第46話 繋ぐその手

 ――ワクチンあんのに、なんで誰も接種しないんだよ!


 母親は優しくみそらの両肩に手を添える。

 顔を背けるみそらと逆にしっかり娘を見つめていた。

「自分はもう混ざり合ってバケモノになったから、家族の、友達の元に戻る資格ない。そう思っているの?」

 みそらは口端を歪めるだけで答えない。

「あんたバカなの?」

 母親からのド直球の発言に、顔を背けていたみそらが顔を上げて絶句する。

 それは朱翔たちも同じであった。

「話を聞く限り、朱翔もそうぽいけど、あんた、白花ちゃんたちを見てどう思った? あの子たちは朱翔をバケモノ扱いした?」

「いや、それは……はい、してません」

 母親に凄まれたみそらは一旦口ごもるも正直に返していた。

「確かに、宇宙で死んだけど交通事故で死亡扱いの娘が実は生きていましたってのは倒れるほど驚いたけど、私は自分を下卑するような子を育てた覚えはないわよ。というか自信過剰に胸を張るあんたが、自分を下卑するなんて気持ち悪い」

「自分の娘に気持ち悪いいうか!」

「だって気持ち悪いんだもの」

 遠慮呵責のない母親の発言にみそらは肩を、唇を震わせるしかない。

 傍から見れば娘の心を言葉で踏み躙る心ない発言だ。

「あんた、宇宙飛行士になって何学んだの? なんでもかんで一人でこなすこと? 違うでしょう? どんな時も互いに助け合い協力しあうことでしょう?」

 人は一人では生きられない。

 なんでも一人でこなすこそが一人前だという大人もいる。

 だが、母としてそう思わない。

 人には頑張れる者もいれば、頑張れない者もいる。

 できることがあれば、できぬことがある。

 得意があれば、不得意もある。

 みんな一緒だけど、みんな違う。

 みんな違ってそれでいいのだ。

「なんでもかんでも一人で背負いこまないの」

「ぷっ! あ、ごめん」

 母親の発言により朱翔は天沼島地下でのやりとりを思い出し、吹き出してしまう。

 空気を読めと叱責の視線が集うのは当然であった。

 特に母親からの視線が重い。

「朱翔、なんでそこで笑うの?」

「いやいや、母さん、相棒デュナイドからさ、重荷を背負いすぎるなって言われたのを思い出したんだ。ここはやっぱり双子だな。同じことで悩み、同じ言葉を言われてるんだもの――だからさ、みそら」

 朱翔はみそらに手を伸ばす。

「殴るのが楽しいあまり暴れ出したら、その時は僕が止めてやる。安心して戻ってこい」

「朱翔、お前……」

「それにだ。みそらの尻ぬぐいなんて今更だろう?」

「そうですよね。双子なのを良いことに、いたずらナンパを繰り返しては朱翔さんに罪を擦り付けていましたし」

「確かに、何度みそらだって周囲に説明したか」

「今更数え切れる数じゃねえな」

 幼馴染みたちは当時を思い出して苦笑し合い揃って頷きあう。

「合流しないのは迷惑だから? あたしは全然迷惑じゃないわよ。朱翔が言ったように、あんたが暴れるなら遠慮なく、この拳で止めてやるわ」

「そうだ、そうだ、それに一人でナンパしてもつまんねーんだよ」

 みそらの口元が、瞳孔が揺れている。

 混ざり合おうと、なんであろうとみそらはみそら。

 バケモノならば心は揺れないはずだ。

「みそら、戻ってこい。一緒に戦おう」

 最後の一押しとして朱翔はみそらに再び手を伸ばす。

 みそらはその手を握り返さず目を逸らすだけ。

 見かねた母親がみそらの手を掴み、強引に朱翔の手を掴ませた。

「お、お袋!」

「離させませんよ?」

 朱翔の手を振り払おうとしたみそらの手を白花が握る。

「そうよ、友達の手を離すほど、あたしは耄碌もうろくしていないわ」

「友達ってのは助け合ってふざけ合って笑い合うもんだぜ?」

「お前ら……――ああ、もう、分かったよ! 戻ればいいんだろう! 戻れば!」

 観念したみそらは半ば妬け気味に手を握り返す。

 朱翔たちは離さぬよう、がっしりと互いの手を握っていた。

「よしっ!」

 子供たちが手を握り合う光景に、母親は口を挟むことなく、ただ頷いた。

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