第45話 すっぽんぽんの再会
――惑星規模で新種のウィルスだと!
黒樫の誘いは後日となり、朱翔たち四人は急ぎ足で柊家に辿り着く。
柊家は道路に多少の血痕があるのに目を瞑れば、朱翔が記憶するままであった。
一言で庭付き一戸建て。三人、いや四人家族が住まうには少し広く感じる大小立方体を重ね合わせたような二階建ての家。
伊吹邸には負けるが、小さき頃はそれなりの広さを感じてか、みそらと家の中を走り回ってはよく母親から注意されたものだ。
「庭とか家は無事か……」
改めて周囲を見渡そうと家どころか庭にも乱暴に侵入された形跡はない。
映像の通りみそらが食い止めたのだろう。
では、みそらが殴り飛ばした不届き者はどこか――今は考えることではなかった。
「朱翔、この動画見て」
たんぽぽがARグラスを介して動画を送信してきた。
展開すれば、争奪戦の原因であるバリア解除の全貌がネットワークを介して拡散されている。
「社長の仕業だな」
恣意的に編集された天沼島地下で起こった記録映像だ。
バリア解除装置とでかでかと赤文字テロップつきのシーンが流れ、同時刻に島を包む四本柱が消失する。そしてバリア解除装置である小箱が真っ二つに割れ、中より見るもおぞましい生物が飛び出しては作業服の男に寄生せんとする瞬間が流れ出す。
「あれ、なんか違くね?」
「意図的に編集しているんでしょう」
疑問を挟んだ蒼太にたんぽぽは目も向けず返す。
本物に限りなく近い拡張現実を手掛ける会社の社長だけあって、誤魔化すなどお手の物のようだ。
実際、襲われたのは白花であるが映像では作業員であり、別の作業員が咄嗟に生物を掴んでは事なきを得ていた。
「うえ、改めて見るとキモいな」
拡大表示される緑色をした生物に蒼太は気持ち悪がる。
口中にひしめくシールドマシンのような歯、腹部で大量に蠢く内包された極小の生物。あまりのおぞましさに作業員持つヒートガンにより焼かれ、金属を噛み合わせたような断末魔を上げながら焼失した。
最後に、何故、今話題の解除スイッチの小箱がここにあるのか、誰もが顔を見合わせるシーンで映像は終わる。
インターネット上ではおぞましいなど阿鼻叫喚の反応である。
ただ一方で、あの作業員が金塊を持っているぞと人物特定が進んでいるときた。
「もう社長に助けられてばっかりだわ。俺様、あの人に足向けて寝られんわ」
アフターサービスまで満点の社長には感謝してもし足りないだろう。
社長からすれば朱翔たちに協力する理由として会社の利益以前に、地球が爆発すればゲームをできないという個人的な理由大きかった。
「後日、社長に礼を言うとして、今は……」
映像を閲覧し終えた朱翔は息を整え、玄関前に立つ。
ARグラスを介して玄関ドアの電子錠を解除、ドアノブに手をかける
「さて、鬼が出るか、蛇が出るか」
「出るのはみそらだろ、痛った!」
背後から余計な口を挟んだ蒼太はたんぽぽと白花、両名から揃って後頭部を叩かれた。
「安易に予測できるんだから黙ってなさい」
「沈黙は金ですよ、蒼太さん?」
半眼で睨みつけるたんぽぽとにっこり仄暗い笑みを浮かべる白花に、蒼太は顔を青くしては身震いする。
「すんません!」
蒼太の叫びをバックに朱翔は玄関ドアを開き、中に足を踏み入れた。
「お、おかえり、兄貴」
踏み入れるなり、風呂上がり全裸のみそらがお出迎え。
出くわすのは想定していようと、すっぽんぽんは想定外。
みそらの姿に朱翔たちは揃って絶句する。
たんぽぽと白花の行動は素早く、蒼太と朱翔の目を叩きつける形で塞いでいた。
「今更お前らに見られても恥ずかしいもんじゃねえぞ?」
悶絶する男たちに嘆息するみそらは冷蔵庫から牛乳パックを取り出していた。
「服を着ろ!」
ヒリヒリする目元に涙目となった朱翔は今なおパンツ一丁のみそらに服を着るよう促した。
「風呂上がりで暑いんだよ。後、胸が蒸れる! 男であるお前とたんぽぽには分からんだろうがな!」
殺気が背後から放たれるのを朱翔は感じ取るも振り向かない。
ご機嫌取りは蒼太の犠牲が最適だ。
「ちなみに俺様はDあるぞ」
みそらが言うなり背後で、ドゴッと打音がする。
ただ朱翔は振り向かないし、確かめない。必要な犠牲なのだ。
「みそらスキャン! ぬぬぬぬ、たんぽぽAマイナス鉄壁の変化なし! 白花なんとDからE! 成長しているな!」
「お前なあ~!」
眼光鋭いみそらに朱翔はぼやくしかない。
超常的な能力など一切なく、持って生まれた能力か、素で女性の胸囲を瞬時に把握する。そしてナンパするに値するか否かの決定材料となる。
「みそらさん、おふざけも大概にしてもらえますか?」
「あ~分かった。分かった。お前怒らせると朱翔より怖いから困る」
白花に咎められたみそらは仰々しく肩をすくめては左右に首を振るう。
「……母さんは無事なのか?」
帰宅した目的を朱翔は端的に告げる。みそらは口ではなく指でソファーを示す。
見ればソファーには母親が横になり、悪夢を見ているかのようにうなされていた。
「うん、やっぱ、死んだ奴が出てくるとダメだわ!」
「母さあああああああああんっ!」
「うううっ、みそらが、みそらが……」
「おばさま、しっかりしてください」
ソファーの上でうなされる朱翔母を白花が介抱する。
今なお目覚める気配はないため、子供たちで話を進めることにした。
デュナイドには悪いが、兄妹の会話に混じるのを遠慮してもらう。
「いやさ、不届き者を片づけるだけ片づけてとっとトンズラしようと思ったんだけどよ、運悪くお袋に捕まっちまってさ、息子なのに、おぱーいあるから、即、俺様が朱翔じゃなくみそらと気づき……当然倒れちまって、こうしてソファーに寝かせたんだよ。後、暴れ回ったせいで汗かいたから風呂入ってた!」
すらすらとみそらは端的に語り出した。
言動からして、朱翔たちと距離を取りたがっているようだが、母親を放置しない辺り家族の情はあるようだ。
「事情は分かった……だから、いい加減、服を着ろ!」
「あ~もううるさい兄貴だな。着るよ。着ればいいんだろう」
渋々と不平不満を顔に出しながらソファーにかけていたTシャツと短パンをみそらは着込む。
朱翔は見覚えのある服を指摘した。
「僕のじゃないか!」
「しゃーねえだろう。俺様の服、処分されているからパンツ一枚もねーんだし! って、僕?」
抗議を上げたみそらは朱翔の一人称に気づいた。
「なに、お前、もしかして記憶戻ってんの?」
「……そうだよ。フロンティアⅦのことも、クルーがどうなったかも、そしてデュナイドとデュエンドの出会いも思い出したよ」
「そうかい……」
みそらの表情には苦さが混じっていた。
「まあ、そういうことだ」
共に体験したからこそ、みそらはそれ以上語らなかった。
「……お前はどうして生きていたんだ?」
「ん~なんといえばいいかね~」
困ったような表情でみそらは後頭部をかく。
ふと閃いたように破顔すれば、戸棚からコップを二つ、冷蔵庫からコーヒーパックと牛乳パックを取り出した。
「コーヒーが俺様、んで牛乳が青ことデュエンドだな」
一つ目のコップにコーヒーを注いだみそらは続けざま、二つ目のコップに牛乳を注ぐ。
「そして、この渦がブラックホールと例える」
みそらは台所にあった菜箸をマドラー代わりにコーヒーをかき混ぜ、渦を描く。
「んで、そのコーヒーの渦の中に牛乳を投入すると……どうなる?」
「混ざり合って一つになるね」
「そう、混ざり合って一つになるんだよ。つまりはそういうこと」
「つまり、あんたはブラックホールに呑み込まれた時、身体に憑りついていたデュエンドと混ざり合ったってこと?」
「だから、そうだって言ってんだろう」
うんざりとした口調でみそらはたんぽぽに返す。
物理法則は如何なるものか、朱翔は疑問を走らせようと宇宙は広いと自己納得させる。
「合点が行きました。だから、今のみそらさんは笑いながら人を平気で殴れるのですね」
「事実だけど辛辣に言われるときついな~これでも我は俺様がどうにか辛勝しているから日常生活では自制できてるんだぜ?」
顔に手を当て困惑するみそらがどうも演技臭かった。
「けど、それは混ざり合った理由であって、脱出できた原因じゃない」
「これだよ、これ」
ここでネタバラシと言わんばかり、みそらが虚空から取り出したのは見覚えのあるタブレットだ。
何の変哲もない空間から物を取り出すなど誰もが目を見開くしかない。
「お前、どういう仕組みだ!」
「ん~空間操作して亜空間に収納スペース作ってるだけだぞ? デュエンドの能力だな。なんだよ、お前使えないのか?」
「僕の記憶は戻ってもデュナイドのほうは完全じゃないんだ」
「なら完全に取り戻せるよう精進することだな。んで話戻すぜ、これはチュベロスの船にあったやつだ」
朱翔は覚えている。
敵巨大船でみそらが入手した端末だ。
「地球外製だからめっちゃ頑丈なんだよ。ブラックホール内で混ざり合った時、チュベロスの船が自爆寸前で転移してな、タブレット持っていた俺も引っ張られたんだ。まあ、無理矢理引っぱられたもんだから、転移先でバラバラになって、気づけば冥王星にまで飛ばされていた」
「冥王星ってなんだっけ?」
「……かって太陽系の惑星として数えられていた太陽から最も離れた準惑星だよ」
様々な議論を呼び起すが、朱翔は今語るべきではないと、蒼太には端的に説明した。
「かなり消耗していたからさ、一年かけて地球圏に帰還したよ」
混ざり合ったことで太陽光さえあれば生命活動を維持でき、強化された肉体は真空の宇宙でも生き長らえることができた。
「んで、天沼島に帰ってきたら、びっくりだよ。フロンティア計画は抹消、俺様は交通事故で死亡扱い。ついでに朱翔の様子を物陰から伺えば記憶喪失いえども、白花たちとよろしくやっている。それはいいんだよ、問題は……」
「チュベロスか」
「そう、あの野郎が地球爆発を狙っているから、安心なんてできねえ。ふと天沼島地下深くから知った波動感じて踏み入れれば、あらびっくり、昔の仲間が組み立て中の身体でお出迎え」
「エネルゲイヤーΔのことね」
「デュナイドはおぼろながら覚えていると言っていたが……」
「そりゃ覚えているだろうよ。隣人ならぬ隣星だったんだし、双方とも、チュベロスに母星を爆破されたんだぞ」
曰く、エネルゲイヤーΔの母星は機械で構成された惑星であり、住人もまた機械生命体であった。
隣の惑星にはデュナイドやデュエンドのように光子エネルギー元に科学技術を発達させた超人たちが住まう。
双方とも親交が深く、近隣の惑星から、悪を倒し弱者を助ける秩序の守護者と呼ばれていた。
そう、既に過去のもの。チュベロスの手により母星は爆破され、確認できるだけでも生き残りは肉体を失った二名だけだ。
「なら、お前がデュネクスギアを持っていたのも?」
「お前の次に形成させたからだよ。前形成データのお陰でデュエンドの力を更に振るえるようになった」
あの社長に気づかせもせず事を為すのには驚嘆する。
「しばらく様子を伺ってたら、よりにもよってお前と白花のデートの時に怪獣が出たときた……後の顛末は知って通り」
朱翔は口を開かなかった。
今ここで過ぎ去った過去を語るのは無用。
今重要なのはチュベロスの魔の手から地球を救うことであるが、双子の兄として朱翔はみそらに問わねばならぬことがあった。
「お前はこれからどうするんだ?」
「愚問だぜ、兄貴。あの野郎をぶちのめす。あ、邪魔すんなよ。完全じゃない兄貴とデュナイドは足手まといだ」
「戻っては、来ないのですか?」
拒むようなみそらの発言に、白花は不安そうな声を絞り出す。
若干であるがみそらの表情が軋むのを朱翔は見逃さなかった。
「言ったはずだぜ。足手まといと。例えお前らがエネルゲイヤーΔを操縦できても同じことだ。俺様一人でやったほうが早い」
「なら、なんで母さんを助けた?」
「後味悪いからだよ。現状届かぬお前の代わりに俺様がしただけさ。まあ捕まったのは計算外だったが……そういうことだ。もう一度言うぜ。俺様の邪魔をするな」
みそらは自ら亀裂を作り、朱翔たちと距離を広げている。
共闘はするが協力はせず、なれ合いなどごめんこうむる。
ただ朱翔は兄としてみそらが意図的に突き放しているように感じていた。
「嘘おっしゃい」
亀裂を埋めるのは母親の一声。
双子の兄妹は一斉にソファーへと顔を向ける。
「……話は聞かせてもらったわよ、朱翔、みそら」
「お袋、一応聞くけどさ、いつから起きてた?」
「朱翔が服を着ろと言ったところかしらね」
つまり、朱翔の記憶回復もフロンティアⅦのことも、全て母親に聞かれたことを意味していた。
介抱していた白花が申し訳なさそうに手を合わせている。恐らく、母親から目覚めたのを口止めされたのだろう。
「偽悪振るのもいい加減にしなさい」
母親は優しい口調で静かに、柔らかくみそらを叱り出した。
「あんたは昔から朱翔に迷惑かけると自覚した時だけ、巻き込まぬよう意図的に突き離しては遠ざかっていたからね」
母親からの指摘に、みそらはバツが悪そうに顔を背けていた。
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