第44話 一人じゃない
――僕様は一人救うだけで精いっぱいなのに、お前らは簡単に惑星一つ滅ぼしてやがる。羨ましいよ!
天沼島を包む四本の柱とバリアは消えた。
バリアの解除スイッチに仕込まれた悪辣な生物も消えた。
良いこと尽くめの戦勝祝いだと黒樫は告げる。
「社長マネーだ! 好きな肉を好きなだけ喰らうがいい!」
タダ飯程美味いものはない。
育ち盛り、食い盛りの一〇代の少年少女にとって、よだれが出るほど喜ばしいものだ。
「よっしゃ! と言いたいけど……」
イの一番に喜ぶ蒼太であるが、テンションを急転直下させる。
「社長さんの提案悪くないけどよ、一度家に帰った方がいいと思うんだ」
「確かに。蒼太の言うとおりだ。みそらのこともあるし、柱四本が消えたとはいえ、今度は金塊狙いで動き出す輩も出てくるよ」
朱翔は真っ二つに割れたバリア解除スイッチの小箱を見下ろした。
スイッチは押してない故、金塊は手に入らない。
それでも手に入れたと思い込む連中の耳には届かないだろう。
「んっ……」
朱翔は無意識のまま右手を振るう。
中に仕込まれた寄生生物を掴んだ生々しい感触と断末魔は今なお朱翔から消えずに残っている。
もしも、もしもだ。白花が寄生されていれば救えたのか、疑問が重荷となり朱翔の心を圧迫する。
助かったのは結果論だ。
『朱翔、結果論でもいい。助かったんだ。助けられたんだ』
機微を察したデュナイドからチャットが展開される。
「そう、だな……」
心を圧迫する重荷の原因はフロンティアⅦクルーを救えなかった事実。
『重荷を背負過ぎるな』
大切なのは繰り返さぬこと、前を向け、胸を張れ、不条理と理不尽に抗え。
柊朱翔、君には可能性を守り、不条理と理不尽を打破できる相棒がいることを忘れるな。一人ではないことを忘れるな。
「うん……僕は一人じゃない」
何もかも失った自分を支えてくれた仲間がいる。
心から君だけを守りたいと願った人がいる。
救済の願望を実現できる相棒がいる。
「できることも、できないこともあるけど、やるべきこと、なすべきことをやる……それが可能性を繋ぐってことなんだ」
拳を無意識に握りしめ、朱翔は何度も心の内で繰り返す。
「朱翔さん、帰りますよ?」
少し離れた位置から白花が呼ぶ。
誰もがエレカに乗り込まんとしている。
一人突っ立って呆けていると思われたのか、誰もが心配そうな顔を浮かべていた。
「今行くよ」
白花に返した朱翔は歩き出す。
歩きながらデュナイドに聞いていた。
「僕は記憶を取り戻した。デュナイド、そっちは?」
『……君とフロンティアⅦで出会ったことは思い出せた。だが、それ以前のことは曖昧なんだ。力もまだ完全とは言い難い……』
「完全じゃないか……」
『確かに、青と……デュエンドと肩を並べて戦った記憶はある。あるが、辛うじて記憶に残るデュエンドの姿と今の姿はどこか違う気がする』
「そうだよな。みそらだってたんぽぽ並みに拳は早いが、白花の言う通り笑いながら殴る奴じゃない。あいつは強い奴との相手に胸を躍らせるが、弱者を殴る拳を下卑していた」
変質の原因は類推できる。
ブラックホールに呑み込まれた後、どうなったのか確かめる必要があった。
「そうだ、朱翔、提案なんだけどさ」
乗り込んだエレカが発車した時、蒼太の口から提案が出る。
「確認するけどよ、記憶は戻ったんだよな?」
「例えば……そうだな、幼稚園の頃、既にばあさんの園長先生をナンパしたり、習字教室で先生の奥さんをナンパしたり、小六の修学旅行で東京巡りした時だって他校の生徒をみそらと共にナンパしてトラブル起こした奴いたよな~」
「そうですね。八歳でお母さまをナンパしていましたし」
「彼氏の横にいようと構わず堂々とやるんだもの、チャレンジャーすぎるわよ。しつこさにイラついたその彼氏があんたの胸ぐら掴むから、みそらがドロップキックで蹴り飛ばすし」
「だああああ、それはもう終わったことだろう! それで提案なんだけどよ。朱翔、記憶が戻ったのは今しばらく隠したほうが良いと俺様は思うのよ」
痛い腹を探られて悶絶する蒼太からの提案。
確かにと、朱翔は独り言ちる。
柊朱翔の記憶が回復していると露見すれば、フロンティアⅦ及びクルーの真相を確かめんと国家規模で動き出すはずだ。
ただでさえ天沼島はチュベロスなる悪意ある宇宙人により怪獣が放たれている。
デュエンドとの戦闘において、ゴリラ型怪獣の額に人間が現れた映像はネットワークで拡散されている。
宇宙からの生還者とチュベロスの因果関係に疑いを抱き、関係機関が動き出している可能性があった。
「確かに、隠したほうがいいかもね」
特に気を付けるべきは一人称だ。
この一年、僕ではなく俺を使っていたのも無意識のうちに失った双子の妹であるみそらの存在を埋めようとした代替行為だろう。
「まあ何かしら聞かれても記憶ございませんで通すだけだよ」
いくらネットワーク技術が発達しようと、脳と機器を直接繋ぐ技術は存在しない。
記憶の真贋を確認できる方法など何一つないのだ。
尋問、拷問で口を割らせるのは別として。
「あ~私は何も聞いていないし、何も知らないよ」
すっとぼける黒樫に朱翔は白花たちと顔を見合わせては揃って苦笑するしかない。
この人は信じられる。加えて大人として頼りにもなる。
「ただ、これは渡しておこう」
黒樫のタブレットから朱翔たちのARグラスにデータが送信される。
送信されたのは黒樫の連絡先と緊急避難先であった。
「連絡先は分かりますけど、緊急避難先とは?」
「な~に保険の保険だよ。本土どころか国外でもきな臭さが出ているからね。万が一への備えは大事だよ」
ゲーム開発会社社長の発言には重みと説得力があった。
連絡先は一つだが、緊急連絡先は天沼島にいくつも点在していた。
「もしなにかあったらすぐ連絡してくれたまえ、協力者として手助けは惜しまないつもりだ」
社長の先見の明に底が見えずとも、薄ら寒さではなく頼もしさがあった。
「ぐびゃあああああああああああっ! ぷじゃけんな! ぶざけんな! なんで柱どころか箱の中身も消えんのよ!」
チュベロスは荒れていた。荒れに荒れ、小さき四肢を駄々っ子のように振り回していた。
「なんなんだよ、この惑星の下等生物どもは!」
予測と企みを上回ることばかりが起こる。
ゲームをさらに白熱させる起爆剤として、試作の怪獣を在庫一斉処分セールの如く島に放出するつもりでいた。
いざ、放出! と意気込んだ瞬間、バリアどころかバリア発生装置たる柱が消えるだけでなく解除スイッチに仕込んでいた寄生生物も消されている。
荒れるなというは無理な相談だ。
「光子妨害を振り切るといい、バリア装置破壊といい、なんでどいつもこいつも、僕様の邪魔すんのよ!」
いつまでたっても青き惑星を爆破できない。
綺麗な花火として一興できない。
重力に縛られた下等生物が悲鳴も上げず、呆気なく命を散らす最高の瞬間を眺められない。
「……いいこと閃いた!」
唐突に湧き上がる悪だくみはチュベロスの荒んだ心を急激に癒していく。
「下等生物の処分は――下等生物にさせるのがベストマッチ!」
口端を愉悦に歪めたチュベロスは丸っこい腕をワキワキと動かせば端末操作を開始するのであった。
「ぐひひひひひひひっ! もう二度とヒーロー面なんてさせなくしてやんよ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます