を走らせる。

 柱の先端から塵が零れ落ちれば、時間経過で高さを、質量を減少させていく。

 そして塵一つ残さず、柱とバリアは天沼島より消え去っていた。


「やったああああ、やったぜええええっ!」

 柱とバリアの消失に誰もが喜び合う。

 特に蒼太の歓喜が地下空間に反響したことで誰も小箱の亀裂音に気づかない。


 ぱき、ぱきとまるで卵から孵化するような音に一切気づかない。


『朱翔、小箱だ!』

 ただ一人異常に気づいたデュナイドがアラート付きで知らせてきた。

 咄嗟に振り返った時、小箱が真っ二つに割れては中より何かが飛び出した後だ。

 何かが白花目がけて迫っている。

 朱翔は意識するよりも先に右手を突き出しては、その何かを掴んでいた。

 ぬるりとした生ぬるい感触が手の平から脳におぞましさを伝播する。

「しゃあああああ、しゃあああああっ!」

 朱翔の手の中で透き通る緑色したワームが口を開いては、金属を噛み合わせたような耳障りな鳴き声をあげる。

 朱翔の手から逃れんとするワームは口中にびっしり生えた牙で噛みつこうと、赤き粒子が保護膜となり牙を通さない。それでもワームは噛みつくのを止めない。

「た、助かった。デュナイド」

『間に合ってよかった』

 礼を述べながらも身の毛もよだつワームに朱翔は全身走る薄ら寒さに身震いする。

 もし間に合わなければ白花はどうなっていたか、想像などしたくない。

「うげ、なんだよこれ!」

「大昔の映画に出てきそう!」

「お、押さなくて正解でした」

「ふむ、たんぽぽくんの言うとおり、大昔のエイリアン映画に出てきそうなナマモノだな」

 子供たちが怖気抱く一方、大人として黒樫はタブレット付属のカメラで撮影しながら冷静にワームを分析していた。

「解除スイッチを押せば中より飛び出す仕掛けだったのだろう。あ、朱翔くん、悪いが腹とかを見せてくれるかな?」

「え、何する気ですか?」

「無論、調査だよ。生体調査と言えばいいかな」

 冷静すぎる黒樫の対応に朱翔を筆頭に誰もがドン引きした。

「ふむ、口の中はシールドマシンみたいに歯がびっしりだ。ほうほう、腹が膨らんでいるな。透けて見えるツブツブはまさか卵の類か? いや、間違いないな。拡大して見れば、ツブツブ一つ一つに極小ワームが内包されているようだ。つまりは……」

「それってエイリアン映画によくある展開じゃ」

「その通りだよ、ソーヤくん。寄生した生命体を苗床にして繁殖する類の生物だろう」

「いやだから、ソータだって」

 蒼太の指摘は怖気が寒気として流れる朱翔たちに気づかせなかった。

「こんな物騒なのを小箱に仕込む当たり、チュベロスという輩の悪知恵は筋金入りのヘそ曲がりのようだ」

 金塊を餌に小箱を探させ、押させる。

 確かに金塊は手に入るだろう。

 たが手に入るだけで自由に使えるとは一言も添えていない。

 この手の寄生生物に取り付かれれば最後。

 繁殖の苗床にされ、生まれ出る幼体の餌にされる。

 そうして育った幼体は次なる苗床を求めて活動を活発化させる。

 結果、天沼島は阿鼻叫喚の繁殖地に様変わりだ。

「下手すれば島民全員が苗床にされていただろう」

「冷静に分析してないで、これどうするんですか? 飼うんですか?」

「社員はお金で買えるやとえるが、そんな得体の知れない生物は飼う気はないね。というわけでデュナイドくん、お願いできるかな?」

 実行するのは朱翔である。渋面を走らせながらも内ではおぞましさを抱く朱翔はワーム掴む手にデュナイドの力を集中させる。

 ワームは集う赤き粒子に異常を感じたのか、手から口を離せば逃れんともがき暴れ出す。

「ぴぎゃああああああああああっ!」

 赤き粒子に全身を包まれたワームは粒子状に散る間際、不協和音を発していた。

「お、終わった、のか……?」

「ふむ、この手の次は怪獣が来るかと思えば違うようだな」

 安堵のあまり朱翔は床に座りこんでしまう。

 対照的に黒樫は表情を緩めることなくタブレットを注視していた。

 またしても閲覧するのは海上自衛隊撮影の映像。

 島に変化はなく、ただ柱消失の状況変化の情報収集に当たっているようだ。

「あ~なんか、解決したら腹減ってきた~」

「よし、ならば肉喰いに行くぞ!」

 蒼太のぼやきに黒樫は溌剌とした声で提案した。


「社長マネーだ! 好きな肉を好きなだけ喰らうがいい!」

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