第11話 DUN∀ID
――貴様の悪趣味もここで終わりだ!
息吹邸は昭和の家と近隣で呼ばれる平屋作りの家だ。
一見して木造住宅に見えなくもないが、近年の環境保護により建築素材は極力土に還るバイオマスプラスチック、屋根の瓦は瓦風のソーラーパネルと木造風建築物であった。
「粗茶ですが」
白花は円形テーブルに人数分の湯飲みを並べていく。
全員に行き渡ったのを確認すれば座布団に正座していた。
「あ~茶が美味い!」
煎れたて熱々であろうと蒼太はビールのように一気に飲み干している。
「まったくあの記者しぶとすぎ! 闇討ちできたら今頃一〇人はヤってるわよ」
ゆっくりと茶を口に含むのはたんぽぽ。素面顔で恐ろしい発言をしており、彼女なら直にやると断言できる。
「しっかし白花の部屋も久しぶりだな~」
「小さい頃は一番広い部屋だったから、ご、ごほん、みんなで遊んだわね」
一人部屋にはやや広すぎる二〇畳ほどの部屋。
タンスやベッド、勉強机などありきたりな家具がある中、一段と目立つのが畳三畳ほどのスペースに置かれた直方体である。
「あんな箱あったっけ?」
「一ヶ月前にはなかった記憶があるわね」
たんぽぽの右手は蒼太の左肩を骨が軋むまで掴んでいた。
「あの~たんぽぽちゃんさん殿、どうして俺様の肩を掴んでいるのですかね? 骨、折れそうなんだけど?」
「予防策」
「そうですよね。蒼太さんのことですから断り入れるよりも既にあの中に入っているかと。あれはただの防音室ですから乙女の秘密はないので悪しからず」
「突撃する気満々とは最低だな、お前」
「そこまでしねえよ! 後、白花に手出すのは朱翔に手を出すのと同じ! 俺は女、特にボッキュンボンは大好物だが、ヤロー同士はお断りだ!」
「力説ご苦労だけどさ、あんた、前にもあたしの下着棚漁ってた前科あるの忘れたの?」
「あれはお袋さんに部屋行くついでにお願いねと渡された洗濯物入れただけだ! 何が前科だ、冤罪だよ、冤罪! 母親から認可出とるわ!」
「パンツ漁っていい理由になるか!」
「パンツね。そういや誰だったかな、風呂上がりにパンツ一丁でパック牛乳丸ごと飲み干しているのいた、あれ?」
無自覚に出た朱翔の発言が場の空気を凍てつかせる。
白花を筆頭に蒼太やたんぽぽは表情を強ばらせていた。
「そんなことわたくししませんよ? はしたないですし」
「あたしだってしないわよ」
「俺様は風呂上がりはフ○チンだ! 後たんぽぽちゃんは牛乳飲んでも無意味なのはお前ら知ってん、ぐぼげっ!」
たんぽぽの制裁ボディーブローが蒼太に炸裂するのは必然であった。
「ボケの殴り合いするために集まったんじゃないんだがな」
朱翔は前髪をかきあげながらぼやくしかない。
「動画か何かを見て勘違いしているのでは?」
「そうだろうね。記憶喪失の記憶違いとはこれ如何に」
白花の指摘に朱翔は自嘲気味に苦笑する。
「いい加減本題に入ろう。下手すれば蒼太とたんぽぽんの掛け合いからの殴り合いで終わってしまう」
「失礼ね。こいつの自業自得でしょうが!」
「そうだぞ、朱翔、俺様は公共の場で殴られたことはあっても殴ることはない! たんぽぽと殴り合うなら堂々と道場でだ!」
「記録では蒼太さんの勝率はナンパの成功率と同じく0%です」
にっこり笑顔の白花が酷な現実を告げる。
「もうお前らつきあっちまえ」
殴る側と殴られる側で相性は抜群のはずだ。
「「おぞましいこと言うな!」」
あくまで幼馴染みとしての関係であり、恋人関係は細胞レベルでお断りだとの顔を揃ってされた。
「朱翔さん」
ペーパーノイズがテーブルの上を走る。朱翔は見ずしてノイズの発生源を白花の前に戻していた。
「もういけずなんですから。サインして楽になりましょうよ」
「もう脱線しまくりでグダグダだ」
男が泣き言を言うなと誰かに叱られそうだが、男だって泣きたくなる時はあるのだ。
「もういいから本題入るぞ!」
ARグラスをかけながら朱翔は三人のARグラスとデータリンクを行った。
「白花には既に打ち明けているけど……」
巨大生物と戦った巨人の正体。
一年前、記憶喪失の原因となった落雷の正体。
朱翔の肉体に無断宿泊していること。
肝心な目的も記憶喪失のため不明であること。
確かなのは地球が狙われていること、協力を朱翔に要請していることであった。
「落雷ね。宇宙人なのか、その巨人?」
眉唾ものだと蒼太なら腹を抱えて爆発するように大笑いすると思ったがテスト前と期間でしか見ない真面目な顔をしている。
「電気信号みたいなもんだから、ARグラスを介してチャットでコミュニケーションはとれるんだが、先にも言った通りあっちも記憶喪失。どの星から来たのかさっぱりなんだ」
「まるまる一年、朱翔の中で眠っていて、あの巨大生物の出現を契機に目覚めて朱翔を巨人の姿にしたと」
「わたくしから言わせてもらえば酷すぎます。勝手に朱翔さんに入り込んで記憶を奪っておいて、今度は巨人となって戦えとか。た、確かにわたくしはその巨人のお陰で命は助かりましたけど」
怒っているような、悲しんでいるような、二つの感情が混じり合う顔を白花はしていた。
「というかどういう仕組みで巨人になるんだ?」
「よく分からないが」
朱翔自身も気になっていたため尋ねたことがあった。
次に展開するのは巨人とのチャットログだ。
「光子物質変換力? どういうこった?」
「ハードウェアとかじゃなくってオカルトによくある超能力みたいにこいつに備わっている素の能力みたいでさ、つまるところ肉体を失ったこいつは俺の肉体を巨人に変換させているってこと。一応、俺の肉体だから主導権は俺にある。破壊された建造物とか死傷者の治療もこの力の応用みたいなんだ」
「宇宙の力ってスゲー」
棒読みで感動する蒼太の頭をたんぽぽが叩いた。
「あんたね、友達の身体を宇宙人が言いように使っていること理解しなさいよ」
「そうです。朱翔さんの身体を自由にしていいのはわたくしだけです。すなわちその逆も然り!」
「と・も・か・く!」
直感で話がいつものグダグダ脱線すると読んだ朱翔は話を逸らさせない。
「名前は覚えているみたいだが地球の言語では文字化けが起きるんだ。当人から名前の提案を受けてね」
今後現れるであろう巨大生物と戦うか否かは次に考えることにした。
「他力本願の寄生宇宙人、スペースパラサイトマンでいいでしょ」
「はいは~い、ニート!」
「朱花、あらごめんなさい。未来の子供の名前でした」
「お前ら真面目にやれ!」
相談する相手を間違えたかと朱翔はぼやく。
かといって記憶喪失の身、信頼できるのが三人もいると思えば恵まれているといえる。
「朱翔さんの案は?」
「まあ、デュナミスかな」
力や権威、可能性の意味を持つ古代ギリシア語だ。
巨大生物に誰の可能性も奪わせないとの意味が込められていると告げる。
「舌噛みそうな名前だな」
「ニートよりマシだろう」
「狙い撃ちが得意そうな名前ですね」
「ナンノコトヤラ」
「可能性を奪わせないってことは可能性を救うってことでしょう?」
ふとたんぽぽがARグラス越しに文字を投影する。
逆転の発想であった。
Dunamis 可能性 AID 救助
「可能性の救済、それなら!」
白花の中で閃きが稲妻として走る。
Dunamisからamisを取り除き、AIDを合体させる。
完成した名は<DUNAID>デュナイド。
可能性を救済する力の意味となった。
「あ~でもなんか一味足りないな、ちょ睨まないでよ、たんぽぽちゃん、白花ちゃんにダメ出ししているわけじゃないんだし、おお、俺様の視界を反転するほど回さないで! ってこれだ!」
たんぽぽの地獄車を自力で振りほどいた蒼太は両手両足で畳の上に着地。すぐさま回転で飛んだARグラスをかけなおせばAの文字をひっくり返して∀とする。
「∀には全てのって意味がある。つまりは全ての可能性を救済するってことだ」
鼻息荒く自慢げに腕組む蒼太は語る。
次いで朱翔の中で記憶にない何かが過ぎる。
青き天・鎧装う姿と何故過ぎったのか分からぬまま無意識が言葉を走らせた。
「天装、戦人、アームド、スカイ。そうだ。こいつの名前は今日から――」
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